愛しい死神 1



イオス率いる黒の旅団・特務隊はレルムの村の双子の片割れを尾行し、聖女一行の居場所を突き止めた。本来なら上官であるルヴァイドに報告に戻る必要があったのだがイオスはあえてそれをしなかった。全てはイオスの独断。失敗してもルヴァイドがこれ以上泥を被らないようにしたかったのだ。イオスは焦っていた。度重なる失敗で、主であるルヴァイドの本国での立場が微妙なものになってきているからだった。
「総員、行けえぇっ!!」
善戦はした。むしろ個々の戦力は黒の旅団の兵士が上回っていただろう。しかし、マグナを筆頭とした召喚師たちの召喚術、小数の利を生かして逃げ回る戦術に小回りの利かない旅団は苦戦した。
さらに、聖女アメルの起こす奇跡の力で彼らの負った傷はたちどころに癒えてしまう。隊長であるイオスが撃破されたため、勝敗は決した。
 
大草原での敗北の後、特務隊は黒の旅団本陣に帰還するために進軍を開始した。指揮を執りながらイオスは己の無力を痛感していた。イオスの知る誰よりも強く、気高く、まさに騎士の中の騎士であるルヴァイド。イオスの抱いていた殺意はいつの頃からか深い敬愛の念へと変わっていった。彼の力になれないことがたまらなく悔しかったのだ。大草原北部の、旧王国−聖王国国境付近で特務隊は夜を明かすこととなった。イオスはマグナ達に敗北してからずっと、心ここにあらずといった風情だった。役に立ちたかったのだ。敬愛する、恋い慕っている上官の役に。
「なっ…!!ぼ、僕はなんてことを考えてるんだ…。相手は仲間の仇だぞ!」
堂々巡りする自らの思考の中に聞き捨てならないものが混ざっていることに気付いて、思わず赤面してしまうイオス。明日の進軍のためにも休もうと自らのテントへ向かうイオスは背後から忍び寄っていた人物に殴り倒された。意識を失う寸前に頭に浮かんだのは、敬愛する、恋い慕っている上官の顔。ああ、またあの方を失望させてしまう。そう思ったのを最後にイオスの思考は闇に呑まれた。



「う…ん……?」
「お目覚めになりましたか、イオス隊長?」
イオスの意識が再び浮上すると、自分の部下に見下ろされていた。新兵が4人とイオスの配下になって長い兵士が2人。イオスは簡素な寝台の上に横たわっていた。寝台がある、ということは、ここは一般兵のテントでなくイオスのテントだということだ。意識を失う前に持っていた槍や身につけていた甲冑とロングコートが見当たらなかったが、そんなことより釈然としないことがあった。
実質旅団のナンバー2であるイオスのテントに無断で入れるのは総指揮官であるルヴァイド一人だけだ。それなのになぜ彼らはここにいるのか。
「お前たち、誰の許しを得て上官のテントの中にいるんだ?」
いつもの厳しい口調で部下たちに言うが、皆ニヤニヤとしているのみでイオスの言葉に答えようとする素振りは見られなかった。その沈黙に言い知れない不安を感じたイオスだったが、もとよりそこらの男どもよりよほど胆の据わったイオスのこと、そんなことはおくびにも出さなかった。
「さっさと出て行かないか!」
イオスの叱責に、薄笑いをしていた部下の一人が感嘆の声を上げた。
「出て行かないか!だってよ。いいねぇいいねぇ、オレこういう気の強えー女もろ好み。」
「どうせルヴァイド将軍にいいだけ可愛がられてんだろ?イオス隊長。オレらにもヤらせろよっ!」
太い腕が伸びイオスの軍服の合わせをがっちりと掴んで左右に引きちぎった。
「きゃぁぁっ!?」
漆黒の軍服の中から夜目にも映える、雪の儚さを連想させる白い肢体が現れた。ともすれば、きつく巻いたさらしの布よりも白いのではないかと思わせる、病的な程に白い肌。華奢ではあるが、無駄な贅肉の無い鍛えられた身体はしなやかで美しい。イオスはあらわになった身体を男たちの視線から隠そうと身体を抱きしめようとした。しかし、
「おっと、隊長ー。もったいぶんないで下さいよ。」
新兵二人に両ひじを捕らえられ、寝台に縫いとめられるように押さえつけられた。いくらイオスの戦闘力が黒の旅団内で際立っているとはいえ、上から全体重をかけて押さえつけられれば女の力ではどうすることも出来なかった。
「な…何をする!離せ!」
きつく巻かれたさらしもすぐ軍服と同じ運命となり、片手で掴める位の大きさの可愛らしい乳房が卑下た視線の下に晒された。豊かではないが伏せた椀のような上品な形の乳房に、淡い乳輪の真ん中につんと上を向いた小さな乳首。男たちから歓声が上がった。イオスは己が何をされようとしているか悟り、狂ったように暴れ始めた。
「貴様ら、上官の僕にこんなことをしてっ…ただで済むと思ってるのかっ!?」
気を抜けば歯の根の合わないほど震えてしまいそうな己を叱咤しながら、出来る限りの虚勢をはる。
軍規に無理やり照らせば、これは上官への反逆だ。そう言外に含んで。
「元帝国兵のあんたのことなんか誰も上官だなんて思ってねえよ。ルヴァイド将軍に足開いて取り入りやがった雌犬がっ!」
握りつぶしそうな強さで、イオスの右乳房を掴みあげた。
「い、痛っ…止めろ!」
痛みを訴えるイオスに気を良くしたのか、さらに揉みしだきながら、左乳房の桜色をした突起に歯を立てる。イオスはおぞましさしか感じなかった。
「ん?」
好き勝手にイオスの胸を嬲っていた男が、不意に手を止めイオスに顔を近づける。
「よ、寄るな…」
「あんた、こうして見てみるとなかなか…いや、かなり…。」
戦場では男顔負けの槍さばきと勇敢さで戦う姿ばかりが人目を引くが、薄い金色の髪と、青とも赤ともつかない色合いの大きな瞳が透き通るような肌に映える。人形のように整った秀麗な顔立ちはまだ幼さが残り、華奢な四肢のせいもあってかとても成人しているようには見えない。
「将軍も良い拾い物したよなあ。すました顔してても付いてるもんは付いてますってか。」
「貴様っ!ルヴァイド様を愚弄するのか!!」
イオスは儚げな外見をしているが、気はあまり長くない。ことにルヴァイドを悪く言う輩には我慢がならなかった。


イオスは自分の陥っている状況を、例えではなく一瞬忘れて怒りをあらわにした。イオスには、ルヴァイドは自分を女としては見ていないと分かっていた。ルヴァイドはイ オスとそのような関係を結ぼうとしたことは一度も無かった。女を買いに行くこともあったから 、別に衆道の趣味があるわけではないのだろうが。イオスは以前、寝首を掻いてやるつもりでル ヴァイドに迫ったことがあったのだ。。確かデグレアに来て一つ二つ季節が巡ったころだと記憶 している。
その時ルヴァイドはわしわしと乱暴にイオスの頭を撫で、
「そんなことは、いつかお前の夫となる者にしかするな。」
と言い、機嫌を損ねてしまったのだろうかさっさと自室に引っ込んでしまった。イオスは計画が破綻した悔しさよりも自分がルヴァイドに女として見られていないことに対して言いようのない寂しさを感じた。イオスが激昂したのにはそんな理由もあったのだった。男の言葉に、その言葉の通りルヴァイドに手折られたかったと思ってしまい、余計に癪に障ったのだ。まだ吼えるつもりだったイオスに男はさらに顔を近づけた。瑞々しい唇に、己のそれを押し付ける。
「…んぅ!んんーっ!!」
生臭さと歯茎に触れる感触の不快さに背筋が粟立った。いくら幼少時から真聖皇帝に仕えるため厳しい訓練を積み、心身ともに強靭なイオスでも、好きでもない男に唇を奪われるのは耐え難いことだった。ましてそれが、ファーストキスと呼ばれるものであればなおさらだ。
「ううっ……」
多くの女性の例に漏れず、イオスもファーストキスに憧憬を抱いていた。最初は一番好きな男性と…。そんな思いがイオスにもあった。思い浮かべるのは10歳近く年上の、命の恩人であり同朋の仇である人。口づけをするような仲になる日など、永遠に来ないと分かってはいたが。
「おい、まだかよ!さっさとさせろよ。」
イオスにキスをした男を仲間が急かした。皆長い遠征で女旱が続いているのだ。そんな彼らにとって、極上の美女であるイオスは飢えた猛獣の群れに投げ込まれた肉の塊に等しかった。
「そう焦るなよ、こんな好機めったにねぇんだから。これまで将軍が独占してて手が出せなかった分じっくり楽しまなきゃ損ってもんだ。」
「ハハハ、まあ違いねえ。あの野郎のガードが固くてオレたちは何年も我慢してたんだもんな。」
「それじゃあ次は…」
「隊長の大切な所を御開帳させてもらいましょうか…へへ」
イオスの下肢に何人かの手が伸びた。ズボンの留め金に手をかける者、腰を抱えあげる者、ズボンをずり下げようとする者。
「僕に触るなっ……!下衆が……!!」
「足が邪魔だな。」
足をバタつかせて暴れようとしたが、とっさに膝を押さえつけられて上手く動けない。上肢も肘をすでに固定されている。手足の自由を奪うときはそうして関節を押さえつけた方が効率が良いのだ。彼らはこういった行為――女性を強姦すること――に慣れているのだろう。しかしイオスにそのようなことを考えている余裕は無かった。カチャ。ズボンの留め金が外された音がイオスの耳に届いた。
「やめろーーっ!!」
イオスは渾身の力をこめて身体を捩って必死に抵抗するがびくともせず、その姿はかえって部下たちの加虐心を煽った。ズボンを下ろされブーツも脱がされ、レースをふんだんに使った、戦場には似つかわしくない可愛らしいショーツだけがイオスを情欲を帯びた視線から守っていた。
「ほぉーずいぶんと可愛い下着をお召しですなぁ。ルヴァイド将軍のご趣味ですか?」
「っ……。」

イオスに反論する気力は無かった。四肢は四人の男に押さえつけられ抵抗することもできない。
仮に抵抗できたとしても武器を持たないイオス一人でこの状況を打開するのは不可能だ。イオスの唯一の味方である黒鎧の騎士は、ここにはいないのだから。男がショーツに手をかけた。
「いいか、ちゃんと押さえてろよ、新兵ども…]]
「や…嫌だっ!!やめろぉぉお!!」
ショーツを取り払われて、無駄だと分かりきっていたが叫ばずにはいられなかった。頬を水滴が滑っていって、イオスは自分が泣いていることに気付いた。デグレアの捕虜となった時でさえ涙など見せなかったというのに、だ。閉じた足を左右から広げられて、まだ誰も受け入れたことの無いイオスの秘所があらわになった。髪と同じ色をした柔らかな茂みが申し分け程度に恥丘を覆い、色素の少ないイオスらしく濃桃色に色づいた、ほころび始めた花のような秘所だった。男たちは喉を鳴らす。
「…おおっ!?なあ、初めてじゃないわりに色薄くないか?」
「バーカ、この肌の色でここだけ黒かったら萎えるだろーが。」
なんとも手前勝手な意見を言った男が指をまだ青く清らかな花弁の奥へと突き立てた。
「ぐっ!」
「…?確かに、その割にはキツイけどよ…」
イオスが小さく悲鳴を上げるのが聞こえているにも拘らず、指で秘所をかき回す。痛みに眉根を寄せ、目に涙のにじんだイオスは普段の凛々しさは感じられず、どこか蠱惑的でさえあった。それに引き寄せられるようにして男がイオスの身体に群がった。
「―――〜っ!!」
恐怖のあまり声にならない悲鳴を上げるイオス。四肢を戒める腕を懸命に振りほどこうと足掻いた。
「安心しな、あんたも愉しめるようにしてやるよ、隊長さん。」
「へっへ…案外病みつきになったりしてな。」
そう言うと、一人はイオスの胸に一人は秘所にむしゃぶりついた。身体の上を這い回る手や舌の動きにイオスは嫌悪しか感じない。皮膚の薄い所をベタベタと撫で回される感覚にくすぐったさとすさまじい嫌悪感を覚えた。次第に覆いかぶさる二人の男の息が上がってくるのが肌で感じ取れて、イオスは崩れ落ちそうなほど恐ろしくなった。彼らが自分の身体を撫で回すのに飽きた時、イオスは穢されてしまうのだ。
(…ルヴァイドさま…。)
ルヴァイドは大剣を振るう無骨な腕でどんな風に女を抱くのだろう。少なくとも今自分に覆いかぶさっている男たちよりずっとずっと、優しく抱くのだろうという確信がイオスにはあった。冷徹そうな印象とは裏腹に、どうにも非情になりきれないルヴァイドをいつも傍で見てきたのだから。自分を撫で回す男の手が、ルヴァイドのものであったなら………。そう考えた瞬間、くすぐったさはもどかしさへ変わり、未知の感覚がイオスを苛んだ。
「ふ、ぁっ……?…あぁ…!」
与えられる愛撫と恐怖をやり過ごすための妄想は、自慰もしたことの無い初心なイオスにとっては刺激が強すぎた。強弱をつけて円を描くように胸を揉まれ乳首を吸われ、固く閉じた秘裂を舌が這い回り敏感な陰核を舐られる。イオスは自らも息が上がってきたことに自己嫌悪した。怖い、気持ちが悪い、止めて欲しい。そんな心とは関係なく、一度快感を感じた身体は貪欲にその感覚を求めていく。
「は…ぁん…やあっ…ひぁあ…っ」
「よくなってきたみたいだな、イオス隊長。」
「誰が…っうあ…っく……あぁっ!」
わざとらしく自分を隊長と呼ぶその男が憎らしくて堪らない。槍さえ手にあれば、手足が自由でさえあれば、この男たちなど歯牙にもかけないイオスにとって、いいように身体を弄られ、快感を感じてしまうのは屈辱以外のなにものでもなく、自分は恥ずかしさのあまり狂い死にするのではとイオスは霞がかった思考の隅で思った。

「じゃあこれは何だ?ほら見てみろ、あんたの中に突っ込んでたオレの指。
あーあ、こんなに濡らして…あんた、やらしいなぁ。」
「ぬれる…?」
男の言葉のとおり、粘度のあるぬめった液体が指を濡らしている。しかし、ぬれる、という単語といやらしいことが何故繋がるのかわけが分からず、イオスは鸚鵡返しに尋ねた。
「あんたは犯されてさえ感じる淫乱女だって言ってんだよ!」
「う…そ、……だ。…嘘だっ!」
否定の言葉を口にするが快楽に溺れてあられもない声を上げていたことはイオスが一番知っていた。
「先輩ー。いい加減オレたちにも換わってくださいよ。」
四肢を戒めていた新兵たちが不満を訴える。イオスの痴態を見せ付けられて若い彼らがいつまでも大人しくしていられるわけが無かった。
「順番、だ。オレらがヤったらすぐに換わってやるからしっかり押さえてろ。…まずはオレだな。」
イオスの膣を嬲っていた男がズボンを下ろしてモノを露出させた。
「ひっ…!!?」
帝国の親衛隊に所属していたというイオスの経歴を考えれば、それは当然の反応かもしれなかった。
皇族の身辺警護の任に就く者がどこの馬の骨とも知れない人間で良いはずが無い。それなりの身分の人間でなければなれないということだ。良家の子女が知識として知っていても実物の男根など見たことがあるはずもない。イオスの目にグロテスクなその物体はさぞ気味が悪く映っただろう。乱暴される恐怖も手伝ってイオスは軍人の誇りも生来の気丈さも吹き飛び、パニックに陥った。
「わあああぁぁ!!いやあぁぁぁああぁあぁ!!
ルヴァイドさまああぁぁあぁあ!!ルヴァイドさまぁあぁぁああ!!!」
ボロボロと涙をこぼすイオスは軍人からただの小娘となっていた。来るはずもない愛する人に助けを求め、陵辱に怯えて泣き叫ぶ一人の哀れな娘。悲鳴を上げるイオスの様子にお互いに目配せをし、嗜虐のこもった笑みを浮かべる。彼らがイオスに求めていたのはこの反応だったのだ。もう辛抱たまらんと男がイオスに覆いかぶさった。
「やだああぁぁぁあぁぁぁっ!!やめてよぉおぉおおぉぉお!!!」
「へっ誰が止めるかよ!」
イオスの大腿に男の陰茎が押し付けられる。そこだけ別の生き物のように脈打つ塊がイオスの膣口を目指し始める。

「止めておけ。それ以上は軍籍抹消だけでは済まなくなるぞ。」

「………え……。」
大きくは無い。が、よく通る低い声。その声をイオスが聞き違えるはずがない。否、旅団員が聞き違えるはずが無かった。イオスに覆いかぶさっていた男は素晴らしい速度でイオスから離れた。
イオスの貞操は危機一髪で救われたのだ。
「上官の命令を二度ならず三度まで無視するとは良い度胸だ、イオスよ。俺の命令を聞かぬからそんな目に遭う。」
「……ルヴァイドさま…?」
イオスは大きな瞳をこれ以上無いというほど見開いてテントの入り口の人影を見つめた。黒の旅団の総指揮官、ルヴァイドがゼルフィルドを始めとした何名かの部下を連れて立っている。
「…まあ、お前の処遇については追って伝える。今はこの者たちを拘束するのが先か。」
ああ、自分はおかしくなったのか。イオスは組み敷かれたまま、ぼんやりとここにいるはずの無いその人を見つめた。
「……るっ、ルヴァイド様…!?本陣で待機のはずでは…」
「言いたいことはそれだけか。…連れて行け。」
ルヴァイド配下の兵士たちがあっという間に暴漢へと堕した仲間を取り押さえた。イオスは間に合わせにと近くに落ちていたシーツを羽織らせられる。自由になった上体を起こして改めて自分が助かったことを実感した。
(………?)
ルヴァイドが利き手に携えているものは愛用の剣である。戦場であればそれは見慣れてしまった光景かもしれないがここは自軍の陣地の、しかもテントの中だ。抜刀しているのは不自然だった。
―――それ以上は軍籍抹消だけでは済まなくなるぞ―――
(怒って、下さった…?……いや、まさか……な…。)
あまりに都合の良い解釈に、イオスは自分自身に閉口した。連行される男たちを見届けて、ルヴァイドが自分に近寄ってくるのが分かっていたが、意識が急激に遠のいていくのに逆らうことが出来ずに寝台にぐったりと倒れこんだ。
「イオス!」
「血圧、脈拍、呼吸ニ以上ナシ…目立ッタ外傷モアリマセン。失神シタダケノヨウデス、我ガ将ヨ。」
「そうか…。」
抱きしめたイオスの身体は完全に脱力していた。軽く閉じられた瞳や規則正しい寝息で、イオスが悪夢の只中にいないことがうかがえてルヴァイドは安堵した。


イオスが報告に戻らないので斥候を放って探させてみれば、案の定彼女は功を焦り軽率な行動を取っていた。斥候に放った兵士の報告を受けルヴァイドはイオスの部隊を追跡していたのだ。そしてイオスの特務隊の野営地を発見し、そこで陵辱されかかっているイオスを見つけた。四人がかりで自由を奪われ美しい顔を涙で濡らしたイオスを見て、ルヴァイドが彼らに斬りかからず指揮官として振舞えたことは奇跡に近かった。抜刀はしていたがそれ位なら大目に見てもいいだろう。その時のルヴァイドは共に来た部下達でさえ、近づき難い程の殺気を放っていたのだから。ルヴァイドの怒りは当たり前かもしれない。こんなことにならないよう、ルヴァイドはイオスをずっと傍へ置いていたのだ。捕虜としてイオスを幽閉していた牢では金次第でルヴァイド以外の人間も通してしまう人間の看守の代わりに機械兵士ゼルフィルドに牢の見張りをさせていた。イオスがデグレア兵となった後も、一般兵の兵舎でなくルヴァイドの寝起きする館に住まわせた。寝返り兵であるイオスの身元を保証する代わりにと半ば脅迫めいた形で。従卒として常に目の届く所にイオスを置き、部隊を任せるようになってからも補佐としてゼルフィルドを連れて行くようにと言った。それではルヴァイド様の負担が増えてしまいます、とイオスは断ったが聞き入れはしなかった。

「謹慎処分、ですか?」
「ああ。上官の命令を無視した処罰としては温情措置だろう?」
デグレアに帰還後、ルヴァイドの執務室に呼ばれたイオスは自らの処罰の内容を言い渡された。温情も何も、イオスには同じような前科があるのだ。その処罰はあまりに軽かった。
「あ、ありがとうございます…って、それよりも、この忙しい時に謹慎などっ…ルヴァイド様に負担が掛かってしまいます!
ただでさえ元老院は貴方に無理難題ばかりを吹っかけてくるのに…。」
旧王国のまず元老院議会ありきの思想をイオスは嫌っていた。国民の目と耳を塞ぎ、権力を保つやり方は帝国出身のイオスには国を自分たちの手で病ませているようにしか映らない。その元老院議会がまるでルヴァイドの忠誠を試すように無茶苦茶な任務ばかりに彼を駆り出しているのがさらに気に食わなかった。
「イオス、滅多な事を言うな。」
「…失言でした。しかしルヴァイド様、現実問題、元老院への戦況報告を始め、旅団幹部が一人でも抜けてしまったら本国にいる間に終らせられる仕事の量ではありません。ですから僕の処罰は先延ばしに…」
「謹慎だ。黒の旅団がデグレアに滞在している間は館から一歩も外に出るな。」
「…御意の、ままに…。」
こうなったルヴァイドが譲歩することが無いとよく知っていたイオスは、頷くしかなかった。イオスがしなければならない仕事のしわ寄せは当然ルヴァイドに向かう。デグレア軍所有の機械兵士であるゼルフィルドは勝手に連れ出すことが出来ないため、館に戻ると仕事を引き受けると言って聞かないイオスと二人きりになった。

帰還してから何日か経過し、次の作戦のためデグレアを後にする日が迫っていたある夜。軍服の上からルヴァイドはわき腹にある傷跡に触れた。かなり深く、肉が抉れてひきつれた傷跡。イオスに初めて出会った日に彼女がつけた痕だ。所属していた部隊を潰され、無謀にもたった一人でルヴァイドに戦いを挑んできた少女兵。それがイオスだった。傷だらけの身体で、まだ年若い彼女のどこにルヴァイドに一太刀入れる力があったのかは分からない。ルヴァイドに手傷を負わせたものの実力の差は歴然としていてあっさりイオスは地に伏した。彼女の纏う制服から親衛隊の人間であると気付いたルヴァイドは皇族が近くにいると覚り居場所を吐かせるためイオスを捕らえようと手を伸ばした。と、鈍い音がして可憐な唇から血が溢れた。
「!!」
慌てて口を開かせた。意識はないが呼吸をしていたことにルヴァイドは胸をなでおろした。疲れきったイオスにはもう自害するため舌を噛み切る力さえ残されていなかったのだ。自分も負傷したため、一度陣地へ戻る必要があると判断したルヴァイドは、イオスの口に止血のため布を含ませマントを外してイオスを包んで抱き上げた。イオスの制服を陣地にいる他の将校たちに見せたくなかったからだった。イオスの身分が知られれば死ぬまで酷い拷問を受け続け、女に生まれたことを後悔する仕打ちが待っているだろう。それを防ぐためだ。おかしなものだ、とルヴァイドは誰に言うでもなくごちた。帝国の少女兵を庇うなど。元老院に絶対服従してきたルヴァイドはそれが罪深い行為であると理解していた。それでも構わない。ルヴァイドはそう思った。皇族を守るために命を捨てようとした子供。それは若さ故の盲信かもしれなかったが、元老院議会に不信感を感じながら戦っているルヴァイドにとって一片の綻びさえない主君への忠誠心は眩しかった。連れ帰ったのは衰弱が激しくそのままにしておけば程無くしてイオスは死んでいただろうから。止めを刺し仲間の後を追わせてやるのがイオスにとって幸せなことだと分かってはいたが、その瞳に宿った眩しいほどの光が失われるのを見たくなかった。最初はただそれだけだったのだ。
(それなのに、そう願った俺が何故こんなにもイオスを欲してしまう…?)
助けてしまった責任から側においていたというのに次第に少女から女性へ成長していくイオスを間近で見るうち、イオスのことがただ大切になっていた。信じられない、といった表情でこちらを見つめるイオスの、羽織らされたシーツからのぞく白い胸の愛らしく尖った蕾や折れそうな腰が脳裏に焼きついて離れない。抱き起こした肩があまりに小さく頼りなかったことに、身の丈よりもある槍を軽々と扱う姿を見慣れているためか驚きを隠せなかった。女を買いに行っても、イオスに容貌の似た娼婦を探してしまう自分がいることを知っていた。しかしあれ程美しい娘が何人もいる訳がなく。ルヴァイドの人生の中で深い関係になった女性は何人かいたがこんなにも心を乱されたのはイオスが初めてだった。


つづく

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