レックス×クノン 2



二日後。

俺はリペアセンターの地下にやってきた。一昨日と同じ廊下を足早に歩く。
クノンの言った終了予定時刻はもうすぐだ。
「お邪魔しまーす」
小声で挨拶してメンテルームを覗き込む。クノンはまだ眠っていた。
メンテナンスの際に取り換えたたのだろう、一昨日の戦闘でぼろぼろになった服ではなく、まっさらなおろしたての服を着ていた。
周りの機械類はほとんど動いてない。
ベッドの端に腰掛けて彼女の目覚めを待つ。

ピーッピーッピーッ!

突然機械のひとつが音を立てて鳴り出した。
慌てて音の発信源を探すが、どの機械が鳴っているのかさえ分からない。
きょろきょろしていると、いつのまにかクノンが目を開いて上半身を起こしていた。
「起動完了。システムに問題なし。…レックス様?」 
「おはよう、そろそろ終わるころだろうと思って、会いに来たんだ」
「そうですか。それはどうも」
「ちょ、ちょっとまって!」
ベッドから降りようとするクノンを俺は慌てて止めた。
「何でしょう?」
「クノンのためにプレゼントを持ってきたよ。退院祝いって奴かな?」
俺は手に持っていた紙包みを差し出す。
「まずはお花だよ。ジャキーニさんのところから貰ってきたんだ。あの人ああ見えて花だの植木だのが好きみたいでさ、果樹園の隅に植えてあるのを分けてもらったんだ」
「ありがとうございます。…花にもいろいろな種類があるのですね」
「そして、これは俺の手作り」
といって俺は2つ目のプレゼントを差し出した。受け取って広げてみるクノン。
「看護帽…ですか?」
「そう、当たり。前の看護帽がぼろぼろになっちゃったから、新しく作ってみたんだ。俺って結構、裁縫うまいだろ?」
「………」
「ここんところにクノンって刺繍がしてあるだろ。これ、スカーレルに習ってさあ」
「………」
「一度綴りを間違えて、最初からやり直すはめに…って、クノン?」
見ると花束と看護帽を胸に押し抱いてうつむいている。
「どうした? もしかして嬉しくなかった?」
「………」
うつむいたままで首を振る。
「私、贈り物をいただくなんて初めてのことで…とてもうれしいんです」
クノンが顔を上げた。
「本当に…ありがとうございます」
そういって微笑む。
「…クノン…?」
始めて見るその笑顔。
さらりと流れる前髪。
目の端にわずかに浮かぶ涙。
「…涙?」
「え?」
そっと手を伸ばす。
クノンの頬に触れ、それからゆっくりと目尻に光るものをぬぐった。
「やっぱり、涙だ」
「え? え?」
「ほら、見てごらん」
クノンの目の前に指をさし出した。
クノンは俺の指先を濡らす涙を不思議そうに眺める。
「涙、ですか?」
「そう。君の流した涙だよ」
「私が?」
瞬きをして、俺の顔と指先を交互にみる。
「私が、涙を…」
その言葉に俺は頷いてみせて、彼女の手から看護帽をするりと引き抜いた。
「さ、帽子被せてあげる。動かないで」
右手で看護帽を持ち、左手でクノンの頭をゆっくりと撫ぜる。
耳の上辺りから、後頭部へ。
そのまま指先をうなじのほうに伸ばす。
後ろ髪を下から上へ逆立てるように撫で上げ、またそっと撫でつけた。
「レックス、様」
クノンの眼が俺を見上げる。
「じっとしてて」
右手も帽子を持ったまま彼女の髪に伸ばすと、彼女の頭を俺の両手で抱え込む形になった。
看護帽の形を整え、ゆっくりと頭に載せる。
「こんな感じかな?」
「…どうですか?」
「うん、よく似合うよ」
瞬きせずにこちらを見つめるブラウンの瞳。
気がつくと、俺たちの顔はずいぶんと近づいていた。
「あの、このお礼は必ずしますから…」
吐息すら感じられる二人の距離。
形の良い鼻。小さい唇。
「クノン、」
知らないうちに、こんな言葉が口をついて出た。
「お礼、今貰っていい?」
「?」
疑問をさしはさむ余裕も与えず、俺はクノンの唇にキスをした。
彼女の両肩に手を置いて、軽く引き寄せる。
彼女の唇は人間のそれとまったく代わらず、弾力や湿り気さえも再現されていた。
その感触がうれしくなって、彼女の上唇を俺の唇ではさむようにしてさらにキスする。
キスしながら表情を伺う。嫌がるふうでもなかったが何か考えているようだった。
唇を離して訊いてみる。
「あー、もしかして嫌だった?」
ぼうっとした目でこちらを見つめながら、軽くかぶりを振る。
「いいえ、キスというものをしたことがなかったので。経験がないものについて是非の判断は出来ません。…知識としては知っていたのですが」
「はあ」
「でも、レックス様のおかげでキスについてのデータを取ることが出来ました」
「それは…どういたしまして」
予想もしなかった反応に呆然とする俺。溜息一つ。
ちらりと見るとクノンは自分の指で唇をなぞっている。さっきの感触を反芻しているのだろうか。
「何してるの?」
「先ほどの口唇部の感覚の再現を」
そこまで聞くと俺はまた顔を近づけてクノンの唇を奪った。
今度はわざと音を立ててみせる。
「…どう?」
クノンは目を半分だけ閉じると、今度は彼女のほうからキスしてきた。
今のわずかな間に学習したのだろうか、俺がしたのと同じキスが返ってくる。
キスを続けながら、クノンの肩に置いていた右手を首筋に伸ばした。
一瞬の間を置いて、クノンの手が俺の首に伸びてきた。
人差し指でつつっと撫でると、クノンの指も俺の首に這う。くすぐったい。
…フラーゼンもくすぐったいっていう感覚はあるのかな。
そう思いつつ触っていると、クノンが
「あう」
といって軽く身をよじった。どうやらくすぐったかったらしい。嬉しくなる。
相手の後頭部に手を沿え、キスの回数を増やす。
クノンも俺の頭に手を回してきた。
「ふぅ、ん! んむ…」
息をつくために唇を離したが、すぐに相手の唇が追いかけてきた。
そろそろ、頃合いかな。
キスを終えて、身を引いた。
「はい、おしまい」
照れくささを隠すために、両手を広げてわざとおどけた調子で言ってみる。
肺の中の甘ったるくなった空気を大きく吐き出す。空調の聞いた部屋の空気が新鮮に感じられた。
「お礼は確かに貰ったからね。キスのデータの参考になったかい?」
自分でも早口になっているのが分かる。クノンと目を合わせられない。
「……」
「俺もそんなに経験あるわけじゃないし、上手いかどうかもよくわかんないけどさ」
あはは、と笑ってみせる。息をついても胸の奥底に熱いものが凝ったようになっていて落ち着かない。
「……」
クノンはじっと俺の顔を見ている。
「なんだかファーストキスの相手になっちゃったみたいだし、お礼の貰いすぎかな、なーんて」
「レックス様」
「ひゃいっ!」
唐突に声をかけられたので声が裏返ってしまった。
「具合が悪いのですか? 体温、血圧ともに高いようですが」
「そ、そんなことないよやだなあクノンはいったい何を根拠に」
クノンの両手が動く。一つは俺のおでこに当てられ、もう一方の手で手首をつかまれた。
「ほら、やはり正常値ではありません」
俺の体を掴んだまま、顔からつま先までじろじろと観察する。
「もう放してよ。本当になんでもないから」
クノンから離れようとするが、お構いなしに体をべたべたと触ってきた。
まぶたの裏をめくられ、頚動脈を図られ、「レックス様、舌を出してください」と言われ…、終いには心臓の上に柔らかな手がのせられた。
「うーん、診断が下せません」
悩みだしてしまった。
俺は俺で早く血圧下がれ体温下がれと心の中で祈る。
「……」
看護師としての沽券にかかわるとばかりに考え込むクノン。
まるですねているかのように口を尖らせているのが可愛い。
(ああ、あの唇にさっきキスしちゃったんだよなあ。ふっくらしてて柔らかくて…。女の子に触ったのも軍学校以来だし…。フラーゼンってどこまで人間そっくり)
「分かりました!」
「!」
思考を中断された。
クノンは確信を持ってこちらを見つめている。
「レックス様は性的に興奮なさってます」
「!?」
驚愕した。言葉も出ない。
「普段使わない知識データだったので探索に時間がかかりましたが、間違いありません」
「な、な、な…」
「そう考えると体温・血圧・脈拍以外に異常な点が認められないのも説明がつきます」
「お、俺はやましい事なんて考えてないって!」
「やましい事が何を指すのか私には分かりませんが、レックス様が性的に興奮…」
「違う!」
大声を出してさえぎる。頬がかあっと熱くなった。
クノンの不満げな眼差しが俺の心を見透かしているように感じられた。
「嘘です。 私の診断は間違ってなんか」
「いやいやいやいやそんなことない、勘違いだよ!」
さすがにこの言葉にはクノンが不快そうな顔をする。
「私の看護師としての能力を疑うのですか?」
俺はふるふると首を振った。
「では性的に興奮しているという診断も納得していただけますね?」
俺はぶんぶんと首を振った。
「そ、そんな事言ったって、証拠がないじゃないか」
クノンはこっちを睨んで言い返す。
「証拠? ありますよ」
そういうとおもむろに手を伸ばしてきた。
ベルトとベルトの間をするっと通り抜け、クノンの手が俺の股間を掴む。
「うひゃあっ!?」
「ほら、男性器が勃起しているではありませんか」
反射的に逃げようとしたが、圧し掛かられてそれも叶わない。
ズボン越しにクノンの手が俺のモノをさわさわと撫でる。
「やはり予想通りでした」
「こら、やめなさい!」
「私のデータベースは万全です。だから診断も完璧なのです」
「あ、あう、触んないで…」
「分かりましたか?」
クノンの手に合わせてもぞもぞと動くベルトガード。クノンの勝ち誇った表情。
それらを見比べているとひどくマゾヒティックな気分になってきた。
「…ごめんなさい…」
手の動きがぴたりと止まり、ガードから引き抜かれる。
「よろしい。では診断はこれで終わりです。お大事に」
ぶつり。頭の中で何かが弾けた。
クノンを跳ね除けるように起き上がると、その勢いのままベッドに押し倒す。
「さっきまでキスもしたことがなかったくせに! ”データベースが万全”だって!?」
荒々しく唇を奪う。さっきはライトなキスだったが、今度は舌を入れるのに躊躇しない。
「うむ、ん、んあ、ん、ん、ん…」
抵抗されるかと思ったが、別にそんな様子はない。
「やれやれ! ”経験がないものについて是非の判断は出来ない”のかい?」
意地悪くそう訊いてみる。
すると、クノンはこくんと小さく頷いた。
…夢中で舌を差し入れる。
さらっとした唾液に包まれた歯と舌があるのが分かる。
「ふうん、こんなところも人間そっくりにできてるんだ」
感心していると、俺の口内にも舌が侵入してきた。
糸を引くようないやらしいキス。
俺たちは固く抱き合うと唇、耳、頬、首筋と、際限なくキスを繰り返した。


おわり

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