『捕虜のソノラ』 Part2



 ソノラは資材置き場につれてこられた。ご丁寧にも明かりがつけられているため資材置き場に何があるのかはっきりとソノラは眺めることができた。
 突然、男が後ろからソノラの鼻の前に何かかざした。瓶だった。ソノラはそれを見た瞬間、息を詰まらせたかのような声を出して気絶してしまった。

 ソノラは気絶していた。一方、男はソノラを入念に拘束したり、し終わったらし終わったでソノラの頬をしきりに叩いて起こそうとしていた。
 やがてソノラは目が覚める。そして自分は叩かれていることに気付く。
「おい、聞えるか?」と、ソノラは男が言っているのを聞いた。
 ソノラは頭の中が酷くぼんやりしているため何を考えているのか、何が起きているのかさえはっきりとしなかった。一応、何かを見ていることならわかったが、それを見ているのか夢の中なのかよくわからなかった。貧血を起こした状態に似ていた。
「名前を言ってみろ?」
「何? ソ? ソナー? なんて言ってるのかわからないぞ。もっとはっきりと言え」

 完全に意識を取り戻したのは自分の口から涎が垂れているのではないかと思ったときだった。その瞬間、ぼやけていたものがはっきりと映し出され、意識が研ぎ澄まされるかのように覚醒した。
 反射的にソノラは涎を拭こうとした。しかし、拭こうとした腕が途中で見えない壁のようなもので遮られた。ソノラは何事かと思い、体を捻って手を見た。手の甲側の手首にリストバンドの上に鉄パイプが縛り付けられていた。鉄パイプは手首からこぶし二つ分ほど飛び出している。
 手のついでに足も見えた。足も腕と同様にして足の甲側の足首にリストバンドの上に鉄パイプが縛り付けられている。靴は脱がされていた。
 もしやと思い体を反対側に捻らせて手と足を調べてみると案の定鉄パイプに縛り付けられていた。
 試しにソノラは両手を持ち上げたり、両足をじたばたとしてみた。腕は上がらない、足は膝より前に伸ばすことができない。コン、コンと金属の音が部屋の中に響いた。
 改めて自分は拘束されているのだとソノラは思い、ふと自分は座っていることに気がついた。体を捻ったり前かがみになったりして座っているものを観察してみると、それは木製の丸い椅子のようだった。背もたれはない。
 床も調べてみた。床も木製なのか、否、座っている場所だけが木製の床でその床の外は土を均した床だ。
 木の床の広さはソノラの身長二つ分四方ぐらい。その中央にソノラが座っている。床からはヒートン(注・輪のついたネジ)がいくつか飛び出ている。何かを差し込むために使われそうな穴もいくつか開いている。床の隅にはやたらと物が詰まっていそうなザック(注・登山用のナップザック)が置かれていた。
 ソノラは初めて辺りを窺う。正面にはドアがあった。壁際には資材ばかりが並んでいる。木の箱やら棚やら板やら、色々な資材が辺りを覆っていた。ソノラは見渡す限りのスペースを自分の部屋よりも大きく、甲板よりやや小さいぐらい、だと目測した。
 自分の背後のスペースもソノラは調べようと思った。体を捻る。すると、ソノラの視野に座っている男が映った。
「ちょっと! なんなのこれ!」
 言ってソノラは馬鹿だと思った。男は座り込んで寝ているかもしれない。椅子を倒せば逃げられる。ソノラはそう思って椅子を揺らそうとしたが無駄だった。椅子が木の床に固定されている。
 男はソノラの声で起きたのか、ソノラが騒々しいからなのか、ふっと立ち上がってあくびをした。ソノラがいつまでも起きないため男は軽く休憩を取るつもりで寝ていたのだ。
 
 男はソノラの正面に立った。
「やっと気がついたな。お前の名前はソナラちゃんって言うのか? ソナーちゃんって言うのか?」
 ソノラは男が名前を間違えたことに腹を立てた。しかし、自分の意識が飛んでいるとき、変なことを言ったんじゃないかと思い耳を赤くした。
「ソノラ」と、ソノラは男を睨みそっけなく言った。
「ソノラちゃんって言うのか。涎が垂れているぞ」
「黙っててよ。これ、取って」
 ソノラは手と足に縛り付けてある鉄パイプをガタガタと椅子の足にぶつけて音を立てた。
「お前自分の立場わかってんのか?」
「取ってよ!」
 ソノラは声を張り上げた。さらにガタガタと音を立てる。
「うるさいぞこの野郎!」
 男が声を張り上げるとソノラはさらに張り上げる。
「取って! 取ってってば!」
「この野郎! 黙らせてやる!」と、男はにやりと笑い、床の隅に置いてあるザックから何かを取り出した。
 ソノラは男がザックから取り出している最中、抗議し続けた。ところが男がザックから取り出した物を見るとだんだんと声を小さくし、しまいには黙ってしまった。
 穴の開いた黒いボールの両側面にベルトのようなものがついている、ソノラにとっては使いどころがよく分からない代物だった。
 ソノラがそれを怪しげに見ていると、男は堰を切ったようにそれをソノラの口へねじ込もうとした。当然、ソノラは口を閉じて歯を食いしばり、異物の挿入を拒もうとする。拒みながら、これは猿轡なのではないのかと、ソノラは思った。
 男は諦めたと思いきや、ポケットをまさぐりペンチを取り出した。そしてしゃがみこんでソノラの足に繋がれた鉄パイプを掴んで引き寄せる。
 ソノラは男が足の爪を剥ぎ取ろうとしているのだと直感する。ソノラの背筋に悪寒が走る。
「わかったからやめて!」と、ソノラは叫ぶ。
 男は尚も鉄パイプを引き寄せてペンチで爪を挟もうとする。ソノラはそれから逃れるため必死になって足の指を動かした。
「口をあけるから、お願いだから!」
 男はソノラを見上げた。ソノラは涙目になっている。
 ソノラは元捕虜だと言う手下から様々な拷問方法を怪談話として聞かせてもらったことがある。それはそれは恐ろしいものであり、固唾を呑みながら神妙な顔つきで聞き入ったことがある。
 一番効果的なのが歯や爪をむしりとることだと手下は言っていた。その手下はどれだけ痛く苦しいものなのか丹念に説明し、おまけに欠けている歯や様子の違う爪まで見せた。ソノラは手下が繰り出す表情や動作を見て自分が受けたわけでもないのに苦痛に顔を歪めて聴き入った。おまけにその晩、その話を思い出して夜も眠れなくなるという自体に陥ってしまったという思い出もある。
 そのような経緯もあり、ソノラは爪や歯をむしるということに対してやや敏感になっていた。男がどれだけ痛かったのか説明した場面を克明に思い出してしまうのだ。
 男はむしらずに済んだとでも言わんばかりにボールをソノラの口の中に突っ込む。ボールはソノラの歯の裏に留まり、舌を圧迫する形で収まった。顎はボールに邪魔され閉じることができず、常に開かれたままとなった。ソノラの開かれた唇からは小さな穴の開いたボールが顔を覗いている。ボールがソノラの顎をだらしなく開かせ、表情を淫靡にさせた。
 男はソノラの後頭部にベルトを回し、きつく締めて留めた。
 ソノラは口で息ができなかった。ボールの中に何かが入っていて吐けば奥に吸えば手前に張り付くようだ。ソノラは仕方無しに鼻で息をした。
 ここでさらに男が何かをするとソノラは思ったが何もしなかった。ただただソノラを見ていただけだった。ソノラは男を睨み返すが不平どころか不満の表情さえ漏らさない。
 ソノラの口の中は徐々に唾液で満たされていった。舌が動かないために唾を飲み下すことができない。
 
 何を思ったのか、男はソノラの上着を脱がした。手首の鉄パイプが邪魔しているために完全に脱がすことはできない。しかし、男はそれをソノラの尻に敷かせた。
 さらに男はソノラが穿いているソックスのようなものを脱がした。ソックスのようなものは足首の鉄パイプに引っ掛けた。腰にあるベルトも邪魔に見えたのでソックスのようなものと同じように引っ掛けた。ソノラは脱いだズボンを足元に落としたかのような格好となった。
 ソノラは涎が垂れるかもしれないと思い、一応正面をじっと見ていた。
 男は再びソノラの正面に立ち、はだけている部分をくまなく観察した。
 鎖骨から指先、太ももからつま先、そして腰。よく見れば顔も悪くはない。男は人に売るのなんてもったいない、と思った。しかし、それだけ惜しいと思うのならより高く売れるはずだ、とも思った。
 男があれこれと考えているうちにソノラの口の中は唾液で溢れていた。このままでは涎を垂らしてしまうとソノラは思い、顔を上に向けてなんとか唾を飲み込もうとした。
 しかし、男はそれを許さなかった。ソノラの前髪を掴み、無理やり正面を向かせた。ソノラは思わず「ん!」と悲鳴を上げた。ほとんど鼻声だった。
 ソノラは男を睨みつける。ソノラはただの虚勢で意味のないことなど承知していたが、そうせずにいられなかった。
 歯の間から唾液が漏れ出る。歯茎と唇の間に唾が溜まる。そして唇から一筋の涎が流れ出た。それはたらたらととめどなく唇から流れ続ける。
 こんな男の目の前で涎を垂らし、おまけに男はそれを愉しそうないやらしい目つきで見ている。ソノラは恥ずかしくてたまらなかった。ソノラは感情を抑えようとするも、その意に反するかのように耳が熱くなってしまう。
 ソノラの首筋や脇から汗が流れた。額もうっすらと汗で濡れている。自然と呼吸も荒くなる。
 ふと、男はまたザックから何かを出した。出したのはレモンだった。男は腰に刺しているナイフを抜き、レモンを二つに割った。
 ソノラは飲まされる、と思ったが男は飲ませなかった。代わりに男がそれを酸っぱそうに吸った。ゆっくりと味わうように。
 ソノラの顎の付け根辺りに沁みるような感覚が走る。レモンを吸ったわけでもないのにソノラの口から唾液が溢れ出た。それが拍車をかけるようにもう一筋、涎が流れる。涎は這うようにとめどなく流れ、ついにはソノラの胸元を濡らす。胸元の染みは徐々に広がる。涎は止まらない。
 男は吸い終わったレモンをどこかへ放り、もう片方のレモンを薄く切り始めた。男は二切れスライスし、残ったレモンは吸ってもいないのにどこかへ放った。
 男はそれを持ってソノラに近づく。今度こそ入れられる、とソノラは思った。案の定、男が持っているスライスされたレモンは口の両脇に差し込まれた。
 レモン汁が頬の内側を伝って唾液に溶け込む。それは酸っぱい、という刺激となってさらに唾液の分泌を多くさせる。そしてまるで粘着質のカーテンでもひいたかのようにソノラの口から涎が流れ落ちるようになった。
 ソノラの唇から顎の先までてかてかと光る。それは胸元まで続いている。
 ふと、ソノラは自分の身に異変が起きていることを覚えた。唇辺りがむず痒くなってきたのだ。掻こうにも掻けない、しかし何とか我慢できる程度の痒さだったために少し我慢しようかと思った。しかし、痒みは一行に引かない。それどころか広がっているような気さえした。
 男はその様子をただじっと見ていた。ソノラの体は涎が垂れたところから徐々に赤みを帯び始めている。まるで涎が肌を侵食しているようだった。
 赤みが胸元まで達する頃になると、ソノラは唇から顎にかけて我慢するのがつらいと思うほどの痒みを覚えた。手も足も塞がれて掻くことができない。しかし、痒くて痒くて掻きたいという衝動に駆られる。
 その間、痒みはどんどん広がる。ソノラは耐えるしかない。しかし、涎の垂れたところはことごとく痒くなる。当然、服に作った染みのある部分も痒くなった。
 ソノラは思いっきり指を握って我慢してみた。しかし、効果がない。ソノラはそんなことはわかりきっていたがともかくそうしていたかった。
 それでも我慢しきれない。
「んー! んっんん!」
「ねえ! 取ってよ!」と、とソノラは言いたかったが猿轡が邪魔して声にならない。猿轡には穴が開いていると言うのに、中の異物が息を塞いで鼻声にしかならない。
「何言ってるのかわかんないなぁ。ちゃんと喋ってくれないと」と、男はニヤニヤしながら言う。
 そのとき、ソノラはボールの中に入っている異物が痒みを起こしているんじゃないかと思った。これはまずい、下手をすると涎が垂れれば垂れるほど余計痒くなるのではないのか、とソノラは思った。
「んんんんっん!」
 痒い、痒い、痒い。ソノラの患部は熱を帯び始め、掻痒感は一層増すばかり。まずいと思うと脇から一筋の冷や汗が流れた。尻も汗で蒸れている。
「んーん! んんん!」
 男が無視をすればするほど、ソノラは男を恨めしく思った。とにかく痒くて痒くてしょうがなく、鉄パイプを椅子の足にぶつけたり、大声を出したり、首を横に振ってみたりととにかくこの痒さを紛らわそうとした。
 悶えているソノラをよそに、男は実にマイペースだった。
 ゆっくりとリンゴを食べて腹ごしらえをすると、ザックの中から一本の黒い帯と耳栓一組を取り出す。男はまず耳栓でソノラの聴覚を、黒い帯で視覚を封じた。一周だけでは完全に封じたとは言えなかったため、男は二週、三週と頭に巻いて後頭部で強く結んだ。ソノラは声にならない抗議を男に向けるが全く気にする様子などなく、黙々と作業をこなした。
 前が見えないし、痒い。ソノラはこの痒さをどうにかしてくれるのならば何でもしてもいいと本気で思った。
 一方、ソノラの服の染みは徐々に広がっている。最初は襟元から染まっていった。染みは徐々に胸へと下がる。また、胸を伝う涎もあれば、ソノラのやや未発達な胸の――とは言うものの年の割にはそこそこあるのだが――谷間を伝う涎もあった。
 痒みは涎が垂れた部分はもちろんだが、一番深刻なのは常に涎から晒され続け、決して乾く見込みのない服と接している部分だった。
 胸へと下がる涎はやがてソノラの乳首にまで達した。すぐには痒くならない。ゆっくりと包み込むかのように痒くなる。
「んんっ!」
 今までとは違った痒みがソノラを襲う。思わずソノラは体を曲げた。
 男はソノラの髪を掴んで定位置に戻す。目隠しをされたソノラは男の行動が見えなかったため、身構えることもできず、身を委ねることもできず、ただ無理やり引っ張られたようなものだった。
 ソノラは乳首が痒くなるにつれ、乳首だけが浮かび上がるような感覚を覚えた。ご多分に漏れず、ソノラの乳首は勃起していた。痒みが強くなるにつれ乳首は膨らんだ。
 ソノラの服にはくっきりと乳首が浮かび上がっている。そして浮かび上がるにつれ、乳首は涎の染みた服によって包まれることとなる。刺激を受ける面積が増えれば増えるほど、乳首に与えられる痒みは増していく。
「んん! んっん! んんん!」
 自然とソノラの鼻息は荒くなり、顔や耳は紅に染まっている。体が痒くてそうなったのか、乳首に与えられている刺激によってそうなったのかもはや区別が付かない。
 
 一方、男はどこからか自分の背丈より長い角材を持ち出していた。男はその角材をソノラの椅子の後ろにある穴に突き立てる。角材は細かれど背もたれとして十分に機能した。
 男はまず、ベルトで角材ごとソノラの腰を巻き、腰と角材を密着するようにきつく締めた。さらにソノラの顎を無理やり引かせて首を角材ごとベルトで締める。
 ソノラは首にベルトが巻かれるとき、擦れて気持ちいいと思った。しかし、ベルトが密着してしまうとそうでもなくなる。
 とにかくソノラは痒さに夢中だった。男の工夫によって身動きは愚か、首すらも曲げられなくなると言うことはソノラにとって青天の霹靂だった。
 その頃になると涎の染みは乳房全体に広がっていた。乳首が立つことによって乳房はまるでスイッチが入ったかのように、乳首ほどではないが痒いのか気持ちいのか区別のつかない感覚に虐げられることとなった。
 ソノラは体をゆすってその感覚から逃れようとするも、実際に掻いているわけではないため他者から見ればまるで快感でよがっているようにしか見えない。
 ソノラは目も口も耳も塞がれ、身動きも取れない。おまけに口からは涎が垂れている。垂れたところはたちまち痒くなるが身動きを取ることができないため掻くこともできずに悶えるだけ。最悪な状況だった。
 さらに最悪なことに、ドアが閉まるような音がした。ソノラは男が出て行ったのだと思った。助けも乞えない、誰もいない。自分はこのまま痒くなってどうなってしまうのだろうと思った。
 ソノラは怖さのあまり涙を一筋流した。しかし、ソノラはそんな弱気になっちゃ駄目だと思い、また体に渦巻く痒いという感覚に没入することによって何も考えないようにした。


つづく

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