ハヤト×クラレット 2



「あーあ、床にお漏らしまでして……クラレットにこんな趣味があるとは思わなかった」
「そ、そんな…ヒドい…」
 つんとアンモニア臭が鼻をつく。そう、それは自分の漏らした尿の匂いだった。
 ハヤトに指摘されて、改めて恥ずかしさがこみあげる。と、同時にどうしてこんなヒドいことをするのだろうかという疑念も生まれる。
 普段の彼であれば、決して人の傷つくような言葉は吐かないはずだ。
 なのに、今の彼はわざと私が恥ずかしがらせるような言葉を浴びせたり、行為を施す。わからない、彼の心が。
「どうして? って顔をしてるな、クラレット」
 私の自慰行為を見たためか、上機嫌に笑うハヤトは、そう声をかける。心を読まれたような気がして、私は渋面を作った。
「大したことじゃないさ。俺はクラレットが好きなんだ。俺が守りたい、大切な人。……それには間違いはない」
 そう言い切るハヤトの表情は真剣そのものだった。だから、私は気圧されて何も言えなかった。
 彼は別に正気を失ったというわけではないようだ。
 これが狂気の上での行為であれば彼を軽蔑することも出来たし、拒否することも出来た。けれど彼は違うと言う。
 確かにその瞳に灯る光はいつもの彼のものであり、どこか優しさをも湛えていた。
 しかし、ならばどうしてこのような行為に走ったのだろうか?

「ハヤト……」
 自らの行為を恥じながらも、私は彼の瞳から目を離さなかった。彼の本意を知りたかったから。
 けれど、彼はそんな私すらも弄ぶかのように微笑んで、私の顎に指を滑らせる。
「そんな顔をしないでくれよ。俺がまるでヒドいことをしてるみたいじゃないか」
「…ヒドいことしてるじゃないですか」
 やっと言えたのがその一言だった。
「かもしれない。でもさ、『こういうことは、俺ならしない』とでも思ってた?」
「―――!?」
 図星だった。まるで私の心を読み取ったのかと思ってしまうほどに、彼の言葉は正しかった。
 普段、滅多に彼の口から色恋沙汰に関する話は聞いたことがない。
 だからこそ、男女と性別を異にしていても彼のことを仲間として接してくることができたのだ。
 ガゼルやレイドにも相談できないことでも、彼になら相談することができた。
 だから、こういった性的なことに関しては彼という人物を関連付けることはほとんどなかった。
 するとすればそう、それこそ私が彼を想って自慰してしまったことだけだろう。


「…その様子だと当たってるみたいだな。そりゃ、クラレットと出会ってから1年経つかどうかってところで、
 まだ短い付き合いだ。でも、俺は君と一緒に色んな体験をしてきた。それぐらいのことは読み取ることはできるってもんさ」
 ほんの少しだけ寂しそうな笑みを浮かべたが、それもほんの一瞬だけだった。
「…ま、そんなことどうでもいいだけどな。どちらにしろ、これからすることには変わりはないし」
「はっ、ハヤト!?」
 ハヤトは指で私の顎を持ち上げると、そのまま唇を奪い取ってしまった。あっという間の出来事に目を見開いてしまう。
 キス。数えるくらいしかしたことのない「それ」も、こんな状況でされたのは初めてだった。ためらいもなく、彼は私の唇を吸い、舐める。
 硬く唇を閉ざしていても、それを熱で溶かしていくかのようにねっとりと唇と舌を這わせて、無意識のうちに彼によってこじ開けられてしまう。

 ――卑猥だ。私は、ぼんやりとしはじめる意識のなかで、そう思った。


「んっぷ…は…はや…んんっ…!」
「相変わらず、クラレットの唇は柔らかくて、美味しいな。食べちゃいたいくらいだ」
「……んんっ…!」
 ハヤトの言葉に、私は耳まで顔を赤くしてしまった。
 戸惑う内に、彼の舌は私の口腔へと潜り込んできて、歯茎や舌など無節操に犯していく。
 だが、いつになく過激で激しい彼のキスは、私を無抵抗にさせるにはそう時間はかからなかった。
 唾液と唾液が混じり、ぬるぬるとした感触が舌や歯を通じて伝わってくる。
 しかし、それは決して気持ち悪いものではなく、生暖かいその感触がより興奮と快感を引き出していく。
「はっ……どうしたんだよ。抵抗しないのか?」
「……っ」
 二人の間に銀色の唾液の橋が架かり、そして、落ちる。
 目を細めて顔を覗き込んでくるハヤトに、私は顔を背けて視線を逸らすのが精一杯だった。
「クラレットならもっと拒むかと思ったんだけど…ま、俺の前でオナニーするぐらいだからな。
 クラレットにはマゾの素質があったのかも」
「は、はやと!?」
 彼の言葉に、消えかけていた羞恥心に再び火がつけられた。
 後者はともかく、自慰してしまったのは事実であるし、否定のしようもなかった。
 だが、それを改めて指摘されるといかに自分が浅はかで淫乱かということに気づかされてしまう。
 ハヤトはそんな私を見て、小さく笑みを漏らす。
「別に悪いことじゃないだろ? マゾだろうが、サドだろうが、クラレットはクラレットだし。
 それに、俺はそういうクラレットも可愛いと思うよ」
「な、な…何を、言ってるんですかっ」
 臆面もなくあっけらかんと言い放つハヤトの言葉に、羞恥心とは別に顔が赤くなってしまう。
 ここで冗談だと思わずに、本気で彼がそう思ってくれているという自分の希望的観測に、
 少し情けなさを感じながらも、それでも彼の言葉はとても嬉しかった。
 おもえば、私が無色の派閥の一員だということを知ってもなお、彼は私を受け容れてくれた。
 私をただの女の子として、クラレット・セルボルトとしてではなく、「フラットのクラレット」として見続けてくれた。
 だからこそ、こういう異常とも思える状況でもそう思えてしまうのだろう。
 ―――彼は、私という個人として見ていてくれるのだと。

「それに」
「?」
 ハヤトの言葉にふと顔を上げる。
「クラレットも満更じゃないようだし?」
「…ぁひゃっ!」
 彼はしゃがみ込むと、私の首筋に真っ赤な舌を這わせ、肌を舐める。
 ぞく、とした感覚が流れ、思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
 だが、彼はそれに留まらず、まるで吸血鬼のようにぺちゃぺちゃと音を立てて、首筋を何度も往復して舌を這わせていく。
 その音が、また羞恥心を煽り思わず私はぎゅっと瞼を閉じた。

「ん…、いじめられて、どきどきした?」
「な、そ、そんなことありません!」
「そんなにムキになって反論しなくてもいいのにさ」
 そう陽気に笑いながら、ハヤトはその指を首筋に当てそこから這うように肩、鎖骨、そして乳房へと異様に艶かしく滑らせる。
 彼らしくない巧みな指の運びに、ますます顔の赤らみは強くなるのを私は自覚する。
 こんなに反応してしまっては、まるで彼の言葉を認めてしまっているようではないか。
 その事実を振り払うように首を振り、髪を揺らす。
「……やめてください。ハヤト。私の身体が欲しいのであれば、いくらでも貴方に捧げます。
 けれど、でも…こんなの、嫌です。私は普通に、貴方に……」
「嫌だよ」
 きっぱりとした彼の否定。
「俺は、クラレットの心も身体も欲しいんだ。それに普通って何だよ?
 ――俺はクラレットのことが好きだ。それだけじゃ駄目なのか?」
 真剣な眼差し。その眼差しに、私は口を噤んでしまう。ハヤトが一体何を思っているのか、今の私にはわからない。
 何が駄目で、何が良いのか。何が正しくて、何が間違っているのか。何が普通で、何が異常なのか。
 今の彼の眼差しと言葉に、私は惑わされ、その分別すら出来なくなってしまっていた。
「どんなクラレットだって、俺は、受け容れる。今までもそうしてきたし、これからもそうしていきたいと思ってる。
 だから君は何も考えなくてもいいんだ。君はただ、俺のことを想ってくれていれば、それでいいんだ」
 ハヤトは耳元で、甘く、囁く。私の、理性を、溶かしつくすように―――。


おわり

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