アルバ×イオス(♀) 7



「……つまり、休暇中はサラシを外して生活しろ、とルヴァイド隊長に命令されたんですか?」
「命令ではない。ルヴァイド様がおっしゃったのはあくまでも一つの案。それを受け入れたのは僕だ」
胸が大きくなっていることを除いて事情を説明したイオスは、様々な野菜をパンで挟んだものにかぶりついた。
彼女には似つかわしくない、その荒々しい食べ方からは、言葉とは正反対の現状に不服そうな感情が容易に読み取れる。
――まぁ、ルヴァイド隊長の提案を、イオス副隊長が跳ね除けられるはずが無いよなぁ。
ぼんやりと考えながら、アルバは厚めに切られたハムを口に運んだ。
二人が今いるのは、歓楽街に数多くある軽食店の中の一つ、そのオープンテラスだ。
イオスは店内での食事を要求したのだが、アルバは強引にそれを跳ね除けた。
せっかくこんなにいい天気なのだから、外で食事をしないのはもったいない、と。
おかげで恨みがましい視線を受けることになったが、それも最初のうちだけだったので結果オーライである。
「あ、イオス副た……」
「………」
鋭い視線で睨みつけられ、言葉が止まる。出かかったものをごくりと飲み込んでから、しばし思案顔で悩んでいたが、
「すみません、どう呼べば……」
「そんなことぐらい自分で考えろ」
瞬殺である。
深く溜息をつきながら、アルバは考える。いくらなんでも呼び捨てはマズイだろう。そうなると……。
「イオス……様?」
「………」
それを聞いたイオスの眉間に皺が寄せられる。無言ではあったものの、視線が『僕がルヴァイド様を呼ぶ時と紛らわしいから却下』と雄弁に語っている。
「イオス……さん?」
「……ん」
相変わらず面白く無さそうな顔をしていたが、了承と取れる声が返ってくる。
だが、それはどことなく他人行儀な呼び方のような気がして、今度はアルバが顔をしかめる番だった。
ともあれ、話しかけた当初の目的は果たさねばなるまい。
「口元にドレッシングが付いているんですけど」
「そういうことは早く言えっ!」
思いっきり足を踏まれました。

「それで、なんでおいらが呼ばれたんです?」
足から響いてくる鈍い痛みに耐えながら、アルバは尋ねる。
「何かあったとき僕一人では誤魔化しきれない場合もある。誰か補佐が必要だった。
 休暇といえどルヴァイド様にこのような手間をわずらわせるわけにもいかない。となれば、消去法だ」
すらすらと一息で答えるイオスだったが、口元をカリカリと人差し指でかいてる仕草が、小動物のそれを髣髴とさせてなんとも愛らしかった。
それ以外の細かな動作一つ一つも純粋に可愛いと思えるのは、やはり女性の服装をしているためだろうか。
軍服を着ているときのイオスはあくまで男だと、アルバは認識するようにしていた。
そうでもしないと無意識のうちに公私混同してしまいそうで、それが原因でイオスの正体がバレたら、それこそ自分の命で持って償うしか方法がありそうに無い。
まぁ、いくら思い込んでも事実は揺ぎ無いわけで、溜まるものは溜まって、ついフラフラと夜に尋ねてしまうわけだが。
「聞いているのか、アルバ?」
「……ぁ、は、はい!」
訝しげな視線に、慌てて返事をする。
どうもイオスを目の前にすると、些細なことでも考え込んでしまう悪癖が付いてしまったらしい。
「でも、それならそうと、最初から教えてくれれば、おいらも混乱せずにすんだのに」
「しょうがないだろ、言う暇が無かったんだから」
こちらから僅かに視線を逸らしてホットミルクに口を付けるイオス。
確かに昨夜は言う暇が無かった。待ち合わせの時間と場所だけ伝えると、逃げるようにイオスがその場から立ち去ってしまったのだから。
ひょっとしてあれは照れ隠しだったんだろうか。思いはするものの、それを直接確かめる度胸などアルバには無かった。

「さてと、これからどうします?」
「任せる」
即答。予想はしていたものの、こうもきっぱりと言われると上手く言葉が出てこない。
おかげで会計を終えた軽食店の前で、立ち往生することになった。
「その、任せるって言われても、イオス副……」
「……」
「イオス……さん、はどこか行きたいところとか無いんですか?」
言葉以上の力を持った視線に、慌てて言い直しながらアルバは尋ねる。
「無いと言うより思いつかない。休暇中もずっと領内で鍛錬に励んでいたからな。偵察任務でもなければ、こんなところまで足を運ぶことすら稀だ」
淡々と事実を事実として語るイオスに、アルバは内心、複雑な心境になった。
もっとも、アルバとて騎士団に入ってからは似たようなものなのだが。
「時間さえ潰せればつまらないところでも問題ないが……何がおかしい?」
「いえ、別に」
誤魔化すアルバだったが、口元に浮かんだ笑みを消しきれていないので説得力が無い。
「アルバ」
おまけに、ジト目で睨まれれば、逃げ場は無いも同然だ。
「はい、いや、えっと……格好は女の子なのに、普段と口調が変わってないから、なんと言うか微笑ましくて」
詰まりながらも、言葉をなるべく選んで説明するアルバ。
それを聞いたイオスの顔が見る見るうちに赤く染まっていく。
「き、貴様!僕を愚弄するのもいい加減にしろ!」
怒鳴るイオスだったが、そのことで周囲の視線がまた集まってしまい、身動きが取れなくなってしまう。
恨みがましい視線だけが、相変わらず自分を捉えていることに苦笑しながら、アルバはイオスの手を取った。
「な、なにを……」
「いつまでもここにいたら、他の人達に迷惑ですから、適当に歩きながら考えませんか? それだけでも時間は潰せますし」
正論を並べ立てるアルバ。まぁ、実際のところ、それらはイオスの手を握るための口実だったりするのだが。
握られた手とアルバの顔を、どこか不安げに交互に見据えるイオス。
やがて、その手がしっかりとアルバの手を握り返した

いろいろとあったが、結果的に今日は充実した一日だった。
小物屋では生まれて初めて女性にプレゼントを送ることが出来たし、ちょっと怪しげな占い屋での運試しはまずまずの結果で、景品ももらえた。
その店主を見たときのイオスの顔が引きつっていたように見えたのは、きっと気のせいだろう。
うん、何度思い返してみても今日はいい休暇だと心から言える。
「それで、なんで僕がベッドに横たわっているんだ!?」
軽く悲鳴交じりの抗議の声に、アルバの脳内回想=現実逃避は停止させられた。
声の主は言うまでも無くイオスだ。言葉通り、紅い夕日が差し込んだ室内のベッドに横たわりながらこちらを睨んでいる。
「いや、その……すみません、我慢できませんでした」
「貴様ーっ!」
ここはいわゆる『休憩所』だ。もっと分かりやすい俗称もあるのだが、ここでは『休憩所』で通すことにする。
昼食後に手を取られた後、ずっとペースはアルバに握られっぱなしで、ここがどういう場所であるか、イオスが気づいたのは、この部屋に入った後のことだった。
「イオス副隊長がいけないんですよ、そんな格好をしてるから」
「僕に責任を擦り付けるな!」
防音加工が部屋の壁になされているため、遠慮なく呼び方を元に戻しながら、アルバはイオスに近寄っていく。
対するイオスは文句を言いながらもその場を動かない。諦めているのか、それとも……。
「だいたい、したくてこんな格好してるわけじゃない! こんな、僕には似合わない格好……」
「似合っていますし、それに、すごく可愛いです」
「………っ」
アルバの一言で、ビクリと身体が震え、顔が赤らんでいくイオス。
その頬に優しく唇を当てる。そうすると、ふにふにとした柔らかな感触が唇を押し返してきた。
元の位置に顔を戻せば、何か言いたげにこちらを見つめるイオスの顔がそこにある。
言葉を交わさないまま、今度は唇同士を触れ合わせる。柔らかな、でも先ほどとは違う感触。
そのまま華奢な身体を抱きしめた。服越しでも胸が当たっていることがわかるのが、新鮮でもあり嬉しくもある。
「……んっ、ちゅっ……、はぁ、くちゅ……」
「ぴちゃ、んんぅ、ふっ……、……っ、ふぁ、じゅぷ……」
いつしかキスは舌を絡めあう深いものとなり、唾液のかき混ざる音が唇から漏れ始めた。
最近はイオスの方からも舌を絡めてくるようになったのは、アルバにとって素直に嬉しいことだった。

つづく

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