アルバ×イオス(♀) 3



「では、全ては貴様が独断でやったことだと?」
「……はい」
こちらを射すくめる視線は鋭く、嘘そのものを貫き滅ぼすような鋭利さがあった。
見つめられているだけなのに酷く体力が消耗していくのを感じながら、向かいの椅子に座って、こちらを睨んでいるイオスに、重々しくアルバは首を縦に振る。
イオスの先導によって連れてこられたのは、先ほどイオスの着替えを覗いたあのテントだった。
この場所に戻ってくると、その時のことが思い出され、どうにも居たたまれなくなってしまう。
「その言葉に、嘘はないな」
確認のためか、再度尋ねられた言葉に、今度は頷きだけを返す。
先輩騎士たちの話は一度も持ち出さなかった。もちろん、それが根本の要因であることには間違いないが、覗き見などと言う卑劣な手段を用いたのは、ほかでもない自分自身だ。
それも偵察が目的なら、まだ弁解の余地はあったかもしれないが、あの時の自分には確実に下心が存在していた。
あるいは、イオス以上にそんな自分自身のことを、アルバは許せなかったのかもしれない。
「そうか………」
それだけ言うと、イオスは短く息を吐く。それに込められたものは、嘲り、侮蔑、失望。
アルバはきりきりと自身の心が締め付けられるのを感じた。罰を望んでいたはずなのに、今すぐにでもこの場から逃げたいという衝動が身体中を駆け巡る。
「処分は追って通告する。……除名処分まではいかないだろうが、覚悟はしておけ」
「はっ!」
敬礼の構えを取るとともに、溜まっていた負の感情を吐き出すかのように腹の底から声を出す。
だが、それでも心の靄は完全には振り払えない。晴れぬ気持ちを抱えたまま、退出しようとしたその時だった。
「待て、まだ話は終わっていない」
背後からかかった声に、しかし、アルバは振り返るのを躊躇った。
――これ以上、自分が情けない存在だと思い知らされたら、本当に壊れてしまうのではないか?
長年築き上げてきた価値観に対する全否定。それは純粋な恐怖だ。
だが、振り向かないわけにもいかなかった。背中で受け止めても分かるほどに、イオスの視線は甘えを断じて許さない厳しさを持っていた。
意を決して振り返る。イオスは椅子から立ち上がって、こちらをじっと見つめていた。
その表情は、先ほどまでよりも幾分か強張っているようにも見える。
おそらく、今までのは副隊長としてのイオスの顔だったのだろう。そして、今度は――

「僕の身体を見たな?」
その言葉を聴いた瞬間、背筋が凍りついた。冷や汗が一斉に湧き出て、次の瞬間には引いていくようなあの感覚。
まともにイオスの顔を見ることが出来ない。罪悪感という檻が、アルバの身体を絡め取っていた。
視線を宙に彷徨わせ、やっとの思いで微かに首を縦に振るが、
「ちゃんと僕の目を見て、貴様の口で答えろ。……僕の身体を見たな?」
そのような甘えをイオスが許すはずがない。二度目の問いは今まで聞いたどの言葉よりも冷たい響きを持っていた。
自分の行動の愚かさ、情けなさを噛み締めながら、詰まっていた息を吐き出すと、正面からイオスの瞳をしっかりと見据える。
交差する視線の先にあるのは、暖かさを感じさせない深い紫の瞳だ。綺麗な色だ、とこんな時なのにアルバは思ってしまう。
そして、そう思える自分に少し安堵する。罪に対しての悔いはあるが、イオスに対しての恐れは無いと。
「……はい、見ました」
だからなのか、さすがに苦しいものはあったが、危惧していたよりもずっと楽に声は出た。
こちらの言葉を聞くと、そうか、とイオスは一拍置いてから尋ねてくる。
「見知ったことを、これからどうする気だ?」
「……誰にも言うつもりはありません」
「いい返事だな……信用するには値しないが」
口調は極めて平坦なものだったが、アルバにとってその言葉は断罪の刃と同じだ。
今更ながらに自分がしでかした事の重大さを思い知らされる。
「では、どうすれば……」
許しを請うかのようなアルバの問いは、イオスが立ち上がることによって遮られた。
そのまま前に歩を進めると、二人の間の距離は手を伸ばせば届く程度まで近づく。
アルバの顔がどうしようもなく赤く染まっていく。微かに漂う甘い匂いは果たして気のせいなのだろうか。
今までとは別の理由で顔を背けようとしたとき、イオスの口が静かに動いた。
「おまえには僕に絶対の忠誠を誓ってもらう」
次の瞬間、世界がぐるりと廻った。

呆けたようにぱちぱちと瞬きを何度も繰り返す。視界からイオスの姿は消えており、代わりに飛び込んできたのはテントの天井。
遅れてやってきた背中の痛みにより、ようやく自分がイオスによって足を払われ、倒されたのだと気づく。
何が起きているのか、上手く事態を飲み込めないまま、視線を彷徨わせると、両足を跨ぐような形でイオスがこちらを見下ろしていた。
「イ、イオス……副隊長……?」
彼……いや、彼女は相変わらずの無表情だったが、その頬が僅かに赤らんでいる。
そのまま覆いかぶさるように四つんばいの体勢になると、無言でこちらのズボンの裾に手をかけてきた。
「って、ちょっ……ちょっと待ってください!?」
慌てて制止の声をかけると、ピクリと身体が揺れてからイオスの動きが止まる。
「……なんだ?」
「いや、なんだ、じゃなくて……何なんです、この状況!?」
叫ぶ声は問いかけと言うより、もはや悲鳴だ。それほどまでにアルバは混乱しきっていた。
そんなアルバの言葉に、イオスは何故かむくれたように顔をしかめ、
「言っただろう、僕に忠誠を誓ってもらうと」
「いや、確かに言われましたけど……」
「ある人物から聞いた話だ。……交わりを持てば男は魂すらも女によって縛られると」
「……は?」
イオスの言葉が理解できない。いや、違う。何を言っているかは分かる。
ただ、言っていることがあまりにも無茶苦茶で、頭が理解するのを拒んでいるのだ。
「僕としても半信半疑だったが、そうやって抵抗するからにはどうやら本当のことらしいな」
全力で見当違いな確信を得たイオスは、自嘲気味に唇の端を歪める。
一方のアルバは、この状況をどうすれば打破できるのか必死になって考えていた。
何もしないのが一番の愚行だが、抵抗すればするほどイオスは人聞きの無茶苦茶な話に確信を持って強行することだろう。
説得できればいいのだが、この状況で頭を回せるほどの落ち着きも、思考力も、アルバは持ち合わせていなかった。
そうこうしている間に無常にも時は流れ、気が付けばイオスの手が再び動いていた。
どうすることも出来ない少年は、この世の不条理さとイオスに無茶苦茶な話を吹き込んだ誰かを呪いながら破滅の時を迎える。
どこからともなく「にゃはははははは」と言う能天気な悪魔の笑い声が聞こえてきた気がした。
「………うぁ」
反応は僅かだが、驚きを含んだ呻き声がイオスの唇から漏れる。
ズボンと下着を一緒に引き摺り下ろすと、すでに半起ちになっていたアルバのペニスが鎌首をもたげる様に飛び出してきた。
ピクピクと脈打つそれに、しばし呆気に取られていたイオスだったが、その顔が急にしかめられる。
その理由はアルバにも分かった。ツンと鼻に来るようなキツイ悪臭がアルバのところにも届いたからだ。
アルバ個人の名誉のためにも一応断っておくと、アルバはむしろ身体を綺麗に保つことに気を使う方だ。
ただ今日は訓練が終わるとほぼ同時にそのまま宴に誘われたため、汗だくになった身体を洗う暇が無かっただけなのだ。
もちろん、理由が何であれ、現在のアルバのペニスから悪臭が漂っている事実は変えようは無いのだが。
案の定、何か言いたげにこちらを睨んでくるイオスの瞳には、微かに涙が滲んでいる。
「…………くぅっ」
彼女を泣かせてしまったことに対する罪悪感はあるが、それ以上にイオスの泣き顔の破壊力は凄まじかった。
普段の彼女の凛とした態度しか見たことが無いアルバにとって、それはどんな媚薬よりも情欲を誘わせるものだ。
全身から力を吸い取っているかのように下腹部に熱いものが溜まっていき、自分が認識しているそれよりもさらに大きく張り詰めていく。
「お、おい……触らなければ大きくならないんじゃないのか…?」
戸惑いを感じさせるイオスの声が下から聞こえてきたが、それに答えている余裕など無い。
戸惑っているのはこちらも同じだ。これほどの性欲が自分の中に秘められていたことに、アルバは恐怖すら覚えていた。
食いしばった歯がキリキリと音を立てて軋む。気を抜けば、ペニスに向けられるイオスの視線だけで達してしまいそうだった。
「ふ、ふん……ずいぶんと浅ましいものだな……」
侮蔑の言葉が投げかけられるものの、その声に力は無く、それが虚勢であることは明らかだ。
「だが、手間が省けると言うものだ……」
言葉を残してイオスは立ち上がり、カチャカチャとベルトを外していく。
手を離すと、衣擦れの音を立て、軍服のズボンはスムーズに足元へと脱げ落ちていった。
今やイオスの下半身を覆うのは支給されている質素な下着のみ。
その下着にも手がかかり……不意に、動きが止まる。
「そ、そのような目を向けるな、馬鹿者…っ!」
一瞬、それが自分に向けて発せられた言葉だと、アルバは気づくことが出来なかった。
だが言われてみれば、確かに目を血走らせて凝視していたとも思う。どうやら性欲の抑えが効かなくなってきているらしい。
「くっ……なんで僕がこんな屈辱を」
アルバが聞けば悲鳴交じりの反論を述べたであろう呟きを漏らしながら、イオスは下着を擦り下げた。
下着によって隠されていたそこは、やはり女性の股間だ。
金色の陰毛がランプの光を反射して揺らめいて見え、整っているのに極めて淫靡な印象を与えてくる。
ゴクリと大きく喉を鳴らしながら、しかし、ある違和感をアルバは覚えた。
それがなんなのか、ただでさえ性知識に欠しいのに、性欲に支配されつつある思考はなかなか答えを見出せない。
「いくぞ……これで貴様は僕のモノになるんだ……」
緊張を感じさせる声とともに、イオスの手がこちらのペニスに添えられた。
その手の感触だけで先走りがじわりと溢れ、幹をねっとりと垂れていく。
――……っ、……?
余裕など微塵も無いはずなのに、先ほどの違和感がまた頭を横切った。
正体の分からぬ不安感が警報を鳴らす。このままでは大変なことになるぞ、と。
そんなアルバの内心など知るよしも無く、イオスはゆっくりと腰を下ろしていく。
そして、イオスの秘唇がアルバの亀頭を飲み込もうとした瞬間、アルバは違和感の正体に気づいた。
――濡れてない!?
アルバが感じたとおり、イオスの秘部は乾いており、まだ男を迎え入れる状態では無かった。
――確か、それって女性の方にすごく負荷がかかるんじゃ……
思考はそこで強制的に停止させられる。アルバのペニスがイオスに挿入されたのだ。

「……………っっ!!?」
結果から言えば、アルバの危惧は見事に的中した。
前準備が出来ていない膣は、ごりごりと容赦なくペニスと直接擦れ合い、割り裂かれていった。
その抵抗感や圧迫感に、たまらずイオスは悲鳴を上げる。しかし、声が出てこない。
搾り出されるように喉奥でかすれがかった音がするが、それだけだ。
身体全体がネジでも外されたかのように自由が効かず、何一つ身動きを取れない。
イオスは数年ぶりに痛みで涙した。泣いたことのなかった年月までをも補うように、後から後から涙が零れ出て、顔をグシャグシャに汚していく。
一方のアルバも、あるいはイオス以上に困難な目にあっていた。
なにしろ自分の肉体が、現在進行形でイオスの身体を傷つけ、さらに涙まで流させているのだ。
助けることが出来るならすぐにでも助けたかった。しかし、よりにもよって騎乗位のため、下にいる自分が身体を動かすことなど出来るはずがない。
そして何よりも問題なのは、イオスの膣がぎちぎちにペニスを締め上げていることだ。
童貞のアルバが今まで射精を堪えられたのは、奇跡と言っても過言ではない。
しかし、その我慢も時間の問題だった。本人達の意思とは無関係に、性器だけが互いの快感を搾り取ろうと、脈動を繰り返しているのだ。
そして、非情にも限界はあっけなく訪れた。
「……っ、すみません……、出します……っ!」
「…………や……、いっ、やぁぁ……」
涙声でか細い悲鳴をあげる女の声を聞きながら、アルバのペニスが膣内で弾けた。


ぱち、ぱちと火鉢の中で炭化した薪が音を立てている。
その恩恵を受けているのはアルバと、毛布に身を包んだイオスだ。
イオスの瞳には光が灯っておらず、ただ虚ろに燃える薪を見つめている。
「…………」
そんなイオスの姿を横目で見ると、アルバは小さく溜息をついた。
情事の後、糸の切れた人形のようにぐったりとしたイオスから、ペニスを引き抜いたアルバは慣れぬ後片付けを一人で済ませた。
返事は戻ってこなかったものの、一応断りを入れてからタオルでイオスの身体を拭いていくと、秘部から溢れ出ている精液に、赤い色が混じってることにアルバは気づいた。
それが何を意味するか、まさか分からぬ訳も無く、アルバの落ち込み度合いにさらに拍車がかかることになった。
誰の目から見ても、今回の被害者はアルバだ。しかし、そんな理屈で割り切れるほどアルバは経験豊富ではない。
過程がどうあれ、自分が傷つけ、相手が傷ついた。それだけで責任を負うには十分だとアルバは考える。
「…………」
「…………」
あれから、イオスは一言も喋ってくれない。
なにかと気まずくて、こちらからも話しかけたりはしていないのだが。
――そういえば、強いショックを受けると、言葉を喋れなくなることがあるって……。
途端にアルバの中で不安が色濃くなる。あれ以上イオスが傷ついていたら、それこそ首を括らねばならない。
とにかく、イオスの声が聞きたかった。一言、何か喋ってくれればだいぶ気が楽になる。
とすれば、やはりここは自分から話しかけねばなるまい。
「あ、あの……何か飲みます?」
無難で、かつ返事をしやすいものを必死に考えた結果がこれだった。
「…………」
アルバの問いに対し、イオスはやはり無言のまま火鉢を見つめていた。
もっと気の効いた言葉をかけるべきだったか、とアルバが心底悔やみかけた時、
「どうすればいい……」
「!」
微かにだが、確かに聞こえてきた呟きに、慌ててそちらの方を向く。
「あんな醜態を晒して、僕はどうすればいい……」
相変わらずイオスの視線は火鉢の方に向いていて、それが独り言であるか、それとも自分に向けられたものであるかの判断は付きにくい。
だが、これを逃がしたらもうチャンスは無いだろうと、アルバは口を開いた。
「大丈夫ですよ。副隊長、綺麗ですし」
口にしてしまってから、自分の発言の馬鹿さ加減に気づくがもう遅い。
――せっかく、手に入れた千載一遇のチャンスを棒に振るなんて、つくづくおいらは……。
思わず頭を抱え、苛立ちから髪の毛をグシャグシャにかき乱してしまう。
「………ふふ」
――ほら、イオス副隊長にも笑われて……。
「えっ?」
慌てて視線を向けると、そこには口元に手を当てて笑うイオスの姿があった。
その笑みは弱弱しいものではあったが、自暴自棄なもので無いことははっきりとわかる。
「副隊長?」
「いや、自分よりも馬鹿な奴がいたことに安心しただけだ」
そのまましばらくの間、イオスは静かに笑い続けた。
笑われているのが自分とは言え、笑っているのがイオスならどこか嬉しくもあり、アルバも微笑を浮かべる。
「……なぁ、貴様はもう僕のモノか?」
ふと何気ない口調で、イオスがこちらに尋ねてきた。
――さて、どう答えるべきだろうか。
「はい」と答えればイオスは誤解したままで、最悪の場合、他の誰かにも同じ事をするかもしれない。それは絶対に嫌だ。
しかし、「いいえ」と答えれば、あの痛みが無駄だったことになり、また落ち込んでしまうかもしれない。それも絶対に嫌だ。
あれこれ無い知恵を振り絞った結果、一番自分に似合わない方法を選択することに決めた。
「おいらは騎士ですから、やっぱり、この方法で誓わせてください」
そう言ってアルバはイオスの手を取ると、その甲に優しく唇を落とした。


つづく

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