お父さんは心配性? 3



十数年前、トレイユの近辺で美しくそびえていたラウスの命樹。
それが人間の手によって切り倒されたのを原因に、メリアージュは一人、異空間へ閉じ込められることとなった。
それでも遠く離れた場所から家族を守ろうとする彼女の気持ちは、まさに『愛』と呼ぶべきなのだろう。
夫に身の危険をたしなめられながらも、メリアージュは時折妖精の力を使っていたのだが――。

(……あら?なんだか、体の感じが……)
メリアージュは自身の違和感に、ふと気付く。
娘の濡れ場に没頭し続けていて気がつかなかったが、昼間フェアを助けたことで疲れていたはずの体が妙に軽い。
「ぶふぅっ!?」
ケンタロウの蛙を踏みつけたような声に映像を見れば、そこには例の眼鏡侍が戦闘準備とばかりに避妊具を装備している。
「待て!待ちやがれっ!?テメェまでやるつもりかよ!?」
もはや聞き飽きた夫の悲鳴を無視しながら、メリアージュが映像の侍を見つめた時――その瞳孔が大きく開いた。
――これは――!
この異空間に閉じ込められてから、長らく禁じられていた感覚。
それが津波のように、彼女の全身を飲み込んでいく。
「……ねえ、ケンタロウ?私、ちょっと力を使いすぎちゃっても……消える心配はないかもしれないわ」
「な、なんだ?突然」
ケンタロウの問いには答えることなく、メリアージュはうっとりしながら映像を見つめている。
――魔力を使うことで消滅の危機を感じていたのは……源となる「心」が不足していたから。
早鐘を打つ鼓動を手のひらに感じながら、メリアージュは燃えるような眼差しを彼らに送っていた。


「…………」
フェアとセイロンの目の前に姿を見せた「それ」。
目のやり場に困ったのか、すぐさま目をそむけたフェアとは反対に、セイロンは瞬く間も忘れてそれを凝視していた。
「おぬし……もののけの類か?」
「いやいや!自分はれっきとした人間ですとも」
満面の笑顔で答えるシンゲン。
彼が手を添えているのは、形だけを見れば何の変哲もない屹立した男の象徴だ。
――その、大きさを除けば。

「な、何なのそれ?腫れてるの……!?」

「あっははは。まあ腫れているかと聞かれれば、状況的にある意味そうだと言うべきでしょうが」
……人よりはそこそこ長く生きてきたつもりのセイロンだったが、その年月の中でもこれほどの代物はお目にかかったことがない。
ラウスブルグに居た時は共同風呂に住人たちと入ったりもしていたが、それでもセイロンは彼らに比べて立派な部類だったといえるだろう。
別に風呂場で他人をチェックしていたわけではないが、先代を除いてNO.1と呼ばれたクラウレに対決を挑まれて勝利したのだから間違いない。
「よくぞ今まで褌に収まっておったな……それは」
「人より多少大きいことは自負しておりますが、御主人を壊しちゃうようなことは致しませんよ。御安心を」
そう言って微笑むと、シンゲンはセイロンに抱えられたままのフェアの脚の間へと割り込んでいく。
先ほどまでセイロンを受け入れていた彼女のそこは、すでに前戯の必要もないほどにほぐれているはずだ。
――しかし内側に侵入する彼の圧迫感に、フェアは思わず小さくうめく。
「……や、やっぱりわたし、そのっ」
茹で上がったように顔を赤らめながら、火照った頭に思考を巡らせるフェア。
散々鬼妖界組に熟練した愛撫を受け、とろけていた思考でシンゲンの提案を承諾してしまったのだが。
今になって、恥ずかしさと恐怖心が湧き上がってきていることに気付く。
「恐れることはない。店主殿」
穏やかな声とともに抱き寄せられ、背中にセイロンの温もりを感じる。
「シンゲンには悪いようにはさせぬよ。もしそなたが辛いと感じることがあれば、我がすぐに止めてやろう」
セイロンの手がフェアの下腹部を伝い、その下へと降りていく。
「あっ……」
彼の指が触れた場所は、今シンゲンの先端を咥え込んでいる秘所だった。
セイロンと交わっていたとはいえ、シンゲンのそれが相手では受け入れるのも容易くはないのだろう。
フェアの体が一瞬震えるも、セイロンの指は構わず彼女の花弁を左右に割り開く。
「こうすれば、多少なりとも受け入れやすかろう?」
「いやはや!御協力、感謝致します」
二人の意気投合ぶりにフェアが閉口する間もなく――その口から思わず小さな悲鳴が漏れた。
指で広げられた秘肉の中心へ、シンゲンの熱い昂ぶりがゆっくりと埋没していく。
「……っ!あっ、あぁっ……!!」
ただでさえ狭い膣内に、寸分の余裕もなく硬い熱がぎちぎちと通されていく感覚。
張り詰めたものにまるで体内を抉られるような錯覚さえ感じるほどに、シンゲンのそれは容赦なくフェアを貫いていった。
「あぁ……御主人。その、も〜少し我慢して頂けませんかね?」
「あっ……ふ、ぅっ」
無意識に滲むフェアの涙を、シンゲンが困り果てた様子でぬぐう。
何度か経験を積んだ状態でこれならば、彼女が生娘だった場合はどうなっていたか分からない。
「シンゲンよ。おぬしのそれの大きさは仕方がないとして、あまり店主殿の体に悲鳴を上げさせるようなやり方は――」
「承知しておりますってば。怖い顔しないでくださいよ」
真顔で見据えてくるセイロンに苦笑し、シンゲンはフェアの腰を抱き寄せた。
――ぐぐ、とシンゲンの熱が最奥を突き、フェアの背中が弓なりにのけぞる。
「はぁっ、は……」
膣内で脈打つ大きな肉塊に、フェアは思わず眉を寄せる。
……自分の中に入ったものは、確かにセイロンのそれよりも明らかに大きい。
だからといってそれが気持ちいいかどうかなど彼女に分かるはずもなく、必死にシンゲンの肩にしがみついているばかりだった。
ただ、セイロンがこれと同じ大きさなら堪ったものではないというのは確かだ。
「まだですよ?ここからが自分の本領発揮ですからね」
「え……」
「セイロン殿の手前で御主人を抱いた以上、責任持って気持ちよくさせて頂きますから」
手前どころか、フェアはセイロンの膝の上で腕の中だ。
この異様な体勢で平然としている彼ら鬼妖界組の神経は、やはり出身世界とは別物のような気がしていた。
「し、シンゲン、あっ……!?」
フェアの中から引き抜かれた熱が、再び奥深く沈められる。
強張る彼女の腰を抱え、シンゲンは依然余裕の笑顔だ。
「大丈夫です。出し入れして慣らしていけば違和感もなくなりますよ。……少しずつ、御主人の良い角度を探していきましょうか」


映像の中で、フェアの切ない喘ぎが響く。
痛みの中に甘い色を見せ始めた彼女の声は、メリアージュに更なる高揚感を与えていた。
「オレ様はもう見えねえ……何にも聞こえねえぞ……!!」
メリアージュの背後で、ちゃぶ台に米酒スタイルのケンタロウは既に諦めモードだ。
「ねえ、ケンタロウ?私たち、ああやって体を触れ合わせたのって何年くらい前の話だったかしら」
「何年前って……そりゃオマエ、十年以上は」
「そう、もうずっと昔の話になるわね……」
夢の中でも交わることは可能だが、実体のない夢の空間ではそれも随分と味気ない行為だ。
フェアのようにありのままの肉体を重ねたことなど、もはや感覚にはなく記憶だけの代物と化している。
まだ容姿も若々しいメリアージュが狭い空間で隠居生活を強いられる苦痛は、精神だけでなく肉体にさえ徐々に影響を及ぼしていた。
「お、おい。大丈夫かよ?」
「ええ、大丈夫……」
不安そうに覗き込む夫に微笑みかけ、メリアージュは再び映像を見つめる。
「もう大丈夫よ。私の心を潤してくれるものがあれば、枯れかけていたこの魔力だって満たされるもの」
だから、頑張ってね?フェア。
……心の中で呟く彼女は、すっかり恍惚とした表情を浮かべていた。


「あっ、ぁ……」
痛みを噛み締めていた声は、いつしか吐息交じりの喘ぎへと変わっていた。
「シンゲンの具合はどうだ?店主殿」
「ど、どうって言われても……んっ」
セイロンの問いに、フェアは曖昧な言葉しか返せない。
恋人に他の男の体のことを聞かれているのだから、当然だろう。
しかし戸惑いを含んだ彼女の眼差しは、少女とは思えないほどに艶を帯びて潤んでいた。
「あっはっは。初なそなたには、少々意地の悪い質問であったかな」
セイロンを見上げるその表情が、あまりにも可愛らしい。
シンゲンが目の前で頑張っているのも無視し、セイロンは思わずフェアの唇を吸う。
口内へ舌を割り入れれば、彼女は遠慮がちに舌を絡め返してきた。
「んふっ、はっ……セイロン……んぅ」
フェアの小さな舌に唇をなぞられ、柄にもなくセイロンの気が昂ぶり始める。
「御主人自身はともかく、御主人のこちらは、そろそろ自分に馴染んできて下さってるようですね?」
楽しげに言うシンゲンだが、その間も腰の動きは休まることを知らないらしい。
フェアの秘所から引き抜かれるそれは、すっかり女の蜜を絡みつかせていた。

「……ふむ。ならば、そろそろ我の出番であろうな」

十分にシンゲンを受け入れているフェアの秘所を見つめ、セイロンが言う。
その顔は相変わらずケロリとしたもので、シンゲンへと視線を変えた。
「悪いが、おぬしばかりに店主殿の体を任せるのもどうかと思うてな」
「はあ。まあ……そりゃあ構いませんが、しかし」
応えるシンゲンの表情は、どことなく皮肉を含んだ笑顔だった。
「自分のコレを味わったあとじゃあ、さすがのセイロン殿でも御主人を満足させるのは難しいんじゃ御座いませんかねえ?」
「ほう?」
彼の挑発に、セイロンは面白そうに目を細める。
二人の間に目に見えない火花を感じ、フェアがうろたえているが彼らには関係のないことだ。
セイロンは取り出した扇子をシンゲンに突きつけ、彼の瞳を見据える。
「たしかに散々おぬしを受け入れた直後ならば、我のものでは物足りなく思うであろうな。それは事実だ」
だからといって自分のサイズがシンゲン並みで、毎晩の頑張りの結果フェアが緩くなっては元も子もない。
実用的に標準以上の大きさだったことを、両親に感謝せねばなるまい。
心の中で呟くと、セイロンはまだシンゲンと繋がったままのフェアに囁いた。
「……店主殿。しばし、力を抜いておけ」
「え?えっと、よく分からないけど、先にわたしシンゲンと離れたほうがいいんじゃ……?」
この体勢では、セイロンには何もできはしないだろう。
しかし彼は変わらない表情で首を横に振る。
「いや、この体勢で良いのだよ」
「でも、これじゃあ……っ!?」
フェアが言い終わる間もなく、セイロンの指がフェアの秘所へと滑り込む。
シンゲンを受け入れている周囲を指でなぞれば、彼女の粘液がぬるりと絡み付いてきた。
恥ずかしさで黙り込んでしまうフェアに、セイロンは何食わぬ顔で微笑む。
「善哉善哉!快楽を感じることは良いことだ。――であるからして、そろそろ新しい試みをだな」
彼の言葉に首を傾げるフェアだが、その答えは直後に判明した。

つぷり。

「ひぁっ……!?」
下半身に、彼の指らしきものが入り込む。
引き抜かれたそれは周囲にぬるぬるしたものを馴染ませ、再びフェアの中へと潜り込んでいった。
「やっ、セイロンッ?これ……」
今度は数を増やしたのか、二本がねじ込まれていく。
痛みに思わず目を細めるが、そもそもこれはどこに入れられているのか。
今はシンゲンに塞がれている状態だ。指を入れる隙間などない。
――混乱した頭で答えに到達すると同時にそれが引き抜かれ、セイロンが口を開いた。
「まだまだ、そなたの知らない快楽というものがあるのだよ。フェア」

「ま、待ってちょうだ……いいぃっ!?」

背後から腰を浮かされると同時に、熱いものがフェアの『後ろ』を貫いていく。
――いやいや、待って。さすがにこれはありえない。
口でそれを伝える間もなく、セイロンのそれはみるみるうちにフェアの中へと飲み込まれていった。
「セ、セイロン殿?これは俗に言う……」
「うむ。二輪挿しというやつだな!せっかくの機会だ、三人で共に楽しむのも悪くはあるまい?」
「に、二輪ってセイロ……っ!!」
わけのわからない単語に質問できないまま、セイロンはゆっくりと動き始める。
しばらく唖然としていたシンゲンだったが、状況への順応の早さはやはり彼らしいと言うべきか。
「ええと。……それじゃあ、自分も頑張らせて頂きます」
「頑張らなくていいから……あぁっ!!」
前後を同時に攻められて、しかも後ろは初めて。
もはや痛いとかそういうレベルではない衝撃が絶え間なくフェアを襲っているはずなのだが。
……シンゲンの人間を逸脱した代物で散々貫かれて、既に感覚が麻痺し始めているのか。

「あっ……は、あぅっ……!」

粘着質な水音を立てながら前後を出入りする熱の感触に、フェアの肌は疼き、粟立っている。
気付かぬ間に、この鬼妖界組に体を人外の領域にまで開発されてしまったのか。
「どうだ?店主殿。こういうのも悪くはあるまい?」
背後から覗き込み、セイロンが尋ねる。
「いいとか悪いとか、そういうことっ、わたしには全然……っ」
体を揺さぶられながら、茹だった思考で何とか声を絞り出した。
前方は緩やかに奥深く挿入し、後方は浅いながらも徐々に速度を増してフェアを攻め続ける。
二つの異なる動きがフェアの中で幾度となく擦れる感覚に、思わず背筋を心地よい痺れが駆け抜けた。
「本心を隠す必要などない。たまにはこうして、思い切り羽目を外すのも……良かろう?」
毎日の悩みも疲れも、体を交える相手が誰かも、いっそ何もかも今夜は忘れてしまえばいい。
心身の淀みは気と同じく、全てをさらけ出し解放することで最良の状態へと変わるのだ。
「羽目って……いくら何でも外しすぎっ……あぁあっ!!」
体内のそれがひときわ深くフェアを貫くと同時に――彼女の口から、甘い悲鳴が漏れていた。


「……あら?」
映像の中で、くったりと崩れ落ちた娘の姿にメリアージュは首を傾げる。
セイロンに抱えられたフェアは、頬を赤らめたまま息を荒げていた。
恥ずかしさの入り混じった表情にどことなく恍惚の色を含んだ彼女の顔は、明らかに快楽の頂点に達したそれだ。
「フェアったら、もう果ててしまったというの!?」
「メ、メリアージュ?」
鬼気迫る表情で映像にかぶりつく妻の姿に、ケンタロウは戸惑いを隠せない。
「その、何だ。イッちまったのなら、もうさすがのコイツらも手は出さねえんじゃねえのか?ははは……」
「駄目よ!お母さん、そんなの許しません!」
「…………あ?」
拳をわなわなと震わせるメリアージュの姿は、もはや美しき妖精というには程遠いオーラを放っていた。
……狭苦しい牢獄のような異空間での隠居生活。
その中で家族の姿を見守ることは、確かに彼女のささやかな幸せであった。
しかし、家族を愛する気持ちだけでは、この苦しい空間で過ごすことはあまりにも辛い。
「しっかりしなさい、フェア……!」
異空間の中では欲求不満続きだったメリアージュ。
彼女の枯れかけていた心は魔力をも衰えさせ、時には生命の危険にすら晒される可能性もあった。
だが娘のあれほどの濡れ場を見られるなら、お釣りが来るほどに不満など解消されてしまう。
その癒された精神はやがて彼女の魔力の源となり、家族を守るための大切な力となるのだ。
――それに。

「この暇を持て余しすぎる生活で、せっかく見つけた楽しみをそう易々と終了させられて堪るもんですか!!」

「……おい、オマエ……?」
瞳を燃え上がらせるメリアージュの姿は、もはや鬼神のごとき猛々しさだ。
あっけにとられているケンタロウの前で、彼女は両足をズシャリと広げて地面を踏みしめた。
背筋を丸めるように俯き、両手を前方に突き出してわななく様子はもはや禍々しささえ感じる。
「凄いわ……フェア。あなたのおかげでお母さん、全身に魔力がみなぎってくる……!!」
「な、何なんだよ、コイツは……!?」
燃え盛る炎のようなオーラを身に纏い、メリアージュはその美貌に極上の笑みを浮かべていた。


「ありゃま……御主人。もう昇天されちゃったんですか?」
セイロンの胸に、仰向けに倒れこんだフェアを見つめるシンゲン。
フェアの控えめな胸は小さく上下し、息を荒げていた。
「ふむ。我はまだ達しておらぬのだが……まあ、仕方あるまいよ」
さすがにこの鬼妖界組に二人がかりで攻められて、長期戦を行える猛者などそう存在はしないだろう。
ぐったりとしたフェアの髪の毛を撫でながら、セイロンは彼女の体を抱き起こそうとしたのだが。

「……ん……?」

突然、フェアの腕輪が淡い輝きを放つと同時に、彼女の瞳が大きく開いた。
……見覚えのある光景に、セイロンとシンゲンは無言で視線を交わす。
これは……例の『復活』、だろうか。
「セイロン……」
むくりと起き上がるフェアの体は、淡い碧の光をまとっている。
それならばやはり『復活』のはずなのだろうが、どうにも様子がおかしい。
「これはこれは御主人!復活されたということは、二回戦も行われるということで?」
嬉々としてシンゲンが飛びつくが、フェアは無言でぼんやりとするばかりだ。
不審に思い、セイロンが彼女の顔を覗き込んだ時。

「ん、む……っ!?」

強引にフェアの手が彼の顔を引き寄せ、その唇を奪う。
舌を絡ませ、貪欲なほどに唇をむさぼる彼女の姿はあまりにも不自然だ。
「なっ、どうしたというのだ店主殿……?」
「……おかしいの、体が。何だか体の中から凄く疼いて、どうしようもなくて……!」
「突然何事だ、我に事態を説明しッ……!?」
セイロンが言い終わる前に、その体はフェアに力強くシーツへと沈められてしまう。
……覆いかぶさるフェアの眼差しは、炎が燃え盛るようにギラギラと輝いていた。
おかしい、これは明らかに様子がおかしい。
セイロンの額にわずかな汗が滲む。
「ま、待て!店主ど――」
――その夜、忘れじの面影亭で、二人の男の悲鳴が長く響き渡っていた。


「ドウシマシタカ、きゃぷてん。神経ノ図太サデハ誰ニモ負ケナイ貴方ニシテハ、随分トヤツレテイルヨウデスガ」
「うるせえぞ、ポンコツ野郎!」
翌日。
ざくざくと野原を歩きながら、ケンタロウは背後の相棒に悪態をついていた。
朝起きてみれば、彼の顔は一晩でげっそりとやせ細っていたのだ。
おまけに睡眠は十分にとったはずなのに、目の下のクマが酷い。
「ふふっ。可愛いフェアの不安な夢を見て、心配してたのよねえ?」
「なっ……!?」
からかい混じりのナイアに、ケンタロウの顔色が変わる。
「お父さん、寝てるときにお姉ちゃんの名前を何度も呼んでたよ?」
「なんだかんだ言って、心配性なのね。あんたってば」
「お、オマエらっ!それは……!?」
じわじわと、昨夜夢の中で見たフェアの光景が脳内でリピートされる。
……今こうしている間も、オレ様が宿に向かわせた御使いや、あの事件で宿に住み着いたらしき侍が、フェアによからぬことをしてやがるのか?
だらだらと冷や汗を流しながら、ケンタロウは引きつった面持ちで俯く。
「きゃぷてん。体内ノ水分ヲ過剰放出シテイマス。早急ニ水分ノ補給ヲ」
「だああぁ――ッ!!うるせえっ!!おいオマエら、ちんたら歩いてねえでさっさと来い!エリカはオレ様がおぶってやる!」
メリアージュに娘を見守らせ続けているのは、あまりにも不安だ。
ケンタロウは冷や汗をぬぐい、力強い眼差しで空を見上げる。
「よし!やる事とっとと終わらせて、フェアのところに一秒でも早く帰るぞエリカ……!!」
「うんっ♪」


そして同時刻。
温かい朝食が並んだ、忘れじの面影亭の食堂。
それを至福の表情で頬張る同居人たちの姿は、いつもと何ら変わることはない。
……鬼妖界の男連中を除いては。

「セイロン殿……その、もう少し右の辺りにもストラをお願いしたいのですが……」
「贅沢を言うでない……。我とて、この肉体の状況でストラを行うなど辛いのだ」

日々、体を鍛えていそうな彼らにはあまりにも不似合いな光景が、食卓の隅で行われていた。
湿布を腰周りに何枚も貼りながら、青ざめた表情で筋肉痛を訴えている二人の光景は不自然さをぬぐえない。
「何をやらかしたのかは知らんが、お前たちは鍛え方が足りないんだ。オレのように森の中で狩りでもすればもう少しは……」
アロエリの言葉も、もはや耳には届かない。
ようやくシンゲンへのストラを終えると、セイロンはため息混じりに首を鳴らした。
「いやあ、貴方がたの夜の営みに参加できたのは誠に光栄でしたが……まさか御主人があれほどまでとは」
「……あれがいつもの店主殿だとは思うな。普段はもっと初々しいのだ」
二人の状態に比べて、今朝のフェアの体調は万全に見えた。
おそらくは例の力の作用なのだろう。
しかし、昨夜食堂で彼女に厨房の手伝いをすると約束した以上、健康体だからと彼女に仕事を任せるわけにはいかない。
「我は店主殿の様子を見てこよう。シンゲン、後は飯でも食っておけ。おぬしならそれで十分回復する」


(ああ……わたし、なんで昨夜はあんなとんでもない事しちゃったんだろう)
厨房で、フェアは一人、仕込みの準備をしながら頬を染めていた。
……セイロンたちに多少無茶をされて果てた後、遠い意識の中でフェアは確かに母親の声を聞いたのだ。
そして意識を取り戻した後、なぜか自身の体から抑えようのない欲望の衝動がみなぎっていた。
結果、フェアは欲望に逆らえないまま彼らに襲い掛かって――。
「店主殿?」
「わっ!?」
突然背後からかけられた声に振り向くと、そこには疲れたような顔でたたずむセイロンがいた。
フェアとの行為に誘った責任でシンゲンにはストラを施していたようが、肝心の彼はまだ全身筋肉痛なのだろう。
「ご、ごめんねセイロン。わたしが無茶なことしたばっかりに……」
「いや、詳しくは分からぬが、あれは例の力が作用した結果なのだろう?そなただけの責任ではないよ。……それに、そもそもは我が三つ巴に持ち込んだことが原因であるしな」
あれで結局、フェアの体は以前より行為に慣れることはできたものの、今思えば少々調子に乗りすぎた感がしなくもない。
セイロンは苦い笑みを浮かべると、籠の中から野菜を取り出し始めた。
――ふと、その腕にフェアの手が触れる。
「……セイロン、まだ体痛いよね?疲れてるからストラちゃんと使えないんでしょ?わたし、後で……」
「これからは忙しい時間帯であろう?手伝うと約束した以上、そなたに手間は掛けさせられぬよ」
「じゃ、じゃあ、夜になったらセイロンの部屋に行くから」
フェアの言葉に、セイロンは思わず黙り込む。
彼の沈黙にフェアが気付いた時、セイロンは楽しげに目を細めてみせた。
「あっはっは。昨日といい、随分と大胆になったのだな。店主殿」
「な、何言ってるのよ!?わたしは別に変な意味で言ったつもりじゃ」
「よいのか?昨夜のことを考えると、今日あたりも母君には様子をしっかり見守られているであろうが」
セイロンの言葉に一瞬うろたえたフェアを見て、彼は笑いを堪えている。
「もう、セイロンッ!!」
「あっはっはっは!まあ、一度見られてしまえば何度見られようと同じことだ。……今宵も待っておるよ、フェア」
そう言って微笑むセイロンの手が、フェアの頭を優しく撫でる。
また何かを言いたげに口を開きかけたフェアだったが、彼の手の温もりに、その言葉は奥へと引っ込んでしまった。
――曲者ぞろいの鬼妖界で、彼は中でも更に特異な部類のような気がする。
だがそんな彼に想いを寄せてしまった自分は、ある意味もっと特異なのかもしれない。
母親に「見守られている」のは、嬉しい半分ある意味気がかりでもあるが――フェアは頬を染めつつ、考え込む。
「……わかった。それじゃあ、今夜ね?」
セイロンの手をそっと握り、フェアは微笑んでいた。


ゆらゆらと揺れる映像に映っているのは、料理の支度に励む娘とその恋人の姿だった。
二人の様子を恍惚とした表情で眺めているのは、言わずと知れたトンデモ妖精メリアージュである。
「フェアもいつかはお嫁さんに行ってしまうのよね……。鬼妖界に行っても、あの子と夢の中で出会えるのかしら?」
親としては、いつまでも子供のことは見守り続けていたいものだ。
先の話はともかくとして、今のメリアージュにとって一番重要なのは――。
フェアの笑顔を見つめながら、極上の微笑を向けてつぶやく。
「気にかけてくれるお相手の方と、遠慮なく『仲良く』して頂戴ね?フェア♪」
娘の悩ましい姿を見れば見るほど、この体には力がみなぎってくるのだ。
今夜あたりもどうやら楽しめ……もとい、魔力を補給できるに違いない。
すっかり瑞々しく潤った頬を撫でながら、無敵の母は、浮かび上がる映像を静かに閉ざすのであった。


おわり

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