タケシー大好きビジュ3



「……」
 アティが部屋に閉じこもって、もう三日もたった。食事もまるでとってはいない。先の戦いで碧の賢帝を折られたことによって受けた心の傷が、アティから生きる気力を奪っていた。傷の手当てさえ満足にしていない状態だった。
「奪われる者の悲しみも……打ち砕く者の虚しさも……もう、繰り返したくない……」
 傷つけたくなかった……。
 敵からも、味方からも誰一人、何一つも。
 奪いとることなく、ただ守りたかった……。
 悲しみから、苦しみから守りたかった……。
 それだけを願っていた。
「だから、剣を振るってきた……なのに……」

 アティはわからなくなっていた。
 なにかを守るためにはなにかを傷つけなくてはいけないのか。
 どうして、自分たちは他人と一緒に生きているのか。
 ぶつかりあった想いの片方しか、かなうことはないというなら……なんのために、想いを紡ぐ言葉はあるのか。
 わかっていたのかさえももう、わからなかった。
 砕け散ったものがなんだったのかそれすらも……。
「誰か、教えてください……私が今、この場所にいるその意味を……」
 イスラの嘲笑と砕かれる碧の賢帝がアティの脳裏に過ぎった。

 そっとアティも部屋にソノラが訪ねてきた。ベルフラウは来なかったか、と。
「あのね!?ベルフラウが今朝から、どこかへ行っちゃったの」
 ソノラはアティに言いずらそうにそう伝えた。どうやらベルフラウが朝からいないらしい。フレイズたちも探しているようだが、まだ見当たらないという。
「…………」
 アティはしばらく沈黙を続けたが、次第にその眼に意思が宿りはじめた。
「探しに……探しに行かなくちゃダメ、だよね……だって……私の、生徒……なんだもの……」
 そう呟いてアティは部屋をでた。アティを動かしたのは教師としての義務感、ただそれだけだった。だが――。

「あの子は、ずっとお前の姿を見つめて成長してきたんじゃ。もう一度、よく考えてみるがいい……」
 アズリアやメイメイ、そしてゲンジ悟されていくうちに、最初はただの教師としての義務感だけでベルフラウを探していたアティも、次第に自分が目を覚ましていくのを感じた。
「パナシェくん……。私に笑顔を返してあげてくださいって、必死にお願いをしてた……」
 ユクレスの木の下で懸命に祈り続けるパナシェの姿を思い出す。
「ジャキーニさんがくれたナウパの実……。おいしかったな……」
 ジャキーニの陽気な声を思い出す。
 ――守りたい、大切なものたち。ずっと笑顔でいてほしい、大好きな人たち。ベルフラウ――。
「私……ベルフラウを探さなくちゃ……!」

「…………」
 暁の丘――岩槍の断崖にアティはやってきた。
「どうして、私、こんな場所に、来たりなんかしたんだろう」
 そこは先の戦いでイスラに剣を折られた場所だった。
 アティは周りを見渡すとしばらくの間立ち尽くしていた。
「こんなところにあの子がいるはずがないのに……」
 戻ろう、そう踵を返したそのとき――。
「なんだァ?全然平気そうじゃねェかよ……ヒヒヒッ」
 ――嘲笑とともに岩陰から男が姿をあらわした。
「……ビジュ!?」
 目の前にこの人物がたっていることがアティはには信じられなかった。
「もっとボロボロになってるもんだと思ってたぜェ」
 アティの姿を確かめるようにビジュが視線をおくる。
「……どうして……」
 アティの口から驚愕が漏れる。
「ガキと同じようなこと言ってるんじゃねェよ。イヒヒヒッ」
 そう言ってビジュは傍らに目をやる。
「ベルフラウ!?」
 ビジュの傍らにはベルフラウが手足を拘束されて倒れていた。
 ……ベルフラウは先のビジュとの行為の疲れから、気を失っていた。

「イヒヒヒッ……あのときと同じだなァ……」
「……っ、その子を離しなさいっ!!」
 そう言うと、アティは腰元の剣をビジュに向けて抜き放った。
「おっとォ!そいつをどうするつもりなんだァ?」
 ビジュはそれを気にもとめず、ナイフを取りだす。そしてナイフを持った手を倒れているベルフラウに向ける。
「わかってんのかァ……こいつは人質なんだぜェ?」
 ビジュはナイフをひらひらとさせながら、口元を邪悪に歪ませる。
「……!」
「前と同じような状況になるとはねェ……手前ェもつくづく馬鹿なやつだぜ。イヒヒヒッ……」
「……っ」
 アティは数秒葛藤を続けた後、剣を下ろした。ビジュはそのアティの様子をみると、満足そうに口を開く。
「もっとも、アズリア隊長殿や副官殿がいないのは以前とは全然違うがなァ……思う存分やれるってもんだぜェ。ヒヒヒヒヒッ!!」

 ビジュの笑い声が断崖にこだまする。だが、そんな笑い続けるビジュにアティは冷静に声をかけ始めた。
「……もうアズリアの部隊はありません。イスラはあなたを利用していただけでした」
 アティはビジュに落ち着いた口調でそう告げる。
「無色の派閥はあなたが生きていることを知れば、またあなたの命を狙うかもしれません」
 続けてビジュにアティが警告する。
「だからなんだってんだよ?あァ?」
「あなたは今、一人なんですよ!?」
 アティが真剣な顔つきで説得を続ける。
「カイルさんたちや島のみんなは許してくれます。……きっと、ギャレオさんやアズリアだって……」
 アティは言葉を続ける。ビジュを信じて――。
「もうやめにしませんか?もうあなたが戦う理由なんてないはずです……」
「……」
「お願いします……私はもう戦いたくないんです!」
 アティの言葉、それは本心だった。アティの眼はビジュとの戦いなど望んではいなかった。だが――。

「イヒヒヒ……」
 ビジュからはアティが望むような言葉はでてこなかった。ビジュの口からこぼれ始めたのは小さな笑いだけだった。そして――。
「ヒヒヒヒヒヒッ……笑わせんじゃねェ!!」
「……っ!」
「許してくれる?もうやめにしよう?戦いたくない? ……ふざけるんじゃねェ!!」
 ビジュの怒声があたりに響き渡る。
「さんざん俺様をコケにしてきた手前ェが、今さらナメたことぬかすんじゃねェ!」
 声を荒げてビジュが叫ぶ。今にもアティに襲い掛かりそうなほどの怒気だった。
「手前ェだけは絶対にゆるせねェ……戦う理由なんてそれだけで十分なんだよッ!!」
 そんなビジュの言葉に、アティの表情が悲しげに影を落とす。ビジュとアティ。お互いがわかり合えることはできなかった。緊迫した雰囲気の二人。ところがそんな二人の横から。アティともビジュとも違う、小さな声が漏れはじめた。

「う、う……っ」
 ビジュの激しい怒声に気がついたのか、ベルフラウが意識を取り戻したのだ。倒れたままベルフラウがその小さな口で呻いていた。
「イヒヒヒッ……やっとお目覚めかァ?」
「ベルフラウ!?しっかりして!?」
 アティがはっとベルフラウの様子に気がつくと懸命に呼びかける。そんなアティの呼ぶ声にベルフラウの意識は次第に覚醒していった。
「……先生?」
「ええ、そうよ。ベルフラウ」
 アティがベルフラウに向かって優しく微笑む。
「よかった……出てきて……くれたんだ……」
 ベルフラウもまたアティに朦朧としながらも微笑み返した。
「ごめんなさい……私……捕まっちゃって……」
 ベルフラウはビジュとアティに交互に視線をやると眼に涙が浮かべた。それは何に対しての涙だったのか。
 捕らわれ、またもアティに迷惑をかけてしまっているこの状況に対しての申し訳なさか。
 それとも、先のビジュとの行為に対しての悔しさ、悲しさか。
 あるいはその両方だったのかもしれない……。

「どうして、こんなところに……」
 アティがベルフラウに問いかけた。
「……だって……っ」
 ベルフラウの目に浮かんだ涙が雫となって溢れ出した。
「だって、私、先生の剣のカケラをどうしても取り戻したかったんだもん!!」
「……え」
「封印の剣は、持ち主の心の剣なんでしょう? それが折れたから貴方は、あんな風になっちゃって……」
 ベルフラウは泣きながら言葉を続けた。
「それが原因だったら剣を元通りにできれば貴方の心も、元に戻るはずじゃないの!?」
「ベルフラウ……」
 全てはアティのためだったのだ。
「だからっ、だから私は……っ」
「……っ」
 ベルフラウが今このような危険な状況にいることが、全て自分のせいだったという事実に、アティは言葉を失った。

「でも、カケラっ、取られちゃって……っ」
 ベルフラウの涙は止まらない。その姿にいつものようなベルフラウの大人びた芯の通った強さはみえなかった。今のベルフラウは年相応の泣きじゃくる子供だった。
「ヒヒヒヒヒッ……」
 そんなベルフラウの姿に一瞥すると、ビジュの視線は再びアティをとらえる。アティもまたビジュに意識を集中し、お互いがまた向き合う形となった。
「剣のカケラは俺様がもらっておいてやってるぜェ」
「その子を離してっ!」
 アティが叫ぶ。アティにとって剣のカケラなどはどうでもよかったのだ。今はただベルフラウを助けたい、その気持ちだけで。もう今のアティには部屋に閉じこもっていた、先ほどまでの迷いは完全に消えていた。ベルフラウを何としても助ける。そんな強い意思の光がアティの眼には宿っていた。

「イヒヒヒッ……おい、手前ェは今、俺に命令できるような立場じゃねェんだよ」
「……何が望みなんですか?」
 剣があれば今の状況もなんとかできたかもしれない。いや、せめて体が万全であれば……。今の体と体調では下手な抵抗はベルフラウを危険にさらしてしまう事を、アティは十分に理解していた。
 逃げていた自分をアティは悔やんだ。
「やめて!?私のことなんて気にしないでっ!!」
 ベルフラウが泣叫んだ。
「黙ってろッ!!」
 ビジュがベルフラウの腹部を蹴り上げる。ドスっと鈍い音がした。
「うぐっ!……ケホッ、ケホッ」
「やめなさい!その子には手を出さないで!」
 アティは強い口調でビジュを止める。
「前と同じことを言わせるんじゃねェよ。クソガキが……イヒヒヒッ」

 気を取り直してビジュが喋りだす。
「まずは武器を捨てなッ!」
「……わかりました」
 ビジュの命令にアティは素直に従った。持っていた武器と、サモナイト石を全て地面に落とす。ビジュに素直に従うアティをベルフラウは不安そうに見上げる。
「……先生……」
 アティはそんなベルフラウに大丈夫だから、といういつもの笑顔で微笑み返した。そんなアティの笑顔がベルフラウには悲しかった。取り戻したかった笑顔だったはずなのに、今はその笑顔が辛く見えた。
「戦いたくねェって言ったよなァ? だったら戦わなくても済ませてやるよ……イヒヒヒッ」
「……えっ?」
 ビジュの言葉にアティは困惑した表情を浮かべる。

「俺はイスラや無色みたいに手前ェの命が欲しいわけじゃねェ」
 ビジュがそう口にする。
「……もっとも以前はぶちのめして、ぶっ殺そうとも思ったがなァ。ヒヒヒヒヒッ……」。
 ビジュがアティに笑いながらそう言った。何気ない口調だった。
「このガキは解放してやるよ……誰も戦わなくていい」
 ビジュがハッキリそう言うと、アティの表情が明るくなった。
「その子を自由にしてもらえるんですか……?」
「あァ」
 その返事にアティは表情を和らげる。そんなアティの反応をみて、ビジュはニヤリと笑った。
「ただし……条件付きだがなァ。イヒヒヒッ」
 そう言うと、明るくなっていたアティの表情が一気に曇った。


つづく

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