たいせつな日



 手に抱えていた本や紙を机の上にすばやく揃え、アティはふぅ、と息を吐いた。
 今日はナップとの授業を予定通り午前中に終わらせる事ができた。このあとは自分の自由時間となる。ここ最近は帝国軍の動きも大人しくなり、これといった事件もないのでアティ達はしばらく平穏な日々を過ごしていた。
 ふと、アティの視界に壁にかかったカレンダーの日付が目に入る。
(……そういえば、今日は私の誕生日だったんだ。自分のことなのにすっかり忘れちゃってた……)
 まあいいか、とアティはマントを羽織り、ドアノブに手をかける。戸を押したその時、廊下の向こう側から誰かがやってくるのが見えた。
「あらぁセンセ、今日はおめでと」
「あ……スカーレル」
 目の前までやってきたスカーレルは「といっても何もあげられないけどね〜」と冗談めかして両手をひらひらと扇ぐ。
「今日、お誕生日なんですって?ソノラから聞いたわよ」
「ソノラが?」
 そういえば、少し前にソノラとお互いの事を話していた時、自分の誕生日を教えていた気がする。そんなささいな事を覚えてくれていたのかと思うと、アティの中に淡い嬉しさが込みあげた。
「――で、カイルには言ってるんでしょ?もちろん」
「も……、もちろんって?どういう意味です?」
 アティはカイルと親密な関係にあることを仲間の誰にも言っていない。それはカイルにしても同じだ。スカーレルの意味ありげな問いに、アティはとっさにとぼける。
 その返答にスカーレルはしばらく口を閉ざすと、突然アティの肩を掴み、そのまま彼女をぐいと部屋の中へ押し込んだ。
「きゃっ!?」
 アティがよろけている間にスカーレル自身も部屋へと足を踏み入れ、ドアを閉じる。
 態勢を取り直してアティがスカーレルを見ると、彼は困ったように目を閉じ、トントンと指先で自分の額を叩いていた。
「ん〜、何ていうか、じれったいのよねぇ。別に悪いことしてるワケじゃないんだからさ、皆に秘密にする必要ないんじゃないかしら?」
「え?」
「カイルと貴女がデキちゃってるって事よ」
「――――!!」
 さらりと言ってのけたスカーレルに、アティは思わず紅潮する。
 初めて交わったあの日の夜、照れくさいから仲間には黙っておこうとカイルと約束していたはずなのに。目の前で苦笑する人物はなぜその事を知っているのか。
「も、もしかしてカイルさんが貴方に!?」
 耳まで赤く染めながら、アティはスカーレルに駆け寄って彼の顔を見上げる。しかし彼女の言葉にスカーレルは首を横に振った。
「そうじゃないわ。前にね、夜中にちょっと寝付けなくて廊下を歩いてた事があったのよ。そしたら、カイルの部屋から薄明かりが漏れてるのが見えるじゃないの。こんな時間にどうして?って思ってドアに近づいたら……中でナニが行われてたと思う〜?」
「きゃあああぁ――――――ッ!!言わないでッ!!それ以上言わないで!!」
 楽しくて仕方がないというように含み笑いを漏らすスカーレルに、アティはとっさにその口を押さえようと両手を伸ばした。だが彼はその手を片手で防ぎ、なおも言葉を続ける。
「いやあ、それにしても普段清楚可憐なセンセが自分からあんな事をしちゃうなんて、驚きよね〜」
「もうお願いだからぁ!スカーレル!!」
 今にも泣きそうな顔ですがりつくアティに苦笑しながら、スカーレルはようやくその話題を終えた。
「でも、カイルも意外と女を見る目があるのね。あの喧嘩バカが貴女の事を好きになっちゃうだなんてさ」
「そ、それって?」
「冷静で、包容力があって、心の強い女――。どっかの爆発好きのペチャパイ娘とは大違いだわ」
「ちょっ……ソノラにそんな言い方しなくても」
「あらやだセンセ!アタシどっかの爆発好きのペチャパイ娘がソノラの事だなんて一言も言ってないのに!」
 しまったというようにアティが口を押さえた。スカーレルは彼女の愉快な反応に、腹を抱えながら肩を震わせる。
「ふふふっ……。でもね、それでもアタシはソノラのいい所はちゃんと知ってるから。ちょっぴりおバカで、無鉄砲で、優しくて……目を放せないところがあの子の魅力でもあるの」
「スカーレル……」

 彼はソノラの事を話す時は、いつもその目にわずかな優しい光を宿している。初めて出合ったのは、はぐれ召喚獣に二人が襲われている時だった。その時、ソノラをかばった為にスカーレルは腕に深い傷を負っていた。だが、後にヤードに治療を受けながらも、彼は名誉の勲章よ、と言って涙ぐむソノラに笑いかけていたのを覚えている。
 彼の気持ちを詮索する理由などない。アティは彼の言葉にそうですね、と微笑みながら相槌を打った。
「ところでセンセ、ちょっと失礼するわよ」
「え?」
 スカーレルは一言断ると、おもむろに両手をアティに向けて伸ばした。
 一瞬何をするのか分からず、アティはぼう然とその手の行く先を視線で追う。
 次の瞬間。

 むにゅっ。

「……ああ、やっぱり大きいわね、センセの胸」
「!!!」
 アティの目線の下で、スカーレルの両手はアティの豊かな胸を大胆に包み込んでいた。
 そのままやんわりと力を入れ、胸の弾力を確かめる。
「うん。思った通りめちゃくちゃ柔らかくて気持ちいいわ」
「あッ……ちょっとスカーレル!?変な冗談はやめ……んッ……」
 スカーレルの巧みな手の動きに、思わず声が上擦る。彼の手を押しのけようとするが、思うように力が入らない。ふいにアティの足元がよろめくが、スカーレルは彼女の腰に手を回し、その体を支えた。心臓の鼓動が、胸の膨らみを通してスカーレルの右手に伝わる。アティの甘い吐息が彼の喉元へ触れる。
「あら、胸揉まれただけでこんなに感じちゃうんだ?センセったらヤらしい」
 そう言ってスカーレルはアティの耳にかかる髪を指先でかきあげ、息を吹きかけた。
「ス、スカーレルったら冗談はやめて!そ……それに、私は別に感じてなんかっ……」
「そんな可愛い声出して感じてないだなんて。ウソはダメよ、センセ。――それに冗談なんかじゃないわよ。アタシだって男だもの。女を抱きたいと思う時だってあるわ……」
 アティの腰をさらに自分のもとへと引き寄せ、手を彼女の後頭部へと移す。髪を優しく撫でると、スカーレルは薄く目を閉じ、唇をアティのそれへと近づけた。
「ッ……」
 彼の吐息がアティの唇にかかり、周囲の視界がスカーレル自身で閉ざされた。体を強張らせ、固く目を閉じる。
「―――――……」
 だが、一向にスカーレルが唇を重ねてくる気配はない。
 おそるおそる目を開けると、今に唇が触れるか触れないかというような至近距離で、スカーレルが呆れるような表情をアティに向けている光景が目に映った。
「あの……キス、しないんですか?」
「センセこそ……アタシにキスしてほしいワケ?」
「そ、そんなッ!!」
 紅潮して首を横に振るアティを見ながら、スカーレルは重々しく溜め息を吐いた。
「それなら、抵抗するなり何なりなさいよ」
「きゃあああぁッ!!」
 パァン!!
突然我に返ったように、アティは素早く手をかざし、それをスカーレルの頬めがけて振り下ろした。心地よい音が閉鎖された室内に響く。
「……うぅっ……」
 スカーレルの目に涙が滲む。
「反応が遅すぎるわよ、それは……」
 痛々しく赤らんだ頬を押さえると、スカーレルは両目を閉じ、うめくような声でつぶやいた。

「……アタシがさっきあんな事をしたのはね、貴女を試すためだったのよ、センセ」
「私を……?」
 ようやく場が落ち着いたあと、アティはベッドに腰掛け、濡らしたタオルで隣りに座るスカーレルの頬を押さえていた。
 彼の言葉に、アティは首をかしげる。
「センセって普段は結構ボーッとしてるじゃない。はたから見てるとどうも心配しちゃうっていうか……ガードが甘そうな感じがするのよね。なんか油断してそう、みたいな」
 ムッと眉をしかめるアティ。これでも自分では洞察力や剣技などに関しては、帝国にいた頃に必死に特訓をこなしていた為それなりの自身を持っている。それをさりげなく否定されたような気がし、とっさに口を開いた。
「私はこれでも元軍人ですよ?敵の気配を感じる事くらいはできますし、自分の身を守ることだって当然できます」
「身を守る――ねぇ」
 スカーレルは自分の頬に添えられているアティの手を掴むと、それを自分の方へと軽く引いた。アティはそれにつられて無意識に体を彼のほうへ傾ける。スカーレルは顔をアティへ近づけると、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「好きでもない男に簡単に唇を奪われそうになる女のどこが、自分の身を守れてるって言えるのかしらね?」
「う……」
 図星を突かれて口ごもるアティに、スカーレルは言葉を続ける。
「今のままじゃ、貴女たちダメになっちゃうかもしれないわよ?センセ、モテるタイプだもの。いつか他の男に声をかけられて、フラッとそっちに行っちゃって……その現場をカイルに見られてそのまま破局って結末に終わっちゃうかもしれないわ」
「ま、まさかそんな事で――」
「さっきアタシが本当に貴女にキスをしてて、それをカイルが見ちゃってたら?うぅ〜ん、センセたち、終わっちゃってたかも?」
 両手の拳を自分の胸に添え、乙女のようなポーズで悲しげに言うスカーレル。
 アティは彼のあまりにも身近な、しかもたった今起こり得たかもしれない状況を例えに出され、表情を強張らせる。
 カイルに突き放される――……。
 今、他の誰よりも愛している彼にそうされる事を想像し、アティは唇を噛みしめて目を伏せる。
 そんな事になったら……。
「……確かにスカーレルの言う通りだけど、でも私……あんまり男の人に免疫がなかったから、実際男の人に対する接し方とか分からないんです。お誘いを受ける時と、断るべき時とか……」
 語尾が震えている。アティはうつむき、言葉を続けた。
「その気がなくても、やっぱりカイルさんに誤解されちゃう事もあるんですか?好きだって言ってくれていても、心の底から私の事を信頼してはくれないんでしょうか……?」
 アティの太ももに水滴が落ちる。グスッと鼻をすすり、目元を押さえた。
「ッ!!ちょ、センセ――」
 ――泣いている。まさかこの程度の事で涙を流されるとは正直考えていなかった。
スカーレルはうろたえ、アティの肩を掴んでこちらを向かせた。彼女は目を赤らめ、唇を震わせている。
「な、何も泣かなくたっていいじゃない。ああもう、アタシが悪かったわよ!ほらっ、泣くのはもうヤメ!ね?」
 先ほどの濡れたタオルでアティの目を拭いながら、困り果てたようにスカーレルが慰める。
 スカーレルはこの二人を似合いの恋人同士だと思っていたが、今考えを改めた。といっても二人の関係を否定するわけではない。開けっ広げで豪快なカイルと、あまりにも純真無垢なアティ。
 この二人はあまりにも性格が違いすぎる。
 このままの調子で、これから何者も邪魔が入ることなく二人は関係を保っていく事などできるのだろうか。スカーレルはアティを見据えた。
「センセ。それなら、変な男に手出しされる前に先手を打っておきなさい」
「先手……ですか?」
「カイルに、今以上に貴女の事を大切な存在だって分からせるのよ。いつもカイルが貴女の事を見守っててくれれば、他の男がちょっかい出してくる事もないわ」
 人差し指を振り、得意げな表情のスカーレル。アティは彼の言葉にうんうんと頷き、興味津々とばかりに詰め寄った。
「で?どうすればいいんです?」
 スカーレルはアティの顔からゆっくりと視線をずらす。それは首から鎖骨へ、そしてその下の豊かな胸まできたところで停止した。口元にわずかな笑みを浮かべると、スカーレルはアティの耳元に口を寄せる。
「とりあえずは、貴女がどれだけ『魅力的』な女かをカイルに分からせてやる必要があるわ」
「魅力的っ?」
 スカーレルは頷くと、彼女に小声で耳打ちを始める。しばらくすると、アティの頬は火を点けたように赤く染まり、慌てて彼に向き直った。
「……そ、そんな事をするんですかっ!?」

      ◇           ◇            ◇       

「結構サマになってきたぜ、スバル」
「へへっ、ニィちゃんのおかげだよ!」
 暖かな午後の日差しが降り注ぐ庭。
 風雷の郷・長の屋敷にてミスミが見守るなか、カイルとスバルは素手による闘いの稽古を行っていた。スバルがアティ達と共に戦い始めてから、スバルはカイルが戦場で見せる拳の唸りにすっかり虜となっていた。
 最初はカイルに素手の格闘を学ぶことをキュウマに反対されていたが、戦場では常に自分が武器を携えているとは限らない、というカイルの意見に、少しの間だけスバルにカイルとの稽古の時間を設ける事を許可されたのだ。
「カイルや、とりあえずここでいったん休憩をとってはどうじゃ?わらわが茶菓子でも用意してこよう」
「ああ、悪いなミスミさん」
 縁側から立ち上がったミスミに、汗を拭きながらカイルが答える。
「じゃあオイラ、パナシェと遊んでくるねっ」
 手を振って外へと駆け出していくスバルにおう、と手をあげると、カイルはコートを脱いで肩にかけた。そしてふと空を見上げる。
 雲ひとつない晴天だ。そういえば今朝、アティはナップの授業を早めに切り上げると言っていた。特に何か約束をしていたわけではないが、こんな日の午後はアティと二人でその辺に出かけてもよかったかな、と心の中でつぶやいてみる。
 だがスバルの稽古の約束をした以上、今さらそれを中断するわけにはいかない。
 自分の無計画さを少し悔いながら、カイルは屋敷の中へと入っていった。

「――おぉっ、美味い」
 客室でミスミの出した茶菓子を頬張りながら、緑茶をいっきに飲み干すカイル。
 彼の食べっぷりを微笑ましげに見つめながら、ミスミは空になった湯飲みに茶を注ぐ。
「喜んでもらえて何よりじゃ。殿方は甘いものが苦手と聞くからのう」
「まあ、俺はたいてい何でも食うからなあ。甘いモンでも辛いモンでも何でも来いだ」
 そう言って餡子のついた指を舐めるカイルの仕草を、ミスミはじっと見つめる。少し乱れたブロンドの髪、着崩したシャツ。一見すればガサツな雰囲気を漂わせる風貌だ。――だが。ミスミの視線が彼の一点に注がれる。彼女はしばらくぼんやりと眺めたあと、何気なく口を開いた。
「おぬし……見れば見るほど良い男じゃのう」
「ぶふぅッ!!」
 突然のミスミの言葉に、カイルは口に含んでいた緑茶を噴き出した。
「な……何だって?」
 袖で口元を拭いながら驚いた表情で聞き返すカイルに、ミスミはあっけらかんとした顔で再び答える。
「おぬしが男前だと言ったのじゃ。わらわが子持ちでなければ交際を申し込んでいたかもしれんな」
「ハ……ハハハ。姫さんにンな事言われるたぁ光栄だな」
 頭をかきながら笑うカイルに、ミスミはふっと鋭い視線を向け、薄い笑みを浮かべる。
「まあ……仮にそうだとしても、おぬしには女がいる故、断られる可能性もあるがの」
「――え?」
 カイルの顔から笑みが消える。ミスミは座布団から足をずらし身を乗り出すと、カイルのそばへと身を寄せた。
 カイルの鼻先に香水の匂いがふわりと漂う。
「……アティと、ねんごろなのであろう?他の者は誤魔化せても、わらわにはお見通しじゃ」
 にこりと微笑むその瞳の奥に、妖艶な光が宿る。
「物の怪の女は、他人の男女関係には非常に敏感でな。その二人の間に漂う特殊な力の波とでも言うべきか――そういったものを感じ取る事ができるのじゃ」
「は、はあ」
 驚いたように半開きの口で頷くカイルに、ミスミは更に言葉を続ける。
「おぬしら、もう肉体関係は持っておるのか?」
「!?」
 あまりにも大胆な問いに、思わず頬を赤らめるカイル。どうしていきなりそんな事を聞かれなきゃならんのだとこちらの方から問いつめたくなったが、ミスミの異様な眼力に気圧され、カイルはしぶしぶ頷いた。
「……一回だけ、なんだけどな。それからはあんまり言い出す機会も見つからねぇままで、それっきりご無沙汰だよ」
 男のカイルとしては不満ではあったが、アティの日常の苦労を考えると、どうしてもそんな気の浮いた誘いなどできるはずがなかった。最近は比較的彼女の心にもゆとりができているだろうが、しばらくはいつも通りの生活を過ごしていて欲しいと思ったのだ。
 ふうん、とつぶやくと、ミスミは更にカイルの体に自らの体を寄せた。一瞬驚いたようにカイルがミスミを見下ろす。ミスミはそんな彼を見上げると、その頬にゆっくりと手を伸ばした。
「なら、今はちょうど女の肌に飢えている頃合ではないのか?――良いぞ、わらわが相手をしてやっても」
 つう、とミスミの指先がカイルの唇をなぞる。
 パリン!
「あ……」
 とっさに力んだカイルの手の中で、湯のみが粉微塵に砕け散った。
「興奮しすぎじゃ、馬鹿者」
 彼の反応に呆れるミスミ。カイルは先ほどの彼女の言葉を頭の中で反復した。
 わらわの相手、相手、相手、相手……。
「あッ、いてぇ!?」
 ようやく自分の手の平から血が滲み出ている事に気づき、カイルは声をあげた。もはやシャツの袖が茶でびしょ濡れになっている事など気にもならない。
 ミスミはカイルの手をとると、その傷口をペロリと舐めた。口内に広がる彼の味に、ミスミは物の怪特有の興奮を覚える。
「どうじゃ?わらわもおぬしのような男になら抱かれても構わぬ。さあ――」
 彼女の華奢な二の腕がカイルの首の後ろへとまわされ、交差する。カイルは間近に迫ったミスミの顔をまじまじと見つめた。
 大人の魅力を含んだ、端正な美貌。黒い直毛がさらりと揺れ、香りが鼻をくすぐる。胸板に押し付けられた二つの膨らみで、彼女の胸が意外にも大きい事を知った。
「………」
 数日の間にカイルの中で押さえられていた欲望がむくむくと身を起こし始める。
 これだけの美貌を持つ女に迫られて、断れる男がこの世にいるものか?いや居まい。カイルは自分に言い聞かせると、鼻から息を出し、垂れ下げていた両手を抱きつくミスミの肩のところまで持ち上げていった。
 ぎゅ、とミスミの細い肩を抱く。
 次の瞬間、カイルはミスミを畳の上に押し倒し、その上へと覆い被さった。
「お……っと」
 ミスミが小さく声を漏らす。ふすまから漏れる逆光をカイルの体でさえぎられ、ミスミに大きな黒い影が掛かる。畳に広がった髪の毛を直す暇もないまま、ミスミの首筋にカイルの唇が降りた。音を立てて口付けし、喉元に舌を這わせていく。そのままカイルは彼女の着物の襟元を強引に広げ、中の服のボタンを外していく。いくつか外したところで彼女の胸の谷間があらわとなった。
「性急な男じゃな……。慌てずともわらわは逃げんぞ」
 着物の上から彼女の太ももをまさぐりながら、カイルは荒い息遣いでミスミに視線を向ける。
「そう言っても、俺は我慢の限界がきてるんだよ……」
 ミスミの顎を指先で上げ、カイルは唇を重ねようと顔を近づける。
 その時、ミスミの手の平がカイルの口を塞いだ。
「んぐっ!」
「――やっぱり中断じゃ」
 ケロリとしてミスミが言い放ち、口を解放する。カイルは彼女の突然の言い分に、
不満げに口を尖らせた。
「な、何でだよ。さんざん誘っておいて、いきなり断るってのは――」
 カイルの主張を無視し、ミスミは彼の背中――天井近くに向けて指をさした。
「おぬしのお迎えが来てしもうたからのう」
「………え?」
 指のさす方向にカイルが振り返ると、そこには。

「……………カイルさん……………」

「――――ッ!!」
 今にも下着が見えそうなほどの至近距離で、アティがミスミの上に這いつくばるカイルの真横に突っ立っていたのだ。
 バツが悪そうにミスミは苦笑しながら、おぞましいほどの険悪なムードを漂わせる二人を交互に見合っていた。
(……ちょっとからかってやっただけだったのじゃが……この若造がここまで本気になってしまうとは思わなんだ。……少々まずかったか?)


つづく

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