お父さんは心配性? 2



あれはいつの記憶だったか。
まだケンタロウが女を知らなかった少年時代。
悪友に誘われて彼の家で目にしたのは、何度もダビングしたらしき画質の悪いアダルトビデオだった。
荒い映像の上に、大きすぎるモザイクが鬱陶しくてまともに裸体を楽しむことができなかったのを覚えている。
もっとマシなテープで無修正のヤツはねえのかよ!などとその時は吠えていたものだ。
しかし結局念願だった無修正ビデオは目にすることのないまま、この世界に来てしまったのだが――。


ケンタロウの黒いゴーグルを包む湯気は、いつしかたび重なる水蒸気により水の玉となっていた。
その水の玉の向こうに繰り広げられるのは、少年時代に彼が願ってやまなかった無修正アダルトビデオの世界。
ショック状態の中、ようやく意識を取り戻した瞬間に――ケンタロウは「それ」を目にしていた。
(あ……ありのまま、今起こったことを話すぜ)

「んっ……!や、やだ、こんな格好……あっ」
「恥じることはない。店主殿、今宵はそなたの息抜きとして存分に楽しむが良かろう」
「そうですよ。三つ巴なんて、鬼妖界じゃさほど珍しくないですし」
「ぁ、ふっ……でも……!んんっ」

『自分の娘と龍人がベッドでヨロシクやっていると思ったらいつの間にか侍が加わっていた』。
何を言っているのか分からないと思うが、ケンタロウ自身も分からなかった。
古妖精の奇跡だとかS級召喚の暴走だとか、そんなチャチなものでは断じてない。
「人んちの娘に何やってんだオマエらはよおぉっっ!!?」
「まあ!新展開というわけかしら?面白くなってきたわねえ」
絶叫するケンタロウの横で、相変わらずメリアージュは穏やかに楽しげな様子だ。
目を血走らせながら、ケンタロウは朦朧としていた間の記憶を思い出そうとする。
……確かあれは、自分が神様仏様にロリコン除けを願っていた時だ。
その時ドアのノック音がして、あの眼鏡侍が入ってきて――。


「いやはや、これは失礼!しかしですね。万が一、この部屋で何か事件があっては後の祭りだと思いまして」
「九分九厘は何もないと踏んでおったのだろう」
お楽しみの真っ最中に、部屋へと侵入してきたシンゲン。
セイロンに冷ややかな視線を向けられるも、彼は平然として笑顔を浮かべる。
「『何もなかった』わけではないようですけどね?……自分としては、貴方の袖に隠された部分がひっじょーに気になるわけですが」
向かい合わせに膝の上へ座っているフェアの、ちょうどお尻の辺りを覆っている着物袖。
彼女が一糸まとわぬ姿なのを考慮すれば、セイロンが何を覆い隠しているかなど一目瞭然だ。
「まったく……無粋なものだな」
「あはははっ。まあ冗談は置いといて、実際若干は気がかりだったとだけ言っておきましょう。この時期ですし、聞こえた声が本当に睦言かどうかは不確かでしたから」
誠に眼福でした、と笑いながらシンゲンが踵を返そうとする。
――ふと、その時セイロンの頭に一つの案が浮かび上がった。

「待たぬか、シンゲン」

立ち去ろうとした背後に、セイロンの低い声がかけられる。
その声色にシンゲンは肩をすくめて振り返った。
「参りましたねえ、お許し願いますよセイロン殿。自分はそれほど、野暮な考えで覗きに来たつもりでは」
「こちらに加わりたまえ」
「ですから……って、え?」
何の脈絡もない、セイロンの爆弾発言。
一瞬聞き間違えたのかと目を見開いているのは、何もシンゲンだけではなかった。
「せ、セイロン?」
彼の意図が理解できず、フェアが困惑の眼差しでセイロンを見上げている。
――男女の営みにはまだ不慣れなこの少女のことだ。
シンゲンが部屋を立ち去ったところで、中断された行為を何事も無かったように再開するのは難しいだろう。
この調子ではフェアが行為に慣れることも、息抜きをすることも先延ばしになっていくかもしれない。
「店主殿。初なそなたが夜の営みに慣れるのは、この様子ならまだ先の話になるであろう。これでは我を相手に息抜きを楽しむこともできまい?」
口ごもるフェアだが、おそらくそれは図星だ。
「ならば、手段はひとつだ」
経験不足が理由で満足に楽しめないというのなら、その原因を根本から解消すればいい。
セイロンは扇子をシンゲンへ突きつけると、不適な笑顔を浮かべた。
「シンゲンよ、おぬしは場数を踏んでいると窺える。店主殿を恩人と敬するなら……その技巧をここで役立ててはみぬか?」


回想終了。
「おああぁアアア――――ッ!!!」
眼前の無修正大画面にかぶりつきながら、ケンタロウはけたたましい悲鳴を上げていた。
ロリコン一人でも焦っていたというのに、今度は更にもう一人追加してきやがった。
大の男二人を相手に板挟み状態の娘が、頬を赤らめながら切なく喘いでいる。
「テメェらっ、横に並べ!オレ様の水鏡の魔剣でその下半身の角とちょんまげを……!!」
「あらまあ!今度の人は随分といい体してるのねえ。あなたに負けず劣らずの厚い胸板が魅力的だわ」
一人叫びながら魔剣で空を薙ぐケンタロウを尻目に、メリアージュは完全に映像に没頭していた。


「あっ、あぅ……」
上下に揺さぶられるフェアの体。
小さな入り口を広げ体内を出入りする硬い熱に、彼女の肌が粟立つ。
セイロンの膝の上で背後から抱かれながら、彼女は徐々に快楽を覚え始めていた――のだが。
正面のシンゲンが、どうにも気になって仕方がない。
「うぅ、シンゲン……できればその」
困り果てたようにフェアはつぶやき、身をよじるが上手くいかない。
彼の視線が向けられている先を何とか閉ざそうとするが、セイロンの脚にことごとく邪魔をされているのだ。

「いや〜!至極光栄、誠に眼福!自分は幸運な男ですなあ」
「だから、そんなに思いっきり見つめないでよぉっ!」

恥ずかしさで目を赤くしたフェアは、シンゲンの熱い眼差しをひたすら拒絶していた。
……フェアの両脚が、胡坐をかいたセイロンの左右の太ももに引っ掛けられ開脚している。
その体勢のせいで否応なく結合部をシンゲンに見られているのだが、隠そうと脚をずらせばセイロンが膝を立てて妨害するという有様だった。
「何を恥じる必要がある?乱れるそなたは実に美しいぞ」
「そうですよ!それに自分としてはむしろこちらより、控えめに揺れている微乳のほうが心惹かれます」
セイロンの動きで揺れるフェアの小振りな乳房を、シンゲンの大きな手が包み込んだ。
指先で突起した先端をこりこりと弄ばれ、フェアが思わず小さくうめく。
恥ずかしさでとっさに口を覆う少女の姿は、眼前のエロ侍にはたまらなく眺めのいい光景だろう。
「……やせ我慢はされないほうが宜しいんじゃございませんか?御主人」
「そ、そんなこと言っても、わたし……」
「うむ。我の手前とはいえ、遠慮など不要だ」
背後から抱き寄せられて振り返れば、セイロンが余裕の笑顔でフェアを見つめている。
「今宵の『これ』は、まだ快楽を受け止めきれぬそなたを思ってしたこと。我以外の男の愛撫といえど、素直に心地よいと感じるのは良いことだ」
セイロン曰く、あくまで経験を積むための行為ならば、フェアが他の男に触れられることに不満はないらしい。
もっともどんな男でも抵抗を感じないというわけではないだろうが、シンゲンは彼にとって同郷の存在だ。
今までに対立した経緯もあったが、それを含めてフェアに触れさせてもいい人物だと判断したのだろう。
だが。
「まあ、たまには違う趣向で楽しみたいという我の考えもあったのだがな。あっはっはっは」
「自分、実を言うと三つ巴は初めてでして。少々緊張しております」
「何を言うかこやつめ!あっはっは!」
結局は類友というやつなのだろう。
鬼妖界組の高らかな笑い声を聞きながら、フェアはがっくりと肩を落とした。

――実のところ、セイロン以外の男性の愛撫に興味がないといえば嘘になる。
もちろん想いを寄せている相手は彼一人だが、今まで恋というような恋もしたことのなかったフェアだ。
今回のセイロンの提案を、あくまで「経験を増やすため」という名目で了承したが、多少の好奇心があったのは事実だった。
……しかし、そこで加わった相手がシンゲンとなると、今更だがどうにも気が落ち着かない。

「それでは、続けると致しましょうか。御主人」
セイロンの腕の中からフェアを引き寄せると、シンゲンはするりと彼女の脚に手を伸ばした。
「っ!」
同時に、たどり着いた場所への刺激にフェアの体が震える。
「ま、待ってよシンゲン!?そこはっ……」
「御主人の大事なところですねえ。今はセイロン殿がお邪魔しているようですが」
フェアの言葉に何食わぬ顔でさらりと答えるシンゲン。
彼が触れた場所は、フェアが今まさにセイロンと繋がっている場所だ。
シンゲンの指は無遠慮に彼女の茂みへと滑り込み、その柔肉を探り始める。
「ままま待ってってば!?そこまで触るの!?わたし、胸ぐらいだとっ……う、ぁっ……!」
秘所をまさぐられる感覚に身じろぐフェアの顔は、湯気が出そうなほどに真っ赤だ。
てっきり素肌を軽く愛撫されるだけのものだと思っていたのだが、彼は最初からその程度で済ませる気など毛頭なかったのだろう。
とっさに彼の手を取り払おうとするが、フェアの腕は背後からセイロンにあっけなく押さえ込まれてしまう。
「拒むことはならんぞ。店主殿」
「セイロンッ……」
「何度も言っておるが、そなたの心身を開放に導いてやるにはこれが一番てっとり早いのだよ。それに、触れられるのが嫌なら仕方あるまいが……悪くはないのであろう?」
そう囁いてフェアの耳朶へと唇を寄せる。
髪の毛越しに熱い吐息がかかり、フェアの背筋を甘い痺れが走った。
セイロンが彼女を抱いたのはまだほんの数回だが、体の敏感な部分はすでに熟知してある。
「んっ……」
セイロンは舌先でフェアの小さな耳朶を転がす。
わずかにそこへ歯を立てれば、容易くフェアは甘い声を上げていた。
「……いやはや、見事に当てつけられちゃってますな。自分」
秘所に愛撫を受けるより、好い人に耳朶をいじられるほうがフェアにとっては心地いいらしい。
疎外感に思わず口の端を引きつらせたシンゲンは、静かに指の位置をずらす。
同時にびくんと体を震わせたフェアが、慌ててシンゲンに向き直った。
「やっ、シンゲン!?またっ……!」
シンゲンが茂みの中で探り当てた肉芽を優しく擦るたび、フェアは羞恥心に目を細める。
ひとつひとつの感覚に素直に反応を返す少女の、なんと魅惑的なことか。
エロ侍は奥底から湧き上がる衝動を限界まで抑え込み、フェアの耳元へと囁きかける。
「これでも一応御主人のために協力させて頂いてるんですよ?ないがしろにされるのは、さすがの自分も少々辛いものがあるんですけどねえ」
「な、ないがしろになんてわたし……ひ、ぅっ!?」
冗談めいた口調の中にわずかな不服を漂わせ、シンゲンはフェアの肉芽を指先で押し潰していた。
小さな悲鳴を上げるフェアの姿に、彼の下半身はみるみるうちに熱を帯び始める。
……この世界に来てからは、女性との関わりも随分と御無沙汰だったのだ。
そんな状況下で、これほどの美しい微乳を持つ少女のあられもない姿を目にしては、さすがのシンゲンも冷静さを欠いてしまう。
赤らんだ顔で見上げるフェアに一瞥した後、シンゲンはセイロンを見据えた。
「ところで、セイロン殿」
「うむ?」

「御主人とは、『どこまで』お許しを頂けるんでしょうかね?」

――シンゲンの笑顔での問いに、一瞬時が止まったように感じたのは気のせいだったのだろうか。
ぽかんと口を開けていたフェアだったが、やがて彼の言葉を理解した後、その顔が火をともしたように熱く火照りだす。
「な、ななな何言ってるの!?」
「そのままの意味ですよ。御主人の経験を増やすために、この場で自分に抱かせて頂けないかと尋ねたんです」
いきなりとんでもないことを言う眼鏡侍に、フェアは紅潮したまま言葉を失っていた。
抱くというのは、つまりそういう行為をシンゲンが求めているということだろう。
これだけあからさまに濡れ場を見せ付けられては、男ならば欲望が疼いても仕方がないのかもしれないが。
「わたしを……抱くって」
セイロン以外の異性の肉体は、フェアにとって未知の領域だ。
あくまで年頃の好奇心として、そういうものに興味がないとは彼女自身否定できない。
しかし、恋人以外の男性に体を許すなど道徳的にいかがなものか。
……背後のセイロンはいまだ沈黙を守り続けている。
もしかすると、調子付いたシンゲンを相手に血の雨を降らせるつもりなのか。
慌てて彼の怒りを静めようと、フェアが振り返ったその時。
「それは出来ぬな。我以外の者の子を身篭っては困る」
意外にあっさりした返答を口にし、フェアは安堵の息をはく。
「ああ、その点なら御安心を!自分、こんなこともあろうかと俗に言う『ごむ』は常備しております」
「それなら店主殿に問うてみるが良い」
「えぇ早ッ!?」
更にあっさりと承諾するセイロン。
背後の彼は、依然余裕の表情を浮かべたままだった。
「我とて店主殿以外の女を知らぬわけではない。彼女だけに、他の異性を知ることを禁ずるのはいささか勝手が過ぎるだろう。……言っておくが、交わりを許すのはあくまで『この場』だからだ」
さすがに日常で他の男と交われば問題になるだろう。
だがここでなら許せるという彼の思考は、シンゲンと同じ鬼妖界出身者ならではの逸脱した代物なのだろうか。
セイロンは目を細めると、シンゲンに清々しい笑みを向けてみせた。
「それに、だ。時には我以外の男も知っておいたほうが、店主殿の体も味わいが増すというものであろう?」


「テメェこの角野郎オオォォォォ――――ッッ!!!」
ケンタロウの雄叫びとともに、彼らを映し出す映像が真っ二つに裂ける。
しかし水鏡の魔剣に引き裂かれた映像は、すぐさま何事もなかったかのように元へと戻った。
「はぁっ、はぁっ……!!」
夢の中だというのに全身から発汗して息を切らせるケンタロウの表情は、悪鬼の如く険しい。
十年振りに娘の姿を見たかと思えば、これは一体どういうことなんだ。
もしかして、自分が今まで目にしなかった間もこういうやりとりがあったのか?
鬼妖界組のとんでもない言動の数々に、いつしか彼のライダースーツは汗をたっぷり吸い込み、異臭を放っていた。
「ちゃんと避妊を心がけるなんて、若いのに感心ねえ」
「ねーよ!!」
メリアージュのコメントに間髪入れず突っ込むケンタロウ。
「なあメリアージュ!オマエの力で何とかならねえのかよ!?」
「あら。あんまり力を使うなって言ったのは、どこのどなただったかしら?」
「ぐっ……うぅっ……!」
伏し目がちに夫を見つめるメリアージュが、薄い笑みを浮かべる。
……亭主関白気取りの彼が、初めて自分の発言に後悔した瞬間であった。


満天の星空の下、小さな焚き火が乾いた音を立てて静かに燃え上がっていた。
その前でホットココアを飲む少女は、フェアにどこか面影のある少女だ。
「あら、まだ起きてたの?エリカ」
「うん。あんまり眠れなくて……」
ナイアはエリカの隣に腰を下ろすと、焚き火から少し離れた場所で寝入っているケンタロウに視線を投げる。
今日は一段と疲労が溜まっていたのか、彼の寝息は静かなものだ。
「お父さん、今日もエリカのために一生懸命になってくれてたけど……たまにはお姉ちゃんのことも心配してあげて欲しいな」
ラウスブルグでの出来事をフェアに託し、自分たちは今こうして旅を続けている。
姉のことを思うとエリカは不安を隠せないのだが、肝心の託した父親は、フェアを微塵も心配している様子がないのだ。
「フェアは父親譲りの頑丈さだって、ケンが言ってたわね。子供を信頼するのはいいけれど、違う意味で親バカが過ぎるわよ」
そう言ってナイアは苦笑を浮かべる。
その時、突然ケンタロウの体が大きく跳ね上がった。
「ンガッ!おぉっ!?……フェア、フェアああぁアアアッ!!?」
「お、お父さん?」
娘の名前を寝言で連呼する父の姿に、エリカは思わず身を乗り出す。
「ふふっ。ケンったら……何だかんだ言って、フェアのことを夢に見るくらい気にかけてるのね」
「そうだね。あとでお母さんに、夢の中でからかわれるんじゃないかな?」
くすくすといたずらっぽく笑い合う。
何も知らない二人の、無邪気な笑い声が美しい夜空に響いていた。


つづく

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