心の媚薬 後編



「んっ……ふぅ……」
 カイルに後頭部を押さえられ、なおも激しく口付けされて、アティは何故かその状況で彼に抵抗することができないでいた。だがそれは決して、愛しく想う男に唇を重ねられたことで喜びを噛みしめていたからではない。
 困惑していたのだ。
 いつも自分に対して優しく接してくれていたカイル。明るく頼り甲斐があり、仲間にとても愛されている彼。アティが想いを寄せていたのはその青年だ。
「……」
 しかし、今自分の目の前にいる男――体の自由を奪い、強引に唇を奪っているその男もまた、カイルなのだ。
 『いい女』と呼ばれ、彼の自分に対する想いをあれこれと考え、心浮かれていた矢先のできごと。あれは女を口説くために使う言葉だったのか。少し誉めてやれば、目を付けた女を落とすことなどた易いものだと、そういう考えで自分に言ったものだったのか。
 ――怒りより先に心から溢れ出たのは、悲しみだった。
 カイルの腕に抱きすくめられた体が震える。目を固く閉じると、アティの目蓋から大粒の涙が零れ落ちた。
 ぽたっ……。
「……?」
 大人しいアティの様子を不信に思ったカイルが目を開けると、彼の視界にきらりと光るものが映った。
(何だこれ、涙か?泣いてんのか。…………泣いてッ!?)
 それを目にした途端、カイルは慌ててアティの肩を掴み、自分の体から彼女を引き離した。
「……うっ……あぁっ」
 目の前あるのは唇を解放され、我慢の糸が切れた彼女の嗚咽する姿だった。大きな瞳からは次々と涙が溢れ、彼女の顔を濡らしていく。
 ……まずい。やってしまった。
 カイルは顔から血の気が引いていくのを感じながら、首を振り、大きく息を吐いた。
「うっ……カイルさんが……こんな人だとは思わなかっ……、私のこと誉めといてっ、酔った振りしてこんなっ……!バカぁっ。……ああぁー……っ」
 もう止まりそうにない。目元を赤らめ、涙を流しながらアティはカイルの胸を叩く。

「せ、先生……」
 カイルは自分の体が震えていることに気づいた。軽く唇を噛みしめる。そして目を閉じると、静かに頭を下げた。
「……悪かった。本当にすまなかった。俺……しらふじゃ何にもできねぇから、酔っ払ってみれば積極的になれるかもって思って……」
「……え……?」
 突然の言葉。アティはようやく泣くのをやめ、彼に視線を向けた。
「……全然酔ってなんかいないじゃないですか。カイルさん……」
 アティの言葉に、カイルは眉を歪めながら苦しげにうなずく。そして、視線をテーブルへと向けた。そこにはカイルが自分で最初に飲み干したグラスと、アティの飲み残しが入っていたはずの、空のグラスが置いてある。
「二人分を一気飲みすりゃ、さすがの俺も酔いがまわると思ってたんだが……。筋金入りの酒豪らしいな。フラリともきやしねぇ。……酔ったつもりであんたを口説こうとしたのが間違いだった」
 口説く――。
 その言葉にアティの胸が強く痛む。
「やっぱり……私に下心があったんですね?ちょっと甘い言葉をかければ、簡単になびくと思ったんだ」
 引いたと思っていた涙が再び滲み出す。うつむくアティに、カイルは驚くような顔で口を開いた。
「し、下心って……」
「下心でしょう、いやらしい!」
「いや、間違っちゃいないが、俺はそういう――」
「言い訳はよしてくださいっ!私は男の遊びに使うための道具なんかじゃない!!」
カイルはアティの腕を掴む。力を入れた為に彼女の顔は痛みに歪んだ。
「違うって言ってんだろ!!」
 思わず声が大きくなる。アティは急に怒鳴られたことに一瞬体を震わせた。
 カイルは思わずまずいというように目を伏せる。そっとアティの腕を放すと、カイルは90度向きを変え、両手を自分のひざの上に置いた。そして、大きく深呼吸する。
 アティは先ほどの怒鳴り声にいまだに震える鼓動を押さえつつ、彼が何をしようとしているのか見つめていた。
 くしゃくしゃと髪を掻きながら、低くうなるカイル。

「……正直、島で再会した時からあんたのことを意識してたんだ。細い腕で自分の生徒を守るために一生懸命になってたあんたを見てすげぇと思って、なんつうかその、気になったというか……」
そこで言葉につまり、カイルは頬をかすかに染める。

(――私のことを?カイルさんが?)

 アティの鼓動が大きく跳ねる。
「でも、告白しようにも勇気が出なくてよ。こういう時だけやたら奥手になっちまう自分が嫌でさ、思いっきり酔っ払っちまえば開き直れるかと思ったワケよ。……しかし抱きついてキスするのはいくら何でもやりすぎた。……反省してる」
 カイルは自分の頬を叩くと、アティの方へと向き直り、苦笑を浮かべた。
「ごめんな。嫌な思いさせて。好きでもねぇ男にあんな事されても、女にとっちゃ怖いだけだよな」
「……」
「もう……俺のツラなんか見たくもねぇだろ。もう部屋に戻ってくれて構わねぇから――」
「私も同じです」
 アティが言葉を挟む。
 カイルは彼女の言葉の意味が理解できず、首を傾げた。
 アティはそっと両手を伸ばし、カイルの手に静かに添える。やはり温かい。もともと手の冷たいアティは、その体温の心地よさに目を細める。
 カイルの胸の内を知った今なら言うことができる。後出しというのも少しズルイ気がしないでもないが、成り行き上こうなってしまったと思えば仕方がない。
 アティは一呼吸つくと、ゆっくりと口を開いた。
「私も、カイルさんの事が好きでした。強くて……優しい貴方をずっと見ていました。『いい女』って言ってもらって、貴方にコートを貸してもらって……、本当に……嬉しかったんですから」
 もう耐えることなどできない。
 アティはそれだけを言うと、カイルの胸へ頬を寄せた。背中に腕をまわし、強く抱きしめる。頬を伝って感じる彼の鼓動が、今の心情をそのまま表していることがアティには分かった。

「ちょ、先生っ……?」
 カイルの逞しい胸は激しく脈打っている。体に触れるアティの髪が、柔らかい二つの膨らみが、今の彼に劣情を抱かせる可能性があることも理解している。
 ずっと、この匂いに憧れていた。こうやって体を寄せ、ぬくもりを感じていたいと願っていた。
「その……ありがとうな」
 カイルの腕が、アティの体を優しく包み込む。
 どういたしまして、と見上げて微笑むアティに、カイルはもう一度口付けした。最初の時のように乱暴にはしない。角度を変え、何度も優しく唇を重ねた。

 ソファの上に丁寧に折りたたまれた衣類の横に、その背もたれへ引っ掛けるように乱雑に脱ぎ捨てられたシャツとズボン、そして下着。
 アティはカイルのベッドへ横たわり、その裸体を目の前の彼にさらけ出していた。
「今から抱いて欲しいだなんて言って……ふしだらな女だと思いますか?私のこと」
 同様に裸体となったカイルに、アティは小声で尋ねる。
「いや、そんな風には思ったりしねぇけど……確かに意外だとは思ったぜ。あんたはこういう事は、もっと時間を置いてからするタイプだと思ってたから……」
 そう言って、カイルはアティの形の整った乳房を手に取り、小さな乳首に舌先を這わせる。
「んッ……」
 声を漏らすまいと口を閉じ、鼻からかすかな呼吸を繰り返すが、胸のほうは先端をカイルに弄ばれ、小さかった乳首は徐々に突起していく。カイルはしこりを帯びた乳首を口に含み、音を立てて執拗に舐めあげた。
「……っ……」
 音が聞こえると感じるのか、アティは頬を染め、かすかに身をよじる。しばらくして目線を下へずらし、彼女の胸の上で愛撫を続けるカイルの髪をそっと撫でた。

「ふふ、今日はちょうど安全日だったんですよね。こうやって……貴方に素肌で触れてもらいたいって、ずっと思ってたんです。貴方の温かい胸に触れて、貴方の優しい匂いをそばで感じていたいって。私……今、とても幸せです」
「アティ……」
 そこまで言われるとカイルもさすがに恥ずかしいものがある。カイルは自分がいざという時にはとことん口下手だという事を自覚している。彼女にそんな事を言われた今でも、自分がどんな言葉を言ってやればいいのかが分からない。
「お、おう」
 苦し紛れに相槌を打ち、カイルは顔が赤く染まるのを必死で押さえるように頭を振った。
 照れている事に気づいたアティが声を殺して笑っている。
「おいっ、笑うんじゃねぇよ」
「ふふふっ……ごめんなさい、でも」
「このっ……こういう時までキレーな顔しやがって。もうちょっと乱れてくれなきゃ俺だって燃えねぇぞ」
 そういうとカイルはアティの胸の上から起き上がり、彼女のひざに手を掛ける。
「あッ、ちょっと、カイルさ……」
 アティがわずかに抵抗しようとしたが、彼の力に敵うはずもなく、アティはカイルの目の前で軽々と両足を開かれてしまった。
「……」
それから少しのあいだアティの女性器を覗き込んでいたカイルの喉が、わずかに動く。
「や、やだ、何かいやらしいですカイルさんっ」
「し、仕方ねぇだろ。ホントに久し振りなんだよ、こういう事は」
 今までにも何度か女を抱いた事はあるが、女性器というものはグロテスクな形状だと今まで思っていた。だがアティのそれは実に整った形状で薄い赤みを帯びている。これで欲情しない男がいるものかと思うほどに、綺麗だと、カイルは内心思った。
 カイルの心の底から、本能に従った欲望が沸々と沸き起こる。片手は彼女の足を押し広げるために固定したまま、もう片方の手を、太ももの内側を沿ってアティの中心へと滑らしていく。
 彼女の髪よりも少し暗い、薄赤い陰毛を指で掻きあげると、性器の上に位置するクリトリスが鮮明に現れた。クリトリスの小さな包皮を指先でつまみ、顔を近づける。
 興奮するカイルの息がそこに吹きかかり、アティの胸が高鳴る。
「なあ、味見していいか?」
「わ、私に聞かないでくださいっ」
 冗談めかして尋ねるカイルに、アティは目線は合わさず、紅潮して言い放った。
 それなら、とカイルは舌を出し、さらに顔を近づける。
「あッ……!」
 ぴちゃり、と熱を持った舌がアティの中心を舐め上げ、指で広げたサーモンピンクの小陰唇を唇で愛おしく吸う。
 声が漏れそうになり、慌ててアティは口を押さえる。そのせいで逆に鼻息が荒くなっているのが面白く、カイルは再び攻め続けた。
 すでに愛液で潤い始めた性器にひとさし指と中指を擦りつけ、先端を濡らすと、その指先を揃えアティの内部へと沈める。一瞬ビクリと震えるが、指を締め付けながらも彼女の膣はそれを受け入れ、難なく飲み込んでいく。
「もう充分いけそうな気がするけど……もうちょっと慣らしたほうがいいよな?」
 クリトリスを指の腹で撫でながらカイルが問う。絶え間なく快感に身を攻められるアティがそれを断れるはずがないのは分かっていた。口を押さえる手を震わせながらうなずくアティに、カイルは突然愛撫をぴたりと止めた。
 急に中断された行為に、アティは彼の方へと視線を向ける。
「それなら、口を塞がないでくれよ。俺はアティのいやらしい声を目一杯聞きたい」
「な、何言って――」
 彼女が口を開いたと同時に、カイルはクリトリスの包皮を指でわずかにめくる。露出されたクリトリスにカイルの舌先がかすかに触れた。
「ひぁッ……!」
 一番敏感な部分を刺激され、アティの背中がのけぞる。
 その様子に、カイルは思わず声をあげて笑った。

「ハハハッ、その声その声っ」
「カ、カイルさんってば!」
 顔を赤らめたアティは慌てて起き上がる。そして一瞬何かを考えたかのように動きを止め、次の瞬間カイルのひざの上へとしゃがみ込んだ。
 突然の彼女の行動に、カイルはわけがわからず事の成り行きを見つめている。
「……わ、私だって負けませんから」
 そういうと、アティはカイルの熱を帯びたペニスに細い指を絡めた。そしてそのまま、可憐な唇を脈打つそれに近づけていく。
「お、おいアティ――」
 アティは目を閉じると、舌先をちょろりと出し、根元から先端に向けてゆっくりと舐めあげていった。慣れない稚拙な舌使いだが、唾液を含ませ、丹念に舐めて口に含む。
「ちょっと待て!俺は別にそこまで――」
「いいんです。私がやりたいんですから。こうやってカイルさんを気持ちよくさせてあげたいから……」
 正直、ただ性器を舐められるだけではそれほど気持ちよくはない。だが彼女が自分に対して懸命に奉仕してくれている様は、カイルの劣情を煽るには充分過ぎるほどのものだった。みるみるうちにアティの口内でカイルのペニスは充血し、その大きさを増していく。
「んはぁっ……カイルさん……」
 アティの口からペニスが引き抜かれ、唾液が糸を引く。その時プツンと、カイルの頭の中で何かが切れる音がした。
「ご、ごめんアティ!俺もう我慢できそうにねぇ!!」
「えっ?――きゃあっ!」
 カイルの手が突然アティの肩を掴み、そのまま勢いよく彼女の体をシーツの上へと沈めた。さらに彼女の両足を自分の肩の上に乗せ、潤った秘部に股間を押し付ける。
「神様アティ様っ許してください!禁欲生活を続けてる時に好きな女のハダカ前にして、これ以上耐えられるかよ!!」
 まだほとんど慣らしていないアティの膣内に、カイルの充血したペニスが強引に押し入っていく。
「!!」
 びっくりしたようにアティの体が跳ね上がるが、カイルはそれを押さえ込み、一気に奥まで貫いた。
「ッ……!」
 カイルが乱暴に腰を動かすと同時に、アティも自分の口を押さえ込む。

「んふぅっ……アティ、あはぁッ、ああッ……!!」
 あくまで無言のアティに対し、激しく突き動かしながらカイルが喘ぐ。
 化け物じみた彼のスタミナがようやく切れる頃、彼はアティの腰を持ち上げ、その最奥を突き上げた。
「ぐッ……うぅ……!」
 身震いすると同時に、カイルの先端から劣情の体液が溢れ出す。それはこぼれることなく、全てアティの膣内に注ぎ込まれた。
「……」
アティは額に汗を滲ませ、相変わらず口を閉じている。
「……はぁ……」
 絶頂したカイルが、アティの膣からゆっくりとペニスを引き抜いていく。栓を抜き取られた膣からは、白濁したカイルの体液と――わずかな鮮血がこぼれ落ちた。

「本当に悪かった……この通りッ!!」
 ベッドの上でカイルは額をシーツに擦りつけ、何度も土下座を行なっていた。
 太ももに伝う血と精液を拭き取りながら、アティはそんなカイルを見下ろしている。
「そんなに気にしなくてもいいですってば……。どっちにしろ私は貴方に抱かれるつもりだったんですし」
「んな事言っても……心の準備もなしに、俺はあんたの処女を奪っちまったんだぞ!?」
 まさか自分からベッドに誘いにくる女が処女だとは思いもしなかった。自らの後悔の念い責められながら、カイルはブロンドの髪の毛をぐしゃぐしゃと掻く。
 うなだれるカイルを前に、アティは困った風に彼を見つめた。ふとその時、栓を開けたままのウイスキーが彼女の目に留まる。
「――カイルさん」
 ふいに肩をつつかれ振り返ると、そこにはウイスキーのボトルを手にしたアティが満面の笑顔で座っていた。
「お酒、一緒に飲みましょう」

突然の彼女の言葉に、カイルは思わず眉をひそめる。
「い、今はそんな場合じゃねぇよ」
「カイルさん、お酒っていうのは、嫌な事を忘れちゃう事ができるものなんですって。貴方は私の処女をムリヤリ奪ってしまったと思ってる。それってヤな事なんでしょう?だから、今度こそ思いっきり酔っ払ってみるんです。それで貴方はムリヤリしたって事を忘れちゃう。――どうですか?」
 ニコリと微笑むアティ。
「………」
 カイルはそんな彼女の顔をじっと見つめる。
 やはり思った通りだった。彼女には笑っている顔が一番よく似合う。見る者の心を温めるような、太陽のような笑顔。
 自分の目に狂いはなかったのだ。海賊生活の中で身につけたモノに対する目利き。宝物の山の中で見つけ出したひとつの赤い宝石は、これまでに手に入れた物とは比べものにならないほどの輝きを秘め、そこに座っていた。
「アティ……!」
 カイルはようやく口元に笑みを浮かべると、彼女に向かい、力強くうなずいた。
「――ハハッ、そうだな。いい女に酒を勧められて断るようじゃあ男がすたる!!よっしゃ、今夜は飲み明かしてやるよッ!!」

         ◇          ◇          ◇

「……で、あたしの秘蔵のワインまで持ち出したあげくに二日酔い?バカじゃないのアンタ」
「………………」
 生ける屍となったカイルの頭に、スカーレルが罵声と共に靴底を押し付ける。
「そ、そこまでしなくても……」
「お黙り」
 額に青筋を浮かべたスカーレルが、口を挟んだアティを鋭く睨みつける。途端に小さくなるアティ。
「とにかく、アンタが一晩のうちに飲み明かしたあたしの大ッ切なお酒の代金、耳を揃えて払ってもらうからね。その額ざっと7万8千500バーム!!さあ払って!払えよ!!何ならあたしに体で払うかァ!?」
「……ま、また嫌な思い出が増えちゃいましたねカイルさん……」
「…………もう酒を飲んで忘れるのはゴメンだぜ…………」


おわり

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