レックス×クノン 1



「これで、ラストっ!」
廃坑の中に声が響き、俺の剣がジルコーダの胴を薙いだ。
ジルコーダは切り口から体液をさせてしばらく痙攣していたが、それもやがて動かなくなった。
「クノン、まだ敵はいるかい?」
息を荒げながらクノンに訊いた。剣を握る手にも力が入らない。正直言ってもう限界だ。
「いいえ 敵性 生物 の 反応 は 感知 できません」
無表情でクノンが答える。
体のあちこちに傷を作りジルコーダの体液を浴び、両の手刀を鋭く尖らせた女の子に無表情でいられるとちょっと怖い。
「そうか、もう大丈夫みたいだね。…お疲れ様」
張り詰めていたものが途切れ地面にへたり込んだ。剣を拭って鞘に収める。
「レックス 様」
「おわ!」
気の抜けたところに感情の無い声が突然頭上から降ってきて、一瞬びっくりしてしまった。
「戦闘モード を 解除 しても よろしい でしょうか?」
「え? ああ、いいよ」
「了解 しました。戦闘用 サブシステム を 終了 します。通常 モード に 移行中…」
俺はすることも無くぼんやりとクノンを見上げる。
三十秒ほどクノンはうつろな目でつぶやき続けていたが、彼女の目に急に光が戻った。
「通常モードに移行完了」
そういうとクノンは急に崩れ落ちるようにして倒れた。慌てて抱き起こす。
「クノン! どうしたんだ!?」
「心配要りません。通常モードに移行した際にリミッターを再設定したら、脚部関節の一部が動作不能になっただけです」
「???」
よくわからないが、さっきの戦闘で脚に負担がかかって動けなくなったらしい。
「他に怪我はないの?」
「いいえ、脚部以外の状態は良好です」
「よかった。…クノンが壊れちゃったら、俺、悲しいからさ」
「レックス様…」
不思議そうな顔を浮かべるクノン。彼女が口を開きかけた、その時、
「おおーい、大丈夫かぁ!?」
廃坑の入り口のほうからカイル達の声が聞こえてきた。やっとこさお迎えが来たようだ。
「みんな来てくれたみたいだね。帰ろうか、クノン」
クノンを立たせようとするが、倒れかけて慌てて支える羽目になった。
「ごめんごめん、歩けないんだっけ。じゃあおぶっていくよ」
「え、あ、あの、わあぁ!」
クノンをおんぶして立ち上げる。小柄なクノンの体は…結構重かった。さすがフラーゼンだ。
「しっかりつかまってて。ちゃんとラトリクスの集落まで送ってってあげるから」
クノンの細い腕が首に回され上半身が俺の背に預けられる。
「レックス様…ありがとうございます」
「ん。アルディラの薬の材料は持った?」
「ちゃんと保管してあります。私はそのためにここに来たのですから」
耳元に囁かれる誇らしげなクノンの声。おんぶしてて顔は見えないが、きっと微笑みを浮かべているのだろう。
「よし、しゅっぱーつ!」
一声あげて気合を入れると、ゆっくりと歩き出した。仲間の待つ方へ。

帰り道はいつも以上に賑やかになった。
何しろ俺とクノン以外は戦闘をほとんどしてないのだ。
ソノラとベルフラウはお喋りを止めることを知らない小鳥のように話し続けた。
いつもと違ってメンバーにクノンがいるので、話題は自然とクノンとアルディラについてに集中した。
クノンも話題を振られたら黙って無視するわけにもいかず、彼女の口数はずいぶん多い。

今まではラトリクスからもほとんど出ず、アルディラ以外の島の住民とも会話を滅多にしなかったこと。
アルディラの世話が仕事の大半だったが、
俺たちが流れ着いてから看護用フラーゼンとしての本来の仕事ができてうれしいこと。
アルディラは、暇なときは『夕時だよ!全員集合』などの記録ディスクを見るのが趣味だということ。

いろんなことを話しながら歩く。気がつくとラトリクス集落の入り口に差し掛かっていた。
「俺、クノンを送ってから行くよ。皆は先に帰ってて」
「え〜、あたしも送ってくよ〜」
「だ〜め、ソノラは今日の夕食当番でしょ?」
スカーレルの指摘にソノラがぷくっと頬を膨らませた。
「ぶーぶー、しかたないなぁ。じゃあ、今夜はせんせーの好きなえびスープにするからね」
「それはお前の好物だろ」
「ちがうよぉ!」
笑い声とともに仲間たちが去っていく。それを集落の入り口で見送って、
「行こうか、もう少しだから」
よいしょ、とクノンを背負いなおして歩き出した。
夕日の茜色がビルの滑らかな外壁に反射して集落全体を染めた。
街灯がつき始め、俺たちの影が複雑に踊る。先ほどと違い、二人とも黙って進む。
ふと訊いてみた。
「疲れたかい?」
「え?」
「さっきさ、あの二人のお喋りにずっと付き合ってたろ? いつもあんな感じなんだよ」
苦笑してみせる。しかし、俺の背でクノンが首を振る気配がした。
「私、あんなに会話をしたのは初めてでした。とても興味深かったです」
「へえ、どんなところが?」
「お二人の会話は論理的な飛躍に満ちていて、人間の発想の柔軟さを感じさせます」
「…そうなんだ」
その感想はどうかと思ったがツッコミをいれないでおくことにした。
「ところで、どこまで送っていけばいいの? アルディラのところ?」
「リペアセンターの地下までお願いします。そこにフラーゼンのメンテルームがありますので」
「はいはい」

リペアセンターまでつき、エレベータで下る。
地下階は地上と違い殺風景で薄暗い廊下が広がっていた。
薬品庫や演算機室、メンテルームなど、地下に用があるのがフラーゼンだけだかららしい。
「奥から二つ目の部屋です」
やっと着いた。はっきり言って結構しんどかった。
メンテルームと書かれたプレートが張ってあるドアを開けると、部屋の真ん中には椅子の背もたれを倒したようなベッドのようなものがあって、その周りを様々な機械が埋め尽くしていた。どの機械がなんに使われるかさっぱり分からない。
「ベッドに寝かせてください。あとは私一人でできます」
彼女を背から下ろし、ベッドに座らせた。ベッドサイドの機械をなにやら操作するクノン。
「なにか俺に手伝えることある?」
クノンはちらりと俺のほうを見て、少し考えるようなしぐさを見せるとポケットから小さな包みを取り出した。
「免疫剤の原料です。アルディラ様にお渡し下さい。作り方はアルディラ様もご存知ですから」
「俺が渡していいの? クノンが苦労して採ったのに」
「免疫剤の定期摂取予定日は明日です。
 しかし私のメンテナンス終了予定時刻は2日後の13時22分。これでは間に合いません」
「そうなんだ。うん、分かったよ。ちゃんとクノンのことは話しておくから」
「よろしくお願いします。今日中にお渡し下さい」
そう言うと、クノンはまた機械の操作を再開したり、体にコードを繋いだりしていたが、やがてベッドに身を横たえた。
「メンテ前処理は全て終了。これより機能停止します」
「ああ、ちょ、ちょっとまった!」
「はい?」
俺の呼びかけに体を起こし小首を傾げる。
「何の御用でしょう?」
「あー、特に用はないんだけど…。とにかく今日はお疲れ様」
そういってクノンの頭をなでた。さらさらとした髪の感触を指の間に感じる。人間の髪とまるで変わらない。
「髪、すごいね。人間みたいだ」
ぽつりと感想を漏らすと、クノンは一瞬意味を図りかねているみたいだったが、
「私の体表部は人間のそれと同じ感触になるように作られています。患者の安心のために必要なのです」
といった。その言葉を聴いて興味がわいた俺は髪から頬へと手を移動させてみた。手のひらでそっと撫でる。
「…本当だ」
体温(というべきなのか)はちょっと低めだが、ひんやりとした柔らかくすべすべの頬は触ってて気持ちがいい。
「…レックス様」
「あ、ごめん!」
あわてて手を離す。怒られるかと思ったが非難する様子はなかったのでほっとした。
「御用がないならばメンテナンスを開始したいのですが」
「うん、俺ももう行くよ。じゃあね。おやすみ」
「……おやすみなさい」
廊下に出る。機械の作動音が背中越しに低く聞こえてきた。
手にはクノンの感触がはっきりと残っている。
そういえば最近ご無沙汰だったななどと考えながらリペアセンターを後にした。


つづく

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