たいせつな日



 この状況で相手を納得させられる言い訳ができるなら、その人物はもはや神と言っても差し支えないだろう。
 ミスミの上に覆い被さるカイル。彼女の乱れた服装。その状況は誰がどう見ても男女の情事の最中としか思えない光景であった。そのつもりだったのはカイルの方だけであったのだが。
 驚きのあまりマヌケ面で口を半開きにしたカイルは、ようやく正気に戻ると慌ててミスミの上から飛び退いた。
「……ごめんなさいカイルさん?びっくりさせちゃって。私、ものすごくお邪魔だったみたいですね?……それじゃあさようなら」
 カイルが何かを言おうとする前に、アティはマントをひるがえし、冷淡な口調で言い放つ。
 足を廊下に一歩踏み出そうとした瞬間、カイルは慌ててアティの肩を掴んだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ先生!!俺は――」
「おお、そういえばわらわは急用を思い出した。失礼するぞ」
「ってオイ!待てよこの鬼!!」
 白々しく笑いながらそそくさと部屋を出るミスミに、カイルは血走った目で叫ぶ。
 だが追いかけようとするもアティの鋭い視線を前に、カイルは蛇に睨まれた蛙のごとく硬直してしまった。
 二人の間に重苦しい沈黙が漂う。
 カイルはその苦しみから逃げるように廊下に視線を向けた。――そこにはまだミスミが。
「いたのかよ!!」
「ハハハ、すまぬ。原因を作ったのはわらわだからのう。とりあえず説明だけでもしておこうかと思うてな」
 苦笑しながら柱から顔を出し、二人の前に姿を現すと、ミスミはこれまでの事を簡潔に説明した。
 ――自分からカイルを誘ったという事、それも冗談でやった事だという事実。
 カイルはそれを聞いて顔を引きつらせるが、それでもアティの表情は変わらない。
「……というわけでまぁ、わらわに責任のある事だったのじゃよ。本当にすまなかったと思うておる。申し訳ないが、仲直りはそなた達でやっておいてはくれぬか?」
 そう言うなりミスミは突然押入れを開けると、中から一組の布団を取り出した。
 更に奥からタオル、ティッシュまで引っ張り出す。布団を広げ、小道具を布団の頭に並べると、そこに手を差し出した。
「準備は万全じゃ。この部屋を思うように使ってくれて構わぬ。わらわのせめてもの詫びじゃよ。……ああ、スバルにカイルはもう帰ったと言っておかねばな」
 それだけを言うと、ミスミは足早に客室をあとにした。再び二人きりになる空間。
(何なんだ、あの人はよ……)
 思わずぼう然と閉められた戸を眺めるカイル。
 その時、突然足元に小包が投げ捨てるように渡された。アティの乱暴な態度に驚きながらも、カイルはしゃがみ込んでその小包を恐る恐る開く。
「あ……」
 中から現れたのは、三つのおにぎりだった。カイルはアティを見上げる。
「カイルさんがお腹を空かせてると思ったんです。でも、そんな心配必要なかったみたいですね」
 ふん、と拗ねたように鼻を鳴らし、アティは再び部屋を出ようと戸に手をかける。
「あ、オイ待て――」
 慌てて止めようと足を一歩踏み出した時、カイルの足の裏に激痛が走った。
「うッ!!」
 何か固いものを踏みつけたような、そんな感触。シルターンでは靴を脱いで家の中に入るという習慣が、カイルにまたしても格好の悪い悲劇を降り注いだ。尻餅をついて、カイルは踏んだものが何かを確認する。それが何か知った時、彼は慌ててそれをポケットの中にしまい込んだ。
 だがしかし、よく見ると足の裏には血が滲んでいる。今日は何てついてない日なんだ、と心の中で嘆きながらカイルはがっくりと肩を落とした。
 彼の一人漫才を戸の前で眺めていたアティは、仕方がないというようにカイルに近づき、その傍へと腰を下ろした。
「……怪我しちゃったんですか?カイルさん」
 彼の足の傷を見ると、アティは懐から紫色のサモナイト石を取り出した。ピコリットだ。淡い光に照らされ、傷口は一瞬にして消えうせた。
 その様子を見ながらも、カイルはたびたび何か言いたげにアティを見る。それに彼女が気づくと、意を決したようにカイルは息を吐いた。
「……さっきはホントに悪かったよ。ミスミさんにあんな事して。あんたの事を気遣ってずっと夜中に誘うのを我慢してたらさ、どんどん性欲が溜まってきちまったみたいで……あの人の冗談にも気づかないで思わず押し倒しちまったんだよ」
「私に気遣って?」
「ほら、あんたは普段から戦いの事や教師の仕事で忙しいだろ?疲れてそうだったから、そういう事を目的に部屋に誘うのも気が引けてさ」
「べ、別に私は……」
 アティはカイルの言葉に頬を赤らめる。カイルはズボンのポケットに手を入れると、何かを取り出した。
「これ、さっき踏んづけたヤツなんだが……。今渡したらご機嫌取りみたいで何だけどよ」
 アティの手を掴むと、照れたようにそれを彼女の手の平に置き、握りこませる。突然のことに何なのかと首をかしげながらアティが指を開くと、そこには――。
「!?」
 銀色のリングに、赤い小さな宝石。これはどう見ても――。
「ゆ、指輪っ?」
 目を見開いてアティはカイルを見上げる。だがカイルは頬を染めながら慌てて手を振った。
「ソ、ソノラから聞いたんだよ。今日が先生の誕生日だってな。指輪って言っても特別な意味もねぇし。こんな島じゃ着飾るものもねぇから、指輪くらい付けといてもいいんじゃねぇかって思ってメイメイさんに作ってもらったんだ」
「で、でも、高かったんじゃないですか?これっ」
「俺の所持金と、スバルの稽古のバイト代の前借りで……。でも俺個人の金なんてたかがしれてるから安物だぜ?まあしばらくはここでタダ働きみたいなモンだが」
 苦笑するカイルを見つめながら、アティは手の中の指輪を握り締める。
 ずるいと思った。他の女性に手を出した事を怒ろうとした矢先に、このようなプレゼント。そして、彼の笑顔を向けられた今、怒る事などできないではないか。
 彼の事を知り始めてから、カイルという男が意外にも情けない一面を持つ事を知った。だがそれはカイルにとっての何よりの魅力。
 今回の事に関してはこれで目をつぶってあげよう、アティはカイルに向けて微笑み、人差し指を突きつけた。
「じゃあ、このプレゼントでミスミさんとの事はチャラにしてあげます。……ありがとう、
カイルさん」
 ふっ、とカイルの視界が暗くなる。アティは顔を彼に近づけ、そっと唇を重ねていた。
「!……」
 アティとキスをするのも、あの夜以来だった。むしろ、彼女のほうから唇を重ねてくるのは初めての事かもしれない。ぎこちない仕草で何度も唇を重ね、カイルの唇を優しく吸う。

 ようやく唇を放すと、アティは頬を赤らめながらカイルに笑いかけた。
「あははっ、私も調子のいい女ですよね?」
「アティ……」
 カイルは微笑む彼女に手を伸ばすと、そのまま背中に腕をまわし、優しく抱き寄せる。バランスを崩してカイルの胸の中にすっぽりと収まったアティは、自らも腕をカイルの背中へとまわした。
 ――温かい。
 あの時に感じたぬくもりとまったく変わらない互いの体。
 カイルはアティの髪の毛を撫でながら、室内に視線を泳がせた。
「――なあ」
「はい?」
 カイルの視線の先にあるのは、先ほどミスミが敷いていった一組の布団。彼の視線の先を知り、アティは頬をさらに紅潮させた。
「あれ、使っちまってもいいんだよな?」
「……お、おそらくは……」

 相手を許すのも早ければ、行為に及ぶのも早い。アティはカイルに促されるまま、身につけている物を全て脱ぎ去っていた。
 アティは布団に潜り込みながら、カイルがズボンのベルトを外す様子を何となく眺めている。ようやく全裸になったカイルは、久々のアティとの交わりを前に嬉しくて仕方がないらしい。いそいそと掛け布団を持ち上げ、アティのそばへと潜っていった。
 直に触れる肌のぬくもりが、アティの鼓動をわずかに早まらせる。
 カイルはアティの腰を引き寄せると、再び唇を重ねた。緊張しているのか、アティは赤らんだ顔のまま体を強張らせている。
「まだ二回目だしな……やっぱり怖いか?」
「だ、大丈夫です」
 目を伏せて首を横に振るアティ。カイルはそんな彼女の緊張を解きほぐすように、優しく首筋や胸元にキスを繰り返し、髪の毛を撫でた。
 手の中に包み込んだ乳房は相変わらず弾力に富み、カイルの指を押し返す。先端を口に含み、軽く力を入れて吸うと、アティはわずかな声を漏らした。乳首に付着した自分の唾液を舐め取ったあと、カイルは二本の指を舌で念入りに濡らし、アティの足の間へと持っていく。
「ん……」
 濡れた二本の指先が花弁の割れ目に沿ってゆっくりと上下に動かされ、親指がクリトリスを押すように撫で上げる。もう一度乳首を口に含み、それが徐々に固さを帯びていく過程を楽しみながら、カイルは中指を少しずつ膣の中へと埋めていった。
 さすがにまだほとんど濡れていないせいか、アティの膣内は彼の指一本の侵入すら拒むように締め付ける。アティ自身もかすかな痛みに眉を歪めた。
「さすがに少しは濡らさなきゃキツイか……。アティ、ちょっと足開いてそのまま固定しといてくれ」
「わ、私が自分で?」
「アティは自分で足を閉じようとするだろ。俺が押さえてたら手が使えないんだ。だから閉じないように自分で足を押さえててくれよ」
 それは、こういう態勢のことをいっているのだろうか。アティは羞恥心に耐えながらも両手を太ももの裏へ伸ばし、足を左右に押し広げた。
「ああ、そうそう」
 両手で足を広げ、女性器をカイルに見せつけるかのような態勢をとらされ、アティは恥ずかしさのあまり目を閉じる。だが当のカイルは別に彼女を辱めるつもりでそんな事を言ったわけではなかった。鈍感な彼は本当に「自分でアティの足を押さえているのが面倒だから」というだけの理由で彼女にそう頼んだのだから。
 カイルはアティの足の間にかがみ込み、あらわになった女性器に軽く口付ける。
 わずかに震えた彼女の反応を楽しみながら、カイルは花弁を押し広げ、膣口を舐め上げた。
 クリトリスを指先で愛撫しながら、徐々に溢れ出る愛液を舌ですくい取っていく。
「あッ……はぁ……」
 アティの背中がのけぞり、抱える太ももに爪を立てる。相手にしがみつく事もシーツを掴む事もできない。もどかしい状況だが、以前よりもなぜか余計に興奮してしまう。
 カイルが女性器から顔を放した時、アティはようやく自らの足を解放し、わずかに身を起こした。
 ふと、今朝スカーレルに言われた事が頭をよぎる。アティは彼が言った言葉を思い出し、視線をゆっくりとカイルの下半身へ滑らせた。カイルはまだそれほど興奮状態ではないのか、ペニスはまだ上を向いてはいない。
 アティはわずかに躊躇したが、やがて誰にともなく頷くと、カイルの目の前へ身を乗り出した。
「あ、あの、カイルさん。今度は私が……」
 彼の下半身へ視線を向け、小声でアティが言う。
「あ……ああ。悪いな」
 照れたようにカイルは笑い、足を開いて腰を下ろす。アティはそこにしゃがみ込むと、突然両手で自分の胸を寄せるように持ち上げた。
「……?」
 何をしようとしているのか分からず、カイルは彼女の様子をぼんやりと見つめている。
「よいしょ……」
 次の瞬間、アティはカイルのペニスを手に取り、胸の谷間へぐいと挟み込んだ。
 豊かな胸の弾力が彼のペニスを包み込み、やんわりと締めつける。
「――ってオイ!!何してんだアティ!?」
 胸の谷間でペニスを上下にしごき始めたアティを前に、カイルは思わず声をあげる。前回処女だった相手が突然このような事をしては、驚かない男のほうがまず少ないと言えるだろう。
「気持ちよくないですか?カイルさん……」
「い、いや、気持ちいいけどよ、何でそんなッ……う……」
 谷間から顔を覗かせる亀頭を、アティは首をかがめて口に含む。ペニスの胴部分を胸でしごかれ、先端は口内で舌先を使ってくすぐるように舐められている。快楽に押し流されたカイルは、突然のアティの行為を問う事すらできない。
 みるみるうちにペニスは熱く膨らみ、アティの胸を押し分けていく。
「ふぁ……はぁ……」
 仔猫がミルクを舐めるように、アティは小さな舌で先端から滲む液を舐める。
「くぅっ……!」
 今にもはちきれそうなほどに勃起したペニスは、欲望の解放を求めている。
 カイルは息を大きく吐くと、シーツを力強く握りしめた。

「あッ……!」

 どくん、とカイルの先端から白濁した体液が、アティの顔めがけてほとばしる。アティは反射的に目をつぶったが、鼻の頭から顎にかけてトロトロとした粘液が滑り落ちていく。まだ先端から滲み出る精液が裏筋を伝い、アティの胸の谷間に白い水溜りを作った。
「だっ、大丈夫かアティ!?悪い、我慢できなくて……」
 目を開けられずに固まる彼女に、カイルは慌ててそばに置いてあったティッシュで顔を拭ってやる。
「あはは……全然気にしてませんよ、私。それに、カイルさんが今のを気持ちいいって思ってくれた事のほうが私は嬉しいですから」
 絶頂した直後だというのに、いまだに衰えず熱を帯びる彼のペニスに、アティは愛おしく口付ける。カイルは彼女の言葉に眉を歪めながら紅潮した。
「――はい、これで……準備は万全、ですよね?」
 ペニスを胸から解放すると、アティはカイルの腰から身を起こした。
 万全、という事は……。
 ゴクリ、とカイルの喉が鳴る。アティはわずかに不安を混ぜた笑みを浮かべ、上目遣いにつぶやいた。
「その……今回は優しくしてくださいね。初めての時、痛かったですから……」
「お、おう!まかせとけ!」
 自然と荒くなる息を何とか押さえ、カイルはアティの両肩を抱く。ゆっくりと仰向けに布団の上へ寝かせると、彼女の足を押し広げ、体を割り込ませた。
 赤い花弁が、男を待ちわびていたかのように潤っている。カイルに奉仕している間も彼女は興奮していたのか、愛液が太ももを伝った跡が残っていた。
 指先で花弁を広げ、熱を帯びたペニスをあてがう。腰を抱えあげると、カイルはゆっくりと自身をアティの膣内へと埋めていった。
「……ぅ……んっ……!」
 もう処女ではないといっても、一度しか性経験のない体では、やはり男を受け入れるには辛いものがある。狭い膣壁をえぐるように擦りあげられる感覚に、アティは顔を歪めた。
「痛いか?アティ……」
 繋がったまま、カイルはアティの頬を撫で、身を乗り出して覗き込む。
 アティはカイルにしがみついたまま浅く呼吸を繰り返し、さらに深く呼吸する。
「ッ……だ、大丈夫です。続けてください」
「あ、ああ」
 アティに促され、カイルはそのまま膣奥へとペニスを押し込んでいく。
 ビクリとアティの体が震えるが、「平気ですから」と汗を滲ませて笑う彼女を前に、カイルは気遣いながらも行為を続ける事にした。

「ん……ぅ……ッ!あぅッ……」
 カイルが腰を突くたびに、アティは声を漏らし、蜜壷が卑猥な音を立てる。初めて抱いた時は『抱く』という目的だけが先走り、彼女の膣の具合などほとんど意識していなかった。だが改めて抱いた事で、カイルはアティの内部を存分に堪能することができた。
 狭く、吸い付くような膣肉にカイルは魅入られ、その動きを早めていく。ペニスを膣から引き抜くたびに、内側の肉壁がペニスにまとわりついて赤い肉身を覗かせた。
 痛みに耐えるアティの表情はいまだ清楚な形を残しているが、カイルを咥える女性器は、貫くたびに陰口を彼のペニスの形へと押し広げられ、形状を変えている。
 そのアンバランスな上下の差に、カイルは絶え間なく沸き起こる興奮を押さえられずにいた。
「う……っ」
カイルの額に汗が滲む。二度目の射精感が彼を襲い、アティの膣から素早くペニスを引き抜いた。始めとほぼ変わらぬ量の精液が先端から溢れ、アティの下腹部へ飛び散る。
「……はぁっ……カイルさん……」
 肩で息をしながら、アティはカイルの首の後ろへ腕をまわす。カイルはかがみ込むと、唇を深くアティに重ね合わせた――。

「おぬしら、そろそろ仲直りはすんだ頃か?」
「うおッ!!」
 余韻に浸り、しばらくそのままの姿で横になっていた時、ミスミが大きな声と共に突然部屋へと入り込んできた。アティは慌てて胸を隠し、カイルは布団へと潜り込む。
「……その様子じゃと、無事仲直りできたようじゃな」
 にんまりと笑みを浮かべ、ミスミは満足げにうなずく。アティ達はただ顔を紅潮させたまま、何も言う事ができなかった。
「湯の用意をさせておる。帰る前に汗を流しておいたほうがよかろう?――フフフッ」

         ◇           ◇            ◇

「思ったより遅くなっちゃいましたね」
 アティは赤みがかった空を見上げる。随分と長い時間をあの屋敷で過ごしていたらしい。
「それにしても先生……、さっきは何を思ってあんな事したんだ?」
「あんな事って?」
「…………」
 カイルは口ごもる。替わりに手を自分の胸の前に出し、胸を寄せあげるようなジェスチャーをとった。アティはそれを目にした途端、頬を一気に染めた。
「気持ちよかったのは確かだが……あんたがあんな事を思いつくとはとても……」
「あっあれは!スカーレルが『こうすると、男はその女の魅力に虜になっちゃうのよ!』って言ってたから――」
「……………スカーレル?」
 問い返したカイルに、アティはハッと慌てて口を押さえた。
「……なんでスカーレルの奴とンな話をしてたのかねぇ?アティ〜……?」
 カイルの口の端がわずかに引きつっている。
 最後にボロを出してしまった……。
 アティは肩を落としながら、彼との事を全て話す結果となってしまったのであった。

         ◇           ◇            ◇

「先生!お誕生日おめでとー!!」
「!?」
 船長室を開けるなりソノラとナップの軽快な声が部屋に響いた。部屋の中を見渡すと、壁には簡単なものながらも装飾が施されており、テーブルにはたくさんの御馳走が並べられている。
 ソノラは両手に持ったルシャナの花の輪をアティの頭に乗せ、微笑んだ。
「ど……どうしたの?これ……」
「センセが出かけた後に三人で決めたのよ。いつもお世話になっちゃってるセンセの為にお誕生日を皆で祝ってあげようってね。カイルはいなかったから、残念ながら誘えなかったんだけど」
 ワイングラスを並べながらスカーレルが答えた。続いてヤードも何やら赤いご飯を前に、スカーレルに食べ物の位置の指示をしている。
「オウキーニさんに赤飯という料理も教えていただいたんですよ。どうやらシルターン自治区では、おめでたい日にはアズキという豆と一緒に炊いたご飯を食べるそうです」
 ソノラに腕を引っ張られるまま、アティはテーブルの前へと立つ。
「今日は先生が主役なんだからねっ!さあ、じゃんじゃん食べていっぱい騒ごー!」
「………」
 アティは思いもよらない光景にただ黙りこんでいた。幼い頃に両親をなくした彼女は、それからは一度も誰かに誕生日を祝ってもらえる事などなかったのだ。
 十数年振りの、人に祝われる誕生日。偶然見舞われた災難でこの島に流され、たびたび自分の不幸を呪う事もあった。
 だが――今のこの光景は、その状況でしか成し得ないものなのだ。
 大切な生徒、仲間の海賊たちが、自分一人のためにここまでしてくれるなんて。
「…………っ」
 アティの目に、ふいに涙が込み上げてくる。
「せ、先生?どうしたんだよ?」
 ナップが心配そうにアティの顔を覗き込む。アティは慌てて目をこすると、いつも通りの笑顔をそこに浮かべた。
「ううん、なんでもないです。ちょっと嬉しくって……」
「もーっ!泣くほど感動されちゃうなんて、アタシ達も計画を立てたかいがあったってもんだわ!」
 バシバシとアティの背中を叩くスカーレル。そんな彼の後頭部をさらにカイルは背後から殴りつけた。
「あだッ!!痛いじゃないのよカイル!!」
「スカーレル……てめぇ、アティに妙な事吹き込みやがったみてぇだなあ?」
「……あ〜ら、それじゃあカイルはこの子にソレをされるのがイヤなわけ?」
 それを言われるとカイルもさすがに否定はできない。ニヤニヤと笑みを浮かべるスカーレルに、カイルは頬を紅潮しながら拳を震わせていた。
「先生!ケーキ持ってくるから、ロウソク消してねっ。はいみんな、座って座って!」
 ソノラに言われるまま席につくと、アティは隣りに座るカイルにちらりと視線を向ける。
 そして、彼女の視線に気づいていない彼のひざにそっと手を伸ばした。
 彼女の手の感触に気づき、カイルが自分の手元を見下ろすと、小さな赤い宝石のついた指輪が、彼女の薬指でかすかな光を放っていた。
 カイルを見つめ、アティは微笑む。
「……カイルさん。私、ホントに幸せです。皆に出会えて。そして――貴方に出会えて」
 アティの手が、カイルの大きな手を優しく握る。
 カイルは照れるように頷くと、もう片方の手で、彼女の手を上から握り返した。
「――そんなもん、俺だっておんなじ気持ちだぜ?」

 月明かりに照らされた海賊船。
 その船長室の窓からは、一晩中明るい光と談笑の声が溢れていた――。


おわり

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