丼物って飽きないもんだ 1



時刻は夕日が沈み出す頃。
並んで歩く二人はすこぶる上機嫌だった。
ハヤトの方は珍しく大漁で今日の夕飯が楽しみなこと、カシスの方は珍しく二人きりの時間が長かったこと。
特に何もなくても背中に寄りかかってのんびりと過ごしているだけでも嬉しいのだ。
そんな時間もそろそろ終わり。フラットが見えてきた。

「ただいまー」

「あら、お帰りなさい」

「じゃ俺は用事を思い付いたんで」
「待ちなさい。帰ってきたばっかでどこ行くのよ」
きびすを返したハヤトの首根っこをカシスの腕ががっしと掴む。
「い、いや……ちょっと自分探しの旅に一月ほど」
「探さなくてもここにいるでしょーが!」
正論ですが。
「だいたい何でいきなり逃げるのよ」
「誰だって逃げるわ!」

何やらプレッシャーで体が動かない。視線に射すくめられ体温が下がる。

 −よくわかる図解−
  (威圧)姉■
     ■ハ■
      ■妹(眼力)

これが噂に聞く「大魔王からは逃げられない」というヤツか。(注:ZOCです。
──詰まるところ、姉と妹であった。

落ち着け。落ち着くんだ新堂勇人じゅうななさい。
こういうときこそ不動の精神を以てこの窮地を脱出しなければ。

──不動の精神──
「これぞ武を極めんとする者の境地でござるな」とは某侍の言だが。
相手の殺気を柳のように受け流す冷静さ、もしくは空気の読めない者が会得に至るCOOLな無我の境地である。
その奥にはさらに三つの扉が以下略。
それはさておき、竜に挑まんとギラギラしていた頃ならまだしも、女性二人の間でおろおろしている今ではどう考えても会得は無理だろう。

ついでに言えば、同じように女性二人の空間で動けないコイツにも不可能である。
ならおろおろするしかないじゃないか!


とりあえず強制的に座らせられた。
正座じゃなくて椅子なのでマシだと思いたい。ポジティブシンキングは得意なのである。
「──で、何しに来たの姉様」
「近くまで来たからちょっと寄っただけですよ。あなた達の様子を見に」
にこやかに笑う姉──クラレット。
そうしている分には物腰柔らかな美少女と言っていいのだが、何となく逆らえない威圧的な雰囲気を撒き散らしている。
「……ところで、他のみんなは?」
ぐるりと見回すハヤト。しかし自分たち以外には誰も見当たらない。
働いているエドスやレイド、いつもどこかへ行っているようなローカスはともかく、リプレやアルバたちまでいないというのは……
「何でもみんなで旅行に行くとか」
逃げたな。
正しい判断だが恨めしい。
と、クラレットが厨房に消え、料理の載った皿を持って戻ってきた。
「二人のことを頼まれていますから。今日は私がリプレさんの代わりですよ」
皿を並べ、再び厨房に消えていく。

じーっと皿を見つめていたカシスがスープを一口含む。
丁寧に舌の上で転がし、確認するように味わう。
「……とりあえず危険物は入ってないみたい」
「ていうか何でわかるんだお前」
「まあ、昔いろいろと、ね……」
どうやらあまり聞かない方がいいらしい。

まあ食事はつつがなく進んだ。
最初は警戒していたものの、もともと姉のことは慕っているようで仲良く話している。
身内があんなダメ親父みたいなのばかりでなくて本当に良かったと思う。

そんなこんなで夜も更けて。
住人はみんな出払い、部屋はたっぷり空いているのだが、
せっかくだから一緒に寝ようと姉を連れ部屋に入っていくカシス。
微笑ましい光景に心和み、夕飯の味を反芻しつつハヤトは床に就いた。


「っ!」
悪寒というか戦慄というか、何とも言い難い感覚でハヤトは強制的に眠りの縁から呼び起こされた。
何だったのだろうか。たまにイヤな夢を見ることはあるが、それよりはもっと現実に近しい生々しさだ。
水でも飲んでくるか、と体を起こし──動かない。
これが世に言う金縛りというヤツかと思ったが……もっと、こう、重い。
ようやく目が暗闇に慣れ、朧気な姿が浮かび上がる。

「……何してんだ、あんた」
「天に星、地に花、あなたのそばにクラレット、ですわ」
俺に……俺にわかるように説明しろォ! もしくは通訳呼んでェ!

ふっとランプに火が入り、部屋をぼんやりと明るく照らし出す。
クラレットはハヤトに馬乗りになったまま、こちらを見下ろしている。
纏っているのはスケスケの薄いネグリジェ。ランプの火で起伏のあるラインが透けて見え、何とも色っぽい。

それはともかく、乗られっぱなしなのは良くない。色々と。
再び体を起こそうとし──手足まで動かないことに気付く。
感覚はあるのにぴくりとも動かない。これは──
「ふふっ。さすがのあなたも寝ている間は隙だらけですね」
さらりと言うクラレットの後ろに包帯で拘束されたミイラのような何かが浮かぶ。

──パラ・ダリオ。
対象を麻痺させる術である。

「体は動かなくても感覚はあるでしょう? もともと拷も……尋問によく使われていましたから」
今何か不穏な発言が聞こえましたが気のせいですか?
確かに体はまるで動かないくせに、クラレットが乗っている重さはしっかりと伝わってくる。
これはマズい。おもちゃにされてしまいかねん。
すっとクラレットの手がハヤトの頬に伸びる。
間近に迫った胸の谷間が美味し……もとい、目に毒だ。

「さあ、覚悟してください。
 あなたは年下には振り回され、年上にはおもちゃにされる。そういう運命なんです」
瞬時に頭をよぎっていく面々。どれもこれも彼女の言に合致する顔ばかりだ。
「……ちなみに、おいくつ?」
「18です」
「いやあああっ! たっけてぇぇっ!」

「ふぉふぉふぁふぇふぉっ!」
ばーん!とドアが弾け、ぼてっと何かが転がり込んできた。
芋虫だ。違った。よく見るとカシスだ。
見間違うのも仕方ない。足をロープでぐるぐる巻きにされ、おまけにハンカチで猿ぐつわまでかまされている。
「あら、3(ピー)ですか?」
伏せ字になってない。
「あらあら。いくらMだからと言って縛られたまま来ることはないでしょう」
眉をひそめてたしなめるように言うクラレット。
何とか顎で猿ぐつわを外したカシスは足を結ばれたまま器用に立ち上がり
「やったのは姉様でしょ! ていうか何でこんな特殊な縛り方を……」
「皆さんご存じ菱縄縛りです」
いや知らんけど。
立ち上がったカシスは手を後ろに、体をキツく縛り上げられ、最後に腰から足首までぐるぐる巻きにされている。
「まったく、そんなカッコで男の部屋に上がり込んで……何考えてるのよ」
口が自由になったカシスは小さくつぶやき、術でぐるぐる巻かれている足の戒めから解いていく。
「それをあなたに言われたくはないんですが……」
「ていうかそれ、俺のシャツだよな」
解いた縄をぽいと蹴り捨てたカシスの姿は、裸ワイシャツ──通称はだワイと呼ばれるものであった。
俺のシャツ、どこ行ったかと思っていたがこんなところへ。

「ちっちち違うわよ!? 自分の洗っちゃったからちょっと借りただけで!」
顔を真っ赤にしてぶんぶんと両手を……振りたいのだろうがまだ体の方は縛られたままなのでくねくねと否定する。
そんなカシスの様子にクラレットははぁ、と大きくため息を吐き
「そんなテンプレートな反応でごまかさなくても……素直に男の匂いがないと眠れないの、と言えばいいでしょう」
「どこの色ボケよ!?
 だいたい姉様、何でこんなことしてるのよ! 様子見に来ただけじゃなかったの!?」
「ええ。様子を見て……これならいいかな、と」
「いいわけないでしょ!?」
はぁはぁと肩で息するカシスの激昂をしれっと受け流すクラレット。まさに不動の精神である。
そうかと思えば、あさっての方を向いてこれには事情があるのです、と切り出した。


「はぁ……セルボルト家存亡の危機と」
訥々とクラレットが語ったのはセルボルト家、つまるところ彼女とカシスの家のことであった。
ハヤト達が関わった事件によって当主がいなくなってしまったためである。
「まああんな腐れ外道のタンポポ男がどうなろうと私は知ったことではないのですが。 どうせ入り婿ですし。セルボルト家の本流は母の方ですから」
何ともドライな台詞。憎いでもなく、心底どうでもいいという風な口調だ。
ちなみにタンポポは種を撒き散らす。
「エルゴの王の時代から続くセルボルト家が私達の代で途絶えてしまうなんて悲しいことです。 あなたはもう家に戻る気はないんでしょうし、ならば残った私が、と」
「まあ、そうだけど……。それに当主っていうなら姉様のがあたしより向いてるだろうし」
ようやく縄から抜け出したカシス。
家のことはあまり関わりたくないのか、興味ないといった顔をしている。
「何だお前、一番強かったんじゃないのかよ」
確か魔王召喚の儀式には一番優秀なのが云々とか言ってたような。
「あたしはキャパシティって言うか、魔力容量が高かったから受け皿にされただけ。 技術的なことは姉様の方が一枚上なのよ」
ふむ。今自分にかかっている術を見ればうなずける。ていうか解いてくんないかな。
「特に姉様の得意技は、あらかじめ魔力をチャージしておいた石と高速呪文でワンアクションの術発動を──」

かっ!
得意げにぺらぺらと喋るカシスの後ろで緑の閃光がほとばしる。
なるほど。今見せたのがその高速召喚というわけだ。
「おしゃべりな妹には眠ってもらって、さっきの続きを──あら?」
まったく眠るそぶりを見せないカシス。だが、その眼からは光が消えて──ちょっと待て。
ゆったりとした足取りでベッドに近づくと、未だ動けないハヤトの頬に手を這わせていく。
「おおおおい、どうなってんだよ! お前何したんだ!」
叫ぶハヤトに、当のクラレットは首をかしげると手の石を見つめ、あらまあと気の抜ける声を出し、
「すみません、どうやら石を間違えたみたいで」
チャームがかかってしまいましたごめんなさいと困ったことを口にした。

そんな間、カシスはといえばハヤトの額や頬にキスを降らせていた。
姉の話が終わると、じゃあ本番ねと言わんばかりにハヤトの頬を両手でロック。
唇に向かってゆっくりと進撃を開始した。
「ま、待てって! お前が積極的になるのは嬉しいことだけど、これは違うって言うか、俺としては恥ずかしがってる方が燃えると言うか……」
「あなたも結構いい性格してますね」
姉が実に楽しそうな視線を投げかけてくる。あんたに性格をとやかく言われたくはないぞ。


つづく

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