アルバ×イオス(♀) 6



「なっ……!? こ、これは……」
ルヴァイドから渡された一枚の紙。そこに目を通したイオスが固まった。
その紙に書かれていたのは定期診断の結果だった。
前回計測したときからの変化をわかりやすくするため、それぞれの項目には実測値と増減値が並んで記されている。
女であるイオスは、他の騎士団員よりも多く項目が用意されているのだが、その中の一点に、イオスの視線は集中していた。
「なんで、こんな……僕の胸が……」
呟いてから、すぐ隣にルヴァイドがいることを思い出し、瞬時に顔が赤くなる。
横目で様子を伺うと、聞こえていなかったのか、それとも聞こえぬ振りをしているのか、ルヴァイドは普段通りの硬い表情で、机上の書類整理をしていた。
ひとまず判断は保留にして、再び診断書へと視線を戻す。
身体測定の項、その中のバストのサイズを示す数値が明らかな増加を示していた。
見間違いかと思って幾度も確認するが、見た回数分だけそれが真実であることを実感させられるだけだ。
他の数値にさほど変化は無いので単純に身体が大きくなったと言うわけではない。
急成長とまではいかないが、誤差で済ませるには少々無理があった。
今まで微塵の変化も興味すらも無かったその値の上昇に、イオスは内心で動揺する。
――最近、胸元がやけに苦しいとは思っていたが……。
思わずそこに手を向かわせると、硬いサラシの感触が返ってくる。
常時イオスを悩ませる圧迫感が、今は一際強くなっているように思えた。
そもそもどうして――と、そこまで考えたイオスが再度固まる。
どうしても何も、考えられる原因など一つしかない。ついでに言えば昨夜そこを揉まれたばかりだ。

「これは専属医師からの伝言だが……」
耳へと入ってきたルヴァイドの声に、少々遠くへ行っていたイオスの意識が戻ってくる。
慌ててそちらに視線を向けると、しかし、ルヴァイドの視線は相変わらず机に向かっており、まるで独り言のように口にするその言葉だけが、こちらに向かって発せられている。
「成長が終わっているならまだしも、成長途中の箇所を圧迫するのは控えた方がいいとの事だ。成長が遮られるとその影響が巡り巡って、全身に悪影響を及ぼしかねないらしい」
「ですが、ルヴァイド様……」
苦渋に満ちた表情で抗議の声をあげるイオス。
圧迫を外せ、と言うことはすなわち自身が女である証拠をさらけ出せという意味でもある。
「僕はまだ男でなければいけません。ただでさえ僕とルヴァイド様は前歴のせいで、一部の者達から依然として忌み嫌われております。僕が皆を欺いていると知られて、それで僕だけが罰せられるならそれは構いません。ですが、そのことでルヴァイド様に御迷惑をお掛けする事になるならば、僕自身がどうなろうと……」
「落ち着け、イオス」
「………っ」
こちらに振り返ったルヴァイドの一言で、イオスは言葉半ばに沈黙する。
「俺とて、おまえがその姿でいる意味を忘れたわけではない」
「でしたら……」
「だが、優秀な副官をみすみす潰すわけにもいかん。俺の補佐を任せられるのはイオス、おまえだけなのだからな」
「…………」
言葉を捜せないまま、イオスは複雑な面持ちでルヴァイドの言葉を聞く。
「とは言え、事が事だ。性急にどちらかを選択しなければならないわけでもなかろう。よって、結論が出るまでは妥協案を取る、ということでどうだ?」
「妥協案、ですか……?」
ルヴァイドの言葉を鸚鵡返しに繰り返すイオスだったが、それと同時に言い知れぬ不安感が胸の中で渦巻いていた。


「ん〜〜っ!」
アルバは両手を挙げ、身体を逸らせて大きく伸びる。
開いた瞳に写ったのは曇り一つ無い空と、さんさんと輝く太陽。
これ以上無いと言うほどいい天気だった。日課となっていた朝の鍛錬で程よく疲れた身体が、光合成でもしているかのように、みるみる回復していくのが分かる。
見習い騎士として一応は騎士団入りしているものの、年若いアルバにとって、今日のような快晴は、フィズやラミ達と外で遊びまくった頃の記憶を呼び起こさせ、自然と楽しい気分にさせてくれるものだった。
おまけに久々の休暇となれば、上機嫌になる条件はこれでもかというほど整っている。
――けど、こんなところに呼び出しだなんて、いったい何の用が……。
昨夜の晩、イオスから告げられた言葉を思い出しながら、辺りをぐるりと見渡す。
アルバが今いる場所、つまり、イオスとの待ち合わせ場所は歓楽街の一角だった。
ちょうど昼時だからだろうか、さきほどより落ち着いてきてはいるもののメインストリートには結構な人通りがあった。
行き交う人々の流れをぼんやりと眺めながら、アルバは自分が呼び出された理由を考えてみる。
まず思い当たるのは騎士団についてのことだが、わざわざこんなところに呼び出して告げる理由が見つからない。
とすれば、やはり個人的な事だろうか。思い返すのも気恥ずかしいが、イオスと肌を重ねた回数はそれなりのものになっている。
決して頻繁に尋ねているわけではないが、日常生活でも常にすぐそばにいるものだから、ついつい堪えきれなくなってしまうのだ。
これに関して言うことがあるならば、呼び出す理由も分かる。領内で話したら誰かに聞かれるかもしれないし、それならそれで情事のときに言えば済むことだとも言えるが……、
――イオス副隊長、あの時になると結構流されやすいからなぁ。
そんな失礼なことを考えていた、その時だった。
――アルバ……。
ふと、誰かに自分の名前を呼ばれた気がして、アルバはキョロキョロと辺りを見回す。
しかし、一通り見ても見知った顔は見つけられない。空耳か?と首を傾げると、
「聞こえていないのか、アルバ……っ!」
再び自分の名を呼ぶ声が聞こえた。威勢の割には、わざと声を押し殺したような奇妙な口調。
もう一度周囲に視線を向ける。今度は一人一人に注意して。
すると、一人の女性と目が合った。上はブラウス、下は膝を隠すくらいのスカート。
全体的に暖色でまとめた、よく言えば控えめ、悪く言えば地味めな服装。
髪は肩にかかるほど伸ばされており、これと言った特徴は無いのだが、何故かそこに違和感を覚えてしまう。
誰だっけこの人、と思考を巡らせていたアルバの顔が、ある時を境にミリ秒単位で強張りを増していく。
「まさか、イオス副たいむぐぅ……っ!?」
確認の言葉は、その人物――つまりはイオス――に口元を手で遮られることによって中断させられてしまった。
突然のことに、まともに息も出来ず目を白黒させるアルバ。
通りを行き交う人々から、何事かといくつもの視線が向けられる。
そのことに気づいたイオスは、慌ててその場から立ち去って行った。後ろ手にアルバの襟を掴みながら。

「まったく、なんで最初からこうも目立ってしまうんだ!」
自分の行ったことは全て棚に上げ、人目から隠れるように脇道に入ったイオスは呟く。
「それもこれも貴様が……」
続けてアルバに文句を言おうとしたところで、ようやく彼がぐったりと放心していることに気づいた。
このままでは話にならないので、パシパシと頬を軽く張って気付けを行う。
「……っ、イオス副隊長、いきなり何するんですか!?」
開口一番、アルバは血相を変えてイオスを問いただした。
「いきなり何をするのかと言うのはこちらの台詞だ! あんな大通りで僕の正体をばらすような発言をするとは、いったい何を考えている!?」
答えることなく、自分の行動には一切の非が無いとでも言う様にアルバを糾弾するイオス。
興奮しているためか、その両頬が真っ赤に染まっている。
とっさに言い返そうとするアルバ。しかし、それ以上に気にかかることがあり、発言内容を急遽変更。
「いったい何なんですか? その格好……」
尋ねながら改めてイオスの全身を見据える。どこからどう見ても女性そのものの服装だ。
サラシも外しているのか、服の上からでも胸の膨らみが見て取れる。
「……っ、やっぱり変なのか……だから僕には似合わないと何度も……」
表情を曇らせるイオス。会話が噛み合っていないと気づいたアルバは慌ててフォローを入れる。
「いや、似合ってると思いますけど、その、そういう服装の副隊長を見たのは初めてだったので……」
「…………」
しばらくの間、睨むようにイオスはアルバを見つめていたが、やがて納得したのか目に見えて緊張が解ける。
その様子にホッと一安心のアルバ。安心ついでにもう一つ。
「その髪は?」
「付け髪に決まっているだろう。付けるのが面倒だから外したりはしないが」
何を当たり前のことを、とでも言いたげな視線がアルバに向けられる。
その視線をひしひしと感じながらも、基本的に普段のイオスと変わらないことが分かり、アルバは小さく安堵の息をついた。
それで気が抜けたのか、なんとも間抜けな音が当たりに響く。発生源はアルバのお腹。
――そういえば、まだお昼を食べていなかったな。
「とりあえず、詳しいことはどこかで食事でもしながら聞いていいですか?」
今度は自分の顔が真っ赤になっていくのを自覚しながら、提案するアルバであった。

つづく

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