Happy time Valentine days 1



 その日は特別ではないただの一日だった。この地に住まう多くの人々にとって。
 2月14日。どうということもないただの日付だ。特に意識するようなこともない。
「うんしょっ……よいしょっと……」
 その前日にどこぞのお屋敷のお嬢が湯煎で溶かしたチョコを型枠に嵌めながら奮闘していても。
「おじょうさま。オーブンの方がそろそろ焼きあがりますよ」
「うん。わかった」
 そのメイドがお嬢のチョコ作りの手伝いに駆り出されていたとしても。
「ああ、また失敗。なによこれっ!」
「ドンマイです。おじょうさま」
 それは大多数の者にとってどうでもいいことなのである。約一名を別にして。



「ふぅ。ようやく片がついたか……」
 少し早めの営業時間終了。今日は一人での仕事を終えてライは一息をつく。
 飲食業の常というものかこの二月は比較的客の入りも少ない。
 ライ一人でも切り回すのに問題はないのでリシェルとポムニットの手伝いも断ってはいる。
 リシェルなんかはそれを不満そうにしてはいたがこれも仕方がない。
 人手が足りないとき以外まで二人の厚意に甘えていては申し訳ないから。
 それにプライベートではこれまでと変わりなく親しくつきあっている。
 多少の物寂しさはあるもののこれも人生の修行のうちだと割り切ってはいる。
 とはいえど。
(それでもやっぱ寂しいもんだよなあ……)
 二月に入って最初の週は昼休みや営業終了後にリシェルは顔を見せにちょくちょく来てくれた。
 仕事の合間や終わりにリシェルと一緒に過ごせる時間。それが僅かな時間でもすごく満たされる。
 けれど今週に入ってからパッタリとリシェルは顔を見せなくなってしまった。
 多分、また勉強が忙しくなっているのだろう。そう思ったので特に詮索はしていない。
 こんな風に一週、二週会えなくなるのもよくあることではある。
 お互いにしなくてはいけないことがあるのだから。とはいえどやはり寂しい。
 今日もまたそんなリシェルに会えない夜を一人過ごすのかと思いライは溜息をつく。
(やっぱダメだな……オレ……オマエがいないと……リシェル……)
 そんな風に寂しくひとりごちているライ。するとカランカラン。入り口の戸が音をたてる。
「お――っす。久しぶりに来てやったわよ」
「リシェル!?」
 噂をすれば影というものか。戸をあけて入って来るはお馴染みのウサギの帽子。勿論リシェルだ。
 唐突にやってきたリシェル。その姿にライは目を丸くする。
「うふふふふ。夜分晩くにお邪魔しますね。ライさん」
「ポムニットさんも……」
 ポムニットも一緒だった。彼女ともここしばらくは会ってなかった。ここ一週間、顔を合わせていなかった二人。
 その二人がいきなり同時にやってきてライは流石に面食らう。
「何よ。間の抜けた顔しちゃって。嬉しくないっていうの?このあたしがわざわざ差し入れに来てやったっていうのに」
「ダメですよおじょうさま。そんなこと言っては。ライさんいきなりなんでビックリしちゃってるんですよ」
 そんな風にいつも通りのやりとりの二人。それが夢でも幻でもなく実体であることを確信させられる。
 ぷるぷるぷる。ライは打ち震えていた。うわ、スゲぇ喜んじゃってるよ。オレ。
「あ、久しぶりなもんだからつい……よく来てくれたな。リシェル。ポムニットさん」
「ふふ。そーよ。わざわざ来てあげたんだからたっぷり感謝しなさいよね」
「うふふ。そういうおじょうさまの方こそお顔がデレデレになってらっしゃいますよ」
「なっ、なに言ってんのよ。べ、別にデレてなんか……ああ、もう!うっさい!うっさい!うっさぁぁいっ!!」
「ふっ、はは。ははは」
 ニヤけて緩みまくった顔を適当に照れ隠ししながら答えるライ。そして相変わらずのリシェルとポムニット。
 いつもと変わらぬ二人のやりとりにライはホッと綻ぶ。会いたいと思っていた人に会えた喜び。
 嬉しさに緩む頬をほんのりと赤く染めながらライはそれを噛締めていた。



 テーブルの上には包みが置かれていた。本日の差し入れにリシェルが持ってきたものだ。
 キレイに施されたラッピング。結ばれたリボンを丁寧に解きながらリシェルはそれを開ける。
「じゃじゃっじゃじゃ――――んっ!」
「っ!?」
 包みの中身は凄かった。キレイにデコレーションされた特製のチョコレートケーキ。
 それもかなり手の込んだものであると一目でわかる。いったいこれはどうしたというのだろう。
 今日は誰かの誕生日というわけでもあるまいに。
「なっ、どうしたんだよ?いったい。これ……」
 ただの差し入れにしては豪華すぎる。その疑問をライも思わず口にする。するとリシェルは得意顔だった。
 あててみなさいとばかりに意地悪くほくそ笑んでいる。混乱するライ。そこへポムニットが助け舟を出す。
「ライさん。今日は何月何日ですか?」
「え?2月14日だけど……」
「そうですね。その日付になにか心あたりはありませんか?」
「心当たりって言われも……ううん……あっ!?」
 するとライは思い出した。本日、2月14日。それが何の日であるのかを。
「確か昔、親父が言ってた。バレ……ええとバレンタインデーとかいうヤツっ!」
 記憶の糸がピンと繋がる。2月14日。バレンタインデー。
 ライの父、ケンタロウの故郷での風習でなんでもその日は女の子が好きな男の子にチョコレートを送るのだとか。
 幼い頃に父から聞かされてライも知っていた。以前、お茶話のタネに二人にもそれを話したことがある。
 そのときは確かその日にチョコをあげるのだとかあげないだとかでわいわい盛り上がって。
 それから忙しい毎日の中ですっかり忘れていたけれど。ということはつまり。
 この目の前にあるデラックスなチョコレートケーキはというと。
「そうですよ。ライさん。バレンタインチョコです。おじょうさまとわたくしからライさんへの」
「ちゃんとあたしとポムニットの手作りなんだからね。しっかり味わって食べなさいよ」
「………………………………」
 バレンタインデー。これまでそういう風習がどこかの土地にはあるという程度の認識でしかなかった。
 誰かからチョコを貰いたいだとかそんな風に特に意識することもなく。実際、今日も忘れてたし。
 けれど目の前のチョコケーキ。リシェルとポムニットが今日、自分のために作ってくれたチョコケーキ。
 この一週間、二人が来られなかったのもこの日のため。自分を驚かせようと、そして喜ばせようとして。
「う……ぅぅ……」
 ホロリ。嬉しかった。ホロホロリ。たまらなく。ああ、なんか汗が出てきた。頬っぺたの辺りに心の汗が。
 どうしよう。なんかとまらねえ。ちくしょう。今宵の目薬は目にしみやがる。
「ちょ、ちょっと!なに泣いてんのよ。アンタ」
「な、泣いていないぞっ!こ、これは心の汗だっ!」
「なにベタな言い訳してんのよ。ほら、ツベコベ言わずに早く食べなさいよ。もったないないでしょうが」
「あ、ああ。分かってるって……」
 そうして潤む目頭を手で押さえながらライは席につく。滲む涙の水滴で抑える手が濡れる。
 そんな風に嬉し泣きをするライにやれやれとリシェルは手を広げて見せて。
「……ったく、アンタってそういうとこはまだまだ子どもっぽいんだから……」
 とお姉さん風を吹かせた優しい笑みを浮かべながら呟く。
「うふふ。それじゃあわたくし、お茶でも入れてきますね」
 ポムニットは気を利かせて給湯室に向かう。2月14日。ライにとってそれまで特別でなかったただの一日。
 けれど今年からその日はライにとって決して忘れられない大切な日となったのである。 
 


「それでですね。おじょうさまったら最初はチョコを直接火にかけちゃいまして……うふふふふ」
「あ――っ!なに勝手に人の失敗バラしてんのよっ!このアホメイドっ!」
「ははっ。まあ、おまえらしいっちゃおまえらしいけど……」
 テーブルの上に切り分けられたケーキと紅茶。ライを挟むように両隣に座るリシェルとポムニット。
 そんな感じでケーキをつつきながら三人は談笑を続けていた。語られるは主にケーキの制作秘話。
 このチョコケーキを作る過程においてリシェルが犯した様々な失敗談である。
「本当に大変でしたよ。この一週間。おじょうさまったら全部ご自分で作ると言ってきかなくて……お菓子作りを一からお教えするのにどれだけ骨が折れたことやら……」
「だ―か―らー。それは感謝してるって言ってるでしょ。まったく。結構、根に持つわね。あんたも」
 ポムニットの指導の下、リシェルがこのケーキを作り上げるのには相当の悪戦苦闘があったようだ。
 材料の調達。細かいレシピ。その辺はやはりポムニットの仕事である。あとところどころの細部も。
 だが大部分はリシェルだ。こうして食べてみるとよく分かる。その出来栄えには素人らしいムラがある。
 ケーキのスポンジがダマになってるところとか、チョコの生地への混ざり具合が均一でないところとか。
 粗を探そうと思えばいくらでも出てきてしまう。だけれども。
(マジでうめぇ……今までに食ったどんなケーキよりも……)
 それでも愛する彼女の手作りという事実に勝るものはない。チビチビと味わうようにライはスプーンをしゃくる。
 パクッ。口の中に広がる甘さ。少しビターなチョコレートの風味。ライの心を甘く蕩かせる。
 甘い幸せに浸ってケーキを突きながらこれをつくってくれたリシェルとポムニットの二人をライは見つめる。
 相変わらずのやり取りを続ける二人。ふいにチラリ。リシェルと視線が合う。すると照れて目を伏せるリシェル。
 ポムニットはクスクス笑ってる。こんな風に大切な人と共に過ごせる時間。まさに幸福。
 そんな幸福感にライが浸されていると。
「あの……さ……その……美味しかった?」
 そんな風にしてようやくケーキ皿が空になった頃合。チョコまみれな口元でふいにリシェルはライに尋ねる。
「ああ、もちろん美味しかっ……っ……」
 ケーキを食した感想。勿論、美味しかったに決まっている。そう答えようとするライだが刹那、言いよどむ。
 何かと思えばリシェルが目を閉じていた。瞳を閉じて唇をライへと差し出している。
(コイツめ……)
 つまりはそういうこと。返事は言葉でなくて態度で示して欲しいと。やれやれとライは肩をすくめる。
 ドキン。ドキン。少しときめく胸を軽く押さえてライも目を閉じる。そして唇をリシェルへと突き出して。
「んちゅ……んっ……ちゅ……」
 そのまま二人はキスをする。お互いチョコまみれの唇を重ね合わせて。息を止めて吸いあう。
 ねっとりと交わる口の中。絡み合う舌と舌。無論、こちらもチョコまみれ。
 互いの舌についたチョコレートをペロペロと舐め落とす。すごく甘い。ビターでスイートなチョコレートキス。
 堪能していた。時が経つのも忘れて。
「ぷはっ……はふっ……あっ……」
 そうしてキスを終えて甘く蕩けた顔を二人ともに見つめ合う。
「えへっ♪どうだった?」
 そして微笑みながらリシェルが尋ねるのはこのキスとケーキの感想。その答えはどちらも同じで。
「美味しかったぞ。リシェル」
「ははっ。当たり前じゃない」
 とまあデレデレのバカップルな二人。それはもうご馳走様としかいいようがないのであるが。
「おじょうさまにだけですかあ?ライさん……」
 するとそこへ少し拗ねたようにメイドが口を挟む。わたくしだけ置いてけぼりは嫌ですよぉ。
 ポムニットの目はそう訴えかける。そんなポムニットにライは戸惑いながらリシェルを窺う。
 リシェルは少しムッとしていたがそれでも『さっさとしてあげなさいよ』と視線でライを促す。
「そ、それじゃあ……ポムニットさんにも……」
「はい♪」
 そうしてライはポムニットとも顔を向かい合わせる。喜びながら瞳を閉じるポムニット。
 ライもまた同じように目を閉じて。
「んっ……」
 ライはポムニットともキスをする。今日の、それと日頃の感謝を込めて。唇と唇が軽く触れあうキス。
 ちょろっと出した舌の先もかすかに触れ合った。そんな短いキスを終えて。
「あっ……ははっ……」
「うふ。ご馳走様です♪ライさん」
 照れたように頭をかくライと重ねあった唇を指先でなぞりながらうふふと微笑むポムニット。
 そんないい感じの雰囲気に二人がなりかけたところでギュウウウ。
「イテっ……いてて……コラ。つねるな。リシェル」
「なによ。このバカっ!デレデレしちゃって……」
「クスクスクス。ダメですよ。おじょうさま。おいたをしては」
 お約束通りにお嬢様のヤキモチも発現されるのであった。ぷくっと頬を膨らませるリシェル。
 そのままライの腕にムギュっとしがみつく。するとポムニットも悪戯っぽく微笑む。
 そしてもう一方のライの腕をとってこちらもよりかかる。そんな二人に挟まれて困るライ。
 けれど心の中で思った。今の自分は多分、三国一の果報者であるに違いないと。



「はい。おじょうさま。こちらの食器、洗い終わりましたので片付けてくださいまし」
「ほいほい。了解。これってこっちの棚でよかったんだっけ?」
 ケーキを食べ終え、お茶を飲み一服ついて片付けモードにリシェルとポムニットの二人は入っていた。
 そこまでさせては悪いとライも最初は断ったのだが『あんたはツベコベいわずにそこで大人しくしてなさい』
 とリシェルに言われたのでこうしてくつろいでいる。そしてくつろぎながら反芻する。
 先程食べたチョコレートケーキの味。甘い。甘いバレンタインデーの思い出を。
(幸せすぎるぞ……オレ……)
 生きててよかった。心から本当にそう思う。こんなにも自分を想っていてくれる彼女が傍にいて。
 それを支えてくれる女(ひと)も一緒にいてくれて。これ以上ない幸せ。幸福感の名残に浸るライ。
 ホクホク顔でまどろむライ。するとそこへポムニットが声をかける。
「それじゃあそろそろ寝床の方の準備に行ってきますね。ライさん」
「へっ?」
 一瞬、言われたことの意味をライは掴み損ねた。寝床。準備。頭の中でカチカチとパズルのように繋がる単語。
 ようやく理解してライは慌てだす。
「いやいやいや。いいって。別に……それにもう時間だって遅いし……」
 時計をチラリと確かめながらライは言う。もうとっくに門限を過ぎているであろう時刻。
 こんな夜分で大事な跡取り娘とそのメイドを更に断りもなく引き止めていてはオーナーに申し訳が立たない。
 そんなライの心配を察したのかポムニットは言ってくる。
「ご心配無用です。ちゃんと外泊許可は事前にとってあります」
 許可はちゃんととってある。そういうけれどもライの疑念は晴れなかった。よくも許したものだ。
 こんな仕事の手伝いの日でもないというのにあのオーナーが。
「あはは。試作品をね、パパにもプレゼントしたの。そしたらパパったらホクホク顔になっちゃって……」
「旦那様も今日のことはご存知でしたから。ずっと以前にライさんのお父様からお聞きになって」
 そこへ二人のネタ晴らし。ううむ。娘の手作りチョコを貰ってホクホク顔のオーナー。
 なんだか怖いがちょっと見てみたいぞ。そんな好奇心にそそられる。
「ですからライさんはなにもご心配なさらずにごゆるりとおくつろぎくださいまし」
「そうそう。どうせ仕事バカのあんたなんだからたまには甘えちゃいなさいよ」
 二人はそういってくれる。その心遣いがライには嬉しかった。
「「ゆっくりしていってね(くださいましね)」」
 そう言って寝室へと向かう二人。その後姿をみつめながらライはひとりごちる。
(ああ、幸せ……)
 はたしてこんなに幸せすぎていいのだろうか。どこかでお釣りがこないか非常に心配ではある。
 けれど思う。こんな幸せがすぐ傍にいるから自分は毎日頑張れるのだと。明日も頑張ろう。
 明後日も明々後日もその次もずっと。こんな極上の幸せをずっと楽しんでいられるために。



「そろそろ、いいか」
 二人が居間を後にしてから三十分ほど。その間、ゆっくりくつろいだライはようやく腰を持ち上げる。
 向かうは自分の寝室。そこではリシェルとポムニットが待っていて自分を出迎えてくる。
 早く行きたい。そんな逸る気持ちを抑えながらライは歩を進める。ドキドキドキ。
 相変わらず胸はときめいている。期待感と幸福感。包まれているうちにいつの間にか部屋の前まで来た。
 コンコン。
「おーい。そろそろいいか?二人とも」
 ドアをノックしてライは尋ねる。
「っ!?」
「うふふ。いいですよー」
 返ってきたのはポムニットの声。リシェルはなんだかドタバタしている様子だった。
 そんな部屋の中の様子をライは少し訝しがるが、まあいいかとも思いガチャリと戸を開ける。
「本当にありがとうな。寝床の仕度までしてくれて。ポムニットさん。リシェ……ル?」
 戸をあけて二人へのお礼を言いながらライは部屋へと入る。するとそこで固まる。
 可愛らしいリボンで包まれたそれはもう愛らしい裸ウサギを目にして。
「……………………………………………………」
「……………………………………………………」
 ウサギとライの視線はあう。目を合わせてそのまま硬直する二人。ウサギの傍には小悪魔笑みを浮かべるメイド。
 ややあって、引きつった笑顔を浮かべながらウサギはこう呟く。
「あ、あたしも……食べて……」
 そう言われた瞬間、バフッ。ライはその場で卒倒した。
「きゃぁぁああっ!ちょっと、なんで倒れるのよっ!こらっ!しっかりしなさいよ。ライっ!」
「あらあら。ライさんにはちょっと刺激が強すぎましたかしらね」
「なによっ!あんたがやれって言ったんでしょうが!どうすんのよ!責任とんなさいよ!」
「責任といわれましても……えぅぅ。おじょうさまだってノリノリだったじゃないですかぁ」
 そんな風にピーチクパーチク。裸リボン姿のお嬢と仕掛け人のメイドがやり合っている傍らでドクドク。
 仰向けに倒れたライは鼻血をたらしていた。こりゃチョコの食べすぎだな。うん。
「ぐ……ぐぉぉぉぉぉぉおおおおっ!」
「うわっ。起きた」
 けれどそこは主人公。復活のスキルでライは見事に立ち上がる。立ち上がって視界に捉えるはリシェルの姿。
 下着一つ着けていない生まれたままの姿。そこにピンクのリボンだけが巻きついている状態。
 なんというエロス。どこまでエロ娘なんだ。このウサギ娘は。
「なっ……あっ……オマエ……そこまで……」
「う……うぅ……」
 相当にこたえるのか顔を赤くしてプルプルと羞恥に震えるリシェル。ライはドギマギしていた。
 目の前にぶら下げられた極上のディナー。据え膳喰わぬはなんとやら。そんな衝動がライの中で渦巻く。
「うふ♪。どうですか?ライさん。今宵のメインディッシュは」
 したり顔で言ってくるポムニット。ええい悪魔メイドめ。やっぱりあんたが発端者か。
 こんな、こんなトンでもないプレゼントの。トンでもない。トンデモなさすぎでなんて言っていいのやら。
 ただ一言。ありがとう。実にありがとう。
「しょ、しょうがなくなんだからねっ!あんたが少しは喜ぶかなと思って……死ぬほど恥ずかしいのガマンして仕方なくしてやってるんだからねっ!」
 そしてテンプレ通りのツンデレを振りまくリシェル。最高だ。最高だよ。グッジョブ。ドクドクドク。
 あれ、また鼻から血が出てきた。しょうがないなあ。チョコの食いすぎた。手近なチリ髪で鼻を押さえる。
 それにしてもスピスピスピ。鼻息は自然と荒くなってしまうもので。
「早速、発情すんなっ!このケダモノっ!!」
「しょうがねえだろっ!こんなのっ!!」
 怒鳴るリシェルにライも開き直る。無茶を言うなよ。興奮するに決まってるだろ。そんな姿、見せつけられて。
 ああ、たまんねえ。理性がもうヤバいぐらい。押し倒したい。リシェルを今すぐ押し倒したくてたまらない。
「リ、リシェルっ!」
「きゃうっ!」
 思い立ったらすぐ実行。ううむ。我ながら実にケダモノだ。自覚しながらライはリシェルと顔をあわせる。
 いまだに恥じらいの朱に染まるリシェル。その顔が本当に愛らしくて
「んっ……ちゅ……んぅ……」
 そのままリシェルにキスをした。柔らかな唇の感触を確かめるキス。すごく優しい触感。
 これまで何度もこうしてキスしてきたけれど、今回のキスもこれまた格別で。
「んっ……はっ……はふっ……ぷはっ……あっ……」
 キスを終える頃には二人とも蕩けていた。身体も、心もトロリと甘く。
「好きだ。リシェル」
「っ!?」
「こんな風にオレのためなら何だって一生懸命になってくれる。そんなおまえが大好きだ。リシェル」
「んっ……うぅ……」
 そして蕩けたままライは愛を囁く。囁かれたリシェルは恥らいながら照れる。伏せ目がちの視線。
 けれどチラチラとライを見つめながらポソリ呟く。
「感謝……しなさいよね……」
「ああ」
 即答するライ。リシェルは続ける。
「感謝してあたしのことちゃんと大事にすること。それも一生。ずっと」
「当たり前だろ。そんなの」
 交わされるのはお決まりのやりとり。いつもと変わらぬライの返事。満足してリシェルは微笑む。そして。
「だったら……」
 一拍おいてリシェルは告げる。目の前のケダモノさんに開始の合図を。
「いいわよ。食べて。あたしのこといっぱい食べて」
 裸リボン姿のはにかんだ微笑で呟かれる台詞の威力はこれまた反則級だった。ブチン。
 ライの理性はぶちきれる。
「うぉぉぉぉおおおおおっ!リシェルぅぅぅぅうううううっ!!」
「きゃぁぁああああ!!いきなりがっつくなぁぁっ!このヘンタイっ!!」
 そんな風にして今宵も二人だけの世界に突入するバカップル。そんな二人の様子を傍で見つめて。
「なんだか……すごく……ご馳走様です……」
 熱々の空気にあてられてポムニットはしみじみとそう呟いた。


(続く)

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