さよなら。 後編



あの後どうやって帰ったかは覚えていなかった。
ただ覚えているのは彼が握っていた魔剣が何故か粉々に砕けていたことだけ。
頭が真っ白になって何も考えられなくなった。
気が付けばあの人も自分も海賊船に帰ってきていた。
何回も流したはずの涙さえ出なかった。
姿も声も温もりも以前と何ら変わりはない。
けれど確かに感じる違和感。
ただ、思い出を失くしただけなのに。
なのに、目の前にいる大好きな人が全く別の人間に見えるのはどうしてだろう。
「カイルさんたちは優しいね」
以前自分が使っていたベッドに横になりながら
レックスは側で黙って俯いているベルフラウに話しかける。
その声は前と変わらない。
けど、以前の彼なら絶対に「カイルさん」とは呼ばなかったはずだ。
それだけなのに、こんなに側にいるのに近くにいない気がしてくるのはどうしてだろう。
「昔もこうして優しくしてもらったのかな…?」
「―……」
以前だったらそこにあるはずの苦笑いは今はない。
彼はもう笑わない。
その事実が胸を締め付ける。
何か話して安心させてあげたいのに言葉が思い浮かばなかった。
彼が記憶を失っていることはすぐに分かった。
しかも最近の、この島にきてからのものだけ。
昔のことやこの世界の事は覚えているのに、
最近のことだけが記憶からすっぽりと抜け落ちていた。
どうせ失うのなら全て失ってもらいたかった。
そんな残酷なことすら思った。

好きな人に忘れ去られる辛さと切なさ。そして哀しみ。
目の前に彼がいても寂しさで心が壊れそうになった。
「…ごめんね。君のことだけでも思い出してあげられれば良かったんだけど…。こんな都合のいい記憶喪失なんて信じられないよね…」
記憶がなくて一番不安なのは自分のくせに。
それなのにこの人は他人のことばかり気に掛ける。
そんな所は昔と変わらない。
「君はね、どこか俺の友達に似てるんだ。アズリアっていうんだけどね、同じ学校の―」
レックスの言葉は最後まで告げられず途中で消えた。
その唇を強引に塞がれたから。
その言葉の先が聞きたくなくて我武者羅に唇を押し付けた。
―「アズリア」。
その名前が彼の口から飛び出した時今まで抑えていたものが一気に溢れ出した。
他の女の名前なんて聞きたくない。
それはどこか嫉妬に似た感情だったのかもしれない。
自分の胸の激情の正体も知らずにベルフラウは無理矢理唇を割り、舌を絡ませた。
腕を自らの手で押さえ込み、体の上に馬乗り相手の自由を奪う。
いきなりのことに戸惑い反射的に逃げをうつ舌を追いかけ、口腔を蹂躙する。
「……ふぅ…んく……」
「…っんんぅ……」
混ざり合う熱い吐息。直に感じる体温。鼻腔を擽る相手の匂い。
その全てが興奮に繋がる。
全てが欲しくなる。
全部独占したい。
「……ぁ…ベルフラウ…?」
長い間自分の口腔を犯していた舌と唇から解放されたレックスは恍惚の表情を浮べながらどこか艶のある声で名前を呼ぶ。
その声に、瞳に、体が疼く。熱く、潤むように。
「貴方の口から…他の女の名前なんて聞きたくない…!」
自分の胸に湧き上がる強く激しい想いが言葉となって零れた。
「どうしてっ…私のこと覚えてないのよぉ…! 笑ってよ…笑って、私の名前を呼んでよ…!」
ずっと堪えていたベルフラウの切なさが声になる。
誰かに止めてもらいのに止まらない衝動。
制御不可能な気持ちが溢れ出した。
「…ずっと、貴方が好きだったの……。今でも貴方が好き…好き、です……」
「ベルフラウ…」
腕を握るベルフラウの白い手が微かに震えていた。
何でもいいから言葉を返してあげたいのに何一つ返す言葉を思いつかない自分が歯痒かった。
ベルフラウは俯いたまま言葉を続けた。
「…ごめんなさい…本当は分かってるの。こんな事言ったって貴方には迷惑でしかないって。けど、私の気持ち知っていてもらいたかったから…」
「―……」
俯いたままだったのでベルフラウの表情は窺い知ることはできない。
けど、泣いているような気がしたからそっと頬に手を伸ばした。
ベルフラウは自分の頬に触れた手にそっと自分の手を添える。
そうしてその手に愛しげに愛撫しながらそのままレックスの首筋へと腕を伸ばす。
露になっている月明かりに照らされて淡く光を放つ白い首筋を指で撫でれば自分の体の下で彼の体がほんの少しだけ震えたのが分かった。
「体、触ってみてもいい?」
「…いいよ」
首筋を触れていた指が鎖骨を辿って胸へと降りる。
筋肉質なそれは自分のような柔らかさはなく、それが更にベルフラウの興奮を誘った。
掌を当てればそこから生を紡ぐ音が聞こえてきて、彼が確かにここに存在しているのだと確信して安心した。
「…不思議よね。こうして貴方に触れていると心が、指先が、呼吸してるような気がしてくるの。呼吸は口でするものなのにね」
その温もりに直に触れてみて初めて気付く。
自分はずっと何年も心が息をしていなかったのだと。
もしかしたら心は胸でも頭でもなく手にあるのかもしれない。
誰かに触れていないと、いつか冷えて息ができなくなってしまうのかもしれない。
そんなことを思いながらベルフラウはレックスの手を握るとそれを自分の胸へと押し当てる。
「ベ、ベル…」
「嫌なら無理強いをするつもりはないけれど、私は貴方に抱かれたいって思ってる。私の呼吸も、体温も、全てを貴方に感じてもらいたい。私がここに生きていて貴方の側にいることを感じてもらいたい」
そう言って少し体温の低いレックスの手にキスを落とした。
「貴方の手、好きよ」
例えその手が血で真っ赤に濡れていようとも。
汚れた所も弱い所も全てを愛したかった。
「私のこと、嫌い?こんな自分勝手な女、やっぱり抱きたくなんかない?」
突然のことに言葉を失っているレックスにベルフラウは追い討ちをかけるかのように言葉を続けた。
自分でも、ずるいと思った。
こんな言い方されて、彼が拒絶できるはずなんてないのに。
「…そのさ、恋愛感情で好きとか嫌いとか、そういうのはまだよく分からないけど君のことは嫌いなんかじゃない。これだけは確かだよ。それに君が自分勝手だとも思わない。そもそも俺が君のことを覚えてさえいれば君が傷つくこともなったんだし…。君の想いを傷つけてしまって、ゴメン。君が望むなら、その責任は取りたいと思ってる」
少し間をおいてからゆっくりと吐き出される返事。
その言葉だけ聞ければ十分。
レックスの拙い言葉を聞きながらベルフラウは自分の服に手を掛け、それを脱ぎ捨てた。
真っ白なその体は窓から差し込む月明かりと同じ色だ。
闇に映える細くしなやかなその体は息を呑むほど美しい。
「触って?」
レックスを下に組み敷いた体勢のままベルフラウはレックスの手を自らの胸へともってくる。
「その…小さくてごめんなさい…。けど、触れられればちゃんと感じるのよ…?」
頬を羞恥で真っ赤に染め上げながらベルフラウはその体温を求めた。
「…あっ……んあ……あん…」
ゆっくりとたどたどしくも優しく愛撫が始まり、ベルフラウの口から甘い声が上がった。
触れているのがあの人の指であるというだけで自分の中の女の部分が反応しているのが分かった。
「……ん…ぁ…せん、せい…名前、呼んで…?」
快感に溺れながら相手の体温を感じ、ベルフラウは吐息と共に甘えるような声を出した。
「ベルフラウ」
「……っあ…レック、ス……」
「ベルフラウ」
「せん、せ……レ、ックス……んふ…あっ……」
名前なんてそれまでは固体識別の記号でしかないと思っていたのにその声で呼ばれるだけで何か特別な意味を持ったもののように感じられるのが不思議だった。
呼び合われた名前がまるで何かの呪文のように自分の価値を変える。
その声に、自分をみつめる瞳に、触れる指に。その全てから快楽を得る。
このまま溶け合えればいいのに。そう強く願った。
でも、きっとそんなことはどんなに願ったって無理だから。
だからこんなにも強く求めてしまうのかもしれない。
胸を愛撫していた手が脇腹を通って下半身へとのばされる。
その手の動きに体をビクリと震わせながらベルフラウもまたレックスの下半身へと手を伸ばす。
衣服の上からでもはっきりと分かるくらいに誇張したそれを剥き出しの状態にするとベルフラウはその白い指でそっと優しく撫でた。
「…先生も、私を見て興奮してたの…?」
男を満足させるには決して魅力的とは言えない自分の体で興奮してくれたのならそれはベルフラウにとってひどく喜ばしいことだった。
「…っあ……はぁん……」
ベルフラウは自らの指を秘所へと這わせ、濡れそぼったそこを押し開く。
自慰の経験などあまりない彼女は指の挿入ですら恐怖を伴う。
しかし恐怖よりも快楽と相手を求める欲求の方が勝っていた。
この人の全てが欲しい―その欲望が興奮に拍車をかけた。
「…ぅふ……っく…ん……」
潤んだ声を上げながら濡れた場所を指で十分に解すと、ベルフラウはレックスの勃ちあがっているそれにそこを当て、ゆっくりと腰を下ろしていく。
「……ぅあ…!」
いくら濡れて慣らされていたとはいえ初めて咥えこむ男根の想像以上の圧迫感と異物感に小さな悲鳴が上がる。
「ベルフラウ…」
「だ、大丈夫よ…心配しないで…っふ……」
心配そうに見上げるレックスに無理矢理笑って答える。
自分から望んだことだ。
どんなに痛みを伴おうとも弱音なんて吐かずに最後までやりとげようと決めた。
最後までやりとげたいと、願った。
「…ふぅ……あ…」
少しずつ腰を沈めていくが上がる声は抑えられないし、痛みも治まらない。
けど、そんな状態にもどかしさを感じているのはきっと自分だけではないはずだ。
ならばいっそ――。
ベルフラウは一度目を閉じ、体の力を抜くと一気に腰を下ろした。
「…く、ぁああっ…!!」
高い悲鳴と共に滲んでいた愛液に赤い液体が混じった。
純潔の喪失に堪えきれない涙が溢れた。
「…ぅ……だ、大丈夫だから…本当に……」
レックスが自分に謝罪や労りの言葉をかける前に先手を打って笑って見せた。
正直痛みや圧迫感は酷かったが相手の体温や匂いを感じるだけでそれに耐え、笑みを見せる余裕さえある自分が不思議だった。
一度深く深呼吸をするとベルフラウは手をレックスの肩へ置き、痛みを堪えゆっくりと動き始める。
ぐちゅりぐちゅりといやらしい水音が耳に響く。
その音さえも更なる快感を引き出す手助けとなる。
「…はぁ……あん…ああっ…せんせ……感じる…?…私の、こと……?」
自ら腰を振り、快楽を探し当てながらもベルフラウは下で荒い呼吸を繰り返しているレックスに問う。
彼が快楽を感じていることは表情や時折漏れる声を聞けば分かったが彼の口から聞きたかった。
「…うん、感じるよ…ベルフラウのこと……っ」
「…ぁは……私も、せんせのこと…凄く感じてる……気持ち、いい…っん!」
自分にいいように動いているせいかベルフラウの体を痛みを上回る快感の波が襲う。
頭が痺れるような感覚。体の欲求に素直に獣のように相手を求めた。
まるで今まで感じていたもどかしい距離感を全て埋め尽くすかのように、揺すって、擦り上げて、快楽を求め合う。
中を擦り上げられるたび、ベルフラウの女の部分が歓喜の悲鳴をあげた。
「…っく、ベル…俺、もう……」
「……っは…いいわ…中で、出して……はんっ…ぁ…っ!」
ベルフラウの体が弓なりに反り、一瞬締め付けがきつくなる。
その刺激に促されるかのように中のレックスのものが震え、ベルフラウの中に熱い迸りを放つ。
「……は、ぁああっ…先生っ…!!」
体が、心が発熱する。言葉にならない想いが熱となって発せられる。
中でレックスの絶頂を迎えた後ベルフラウはゆっくりと腰を浮かすと中にあったものを引き抜く。
「…んぅ……先、生……」
完全に中のものが引き抜かれるとベルフラウはレックスに抱きつくようにベッドの上に転がる。
疲労感と彼に抱かれている安心感からか寝転がるとすぐに睡魔が襲い、それに従うままに目を閉じれば意識はすぐに遠のいた。
落ちいく意識の中自分の髪をそっと撫でてくれる彼の手が感じられて、もう悪夢は見ないだろうと漠然と思った。

朦朧とした意識の中、誰かの声が聞こえた。
よく耳をすませてみればそれは歌だと気付く。
低くて優しい声が紡ぐ音にベルフラウは目を覚ます。
「あ、ごめん。起しちゃった?」
声の主はベルフラウが起きたのに気付くと、口ずさんでいた音を止める。
「…そんなことないわ。それより、今の歌は…?」
完全に覚醒しきってない意識の中、ベルフラウは問う。
ベルフラウはその歌を知っていた。
その歌は――。
「…さっきね、何故か唐突に思い出したんだ。いつどこで覚えたのかは知らないけど、何となくいい歌だなって思ってつい口ずさんじゃったんだ」
「―…貴方」
ベルフラウは言葉を失くす。
だって、その歌は彼女が昔彼に教えたものだったから。
記憶を失っているはずなのに。
なのに自分との思い出の一部を思い出してくれた。
そのことがどうしようもなく嬉しくて、ベルフラウの顔が綻ぶ。
胸に巣食う不安の中に希望が生まれた気がした。
「あのさ、ベルフラウ」
寝転んだままのベルフラウにレックスが話しかける。
そっと伸ばした手に相手の手が触れて、指が絡み合う。
繋がれた指先から生まれる温もりに安心する。
「…やっぱり俺はね、君のことは思い出せないし上手く笑えない」
「―……」
分かっていたことだけれど、口に出されると矢張り辛い。
ベルフラウの表情が曇る。
「でもね」
ほんの少しだけ声が強くなる。
触れている指先に力がこもる。
「俺は諦めたくないんだ、笑うことも、生きることも。だから、君に側にいてもらいたい。色んなことを教えてもらいたい。記憶がないのは正直凄く不安だけれど、思い出はこれからいくらでも作っていけると思うんだ。今はまだ笑えないけど、これからまた笑えるよう努力するから…。昔みたいに君の名前を笑って呼べるよう、頑張るから。だから…」
だんだんと小さくなる声音。
そこから彼の弱さを感じてベルフラウは強く手を握り返す。
もうどちらが握ってあげいるのか、分からなくなっていた。
「君に、側にいてもらいたいって思ってる。昔の俺を好きでいてくれた君にこんなことを言うのは残酷だって分かってる。もしかしたら俺は不安から逃れる為に俺に好意を寄せてくれている君を利用して逃げているだけなのかもしれない。けど、俺は俺の中に生まれた感情を信じたい。大切にしたい。君の想いにきちんと応えられるまで気持ちが育つのを待っていてもらいたい」
ああ、なんだ簡単なことだったんだ。
「好き」ってそれだけ。けど、たぶん一番大切なこと。
今は幼くあやふやな想いでも、いつかきっと形になるから。
理屈はちゃんとついてくるから。
そこから新しい思い出なんていくらでも作れるから。
今は純粋な想いを信じたい。
「馬鹿ね…」
そう言ってベルフラウは唇に触れるだけのキスを落とした。
一度目は突然すぎて目を閉じるのも忘れた。
二度目はただ我武者羅に互いの熱を感じあった。
三度目のキスをして、ベルフラウはレックスに抱きつく。
優しく、全てを包み込むような抱擁。
「そんなこと言って…もう二度と離してなんかあげないんだから。覚悟してよ?」
抱きしめ返してくる腕の強さが心地良かった。
春の日も、夏の日も、秋の日も、冬の日も。ずっとこの温もりを感じていられればいい。
何年間も口に出来なかった想いを少しずつ伝えて、ゆっくり距離を埋めていけばいい。
この人と一緒ならきっと、寂しさだって素敵な思い出に変えられるから。

昔見たあの夢を現実のものに変えることだってできるから。
だからこうしてずっと抱きしめていてね。
息も出来ないくらいにキスをして、星の数より沢山愛の言葉を囁くから。
ずっと側で名前を呼んでいてね。
力強い腕の中でベルフラウは眩暈のするような甘ったるい幸福を味わっていた。

「ご苦労様、よく頑張ったわね…」
メイメイはその腕に力なく眠るオニビを抱きながら子守唄のように優しく囁く。
「私に見えていたのはおぼろげな未来でしかなかった…。きっと、こうして現実になったのは貴方と、あの子達の想いの力なんでしょうね…」
優しく指で撫でながら言葉を続ける。
「私の見えていた未来にはね、「彼」という人格は存在していなかったのよ…。彼女の会う彼はもう既に「彼」ではなく「剣」になっているはずだった。なのにこうして「彼」がここにいるのはきっと誰かが外から手を貸したからなんでしょうね…」
そう言って自分の腕の中眠るオニビを優しく見つめながらメイメイは腕の中の温もりを強く抱きしめる。

「…貴方なんでしょ、ハイネル?」
アルディラはレックスの眠っていた遺跡の中で呟く。
彼女はその場所を知っていた。
そこは、剣の生まれた場所。
床に散らばった剣の破片を拾い上げ、その綺麗な手が血で汚れるのも構わずアルディラはそれを握り締めた。
「…こんな姿になってまで…私たちの笑顔を、彼を守ってくれたんでしょう…?本当に、馬鹿な人……」
アルディラの目に光の粒が浮いた。
普通の人間が剣の侵食に耐えられるはずがなかった。
きっと、彼が最後の力で守ってくれたのだ。
一度完全に取り込まれてしまったあの人をこの世界にまた連れ戻してくれたのだ。
完全に力を失い、遺跡の意志と剣の意志に取り込まれたはずの彼の精神に再び力を与えることになった原因は分からない。
もしかしたら、誰かを想う気持ちや優しい気持ちが引き金になったのかもしれない。
新たな剣の所持者の記憶の中に昔の自分と同じ感情を見つけて、それに反応したのかもしれない。
真実なんて何一つ分からない。
けれど言おう。
この言葉を。
「でも、貴方を愛していました…マイマスター…」
そう言って粉々になった剣の破片にキスを落とした。
「アルディラ…」
不意に声を掛けられてアルディラは振り返る。
そして心配そうに佇む獣の青年に微笑みを向ける。
「安心して。もうあの時みたいに死にたいなんて言ったりしないから。だって、マスターは私の心の中に生きてるんですもの。私が生きてる限りマスターは私の心の中で生き続ける。だから、簡単に死んだりしないし忘れもしないわ。それにマスターが命懸けで守ったあの子達を見守ってあげたいの。マスターもきっと、それを望むだろうから」
そう言って剣の破片を握り締めたまま歩き出す。
「キュウマとファリエルを呼んで。貴方たちに見届けて欲しいの。私が昔の自分とさよならするのを」
その言葉に強い力を感じた。
大丈夫。もう大丈夫。この世界を愛していける。生きていける。
そんな言葉を何度も繰り返しながらアルディラは遺跡を後にした。

「人が人を愛する想いは、いつになっても変わらないものなのかもしれないわね…」
メイメイは優しく瞬く星を見つめながら呟く。
代償は適格者の思い出と一つの命。
引き金は適格者と、そして核識の記憶の中にある強い想い。
同じ形と輝きを持つ者だったからこその同調。
それ故に起こり得た奇跡なのかもしれない。
「王よ…大丈夫です…。貴方の信じたものは、こうして今も生き続けています。私はこれからも貴方の愛したものたちを見守り続けます」
メイメイは愛の言葉を吐くように言う。そこに安らかな表情を浮かべながら。

「さよなら、マスター…。愛していたわ…」
ハイネルと最後に別れた場所でアルディラはヤッファ、ファリエル、キュウマの三人に見つめられながら剣の破片を海へと落とす。
もうきっと、彼にも自分達にも剣は必要ない。
剣がなくても強くなれる、新しい力を見つけたから。
破片が風に乗り流れる。
それは星の光を浴びまるで雪か花火のように輝く。
いつか、二人で行こうと誓った島の外の遠い海へ彼を還す。
捨てるわけじゃない。忘れるわけじゃない。
けれど新しい自分に変わる為に過去の自分と訣別するのだ。
風の中で踊り、キラキラと輝き続けるそれを四人はずっと見つめ続けていた。

「先生、見て。綺麗…」
窓から見える光にベルフラウは感嘆の声を上げた。
「流れ星、みたいだね…」
「じゃあ、消える前に三回お願い事をしたら叶ったりするのかしら?」
隣にいる大好きな人に笑顔を向けながら、ベルフラウは密かにこの幸せが続くことを強く願った。
失ったものもきっと埋めていけるから。
きっとこの人の側でなら弱い自分も愛していける強い自分に変われるから。

だから泣いてばかりいた独りぼっちだったあの頃の自分に、「さよなら」を――。


おわり

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