カイル×アティ 2



 琥珀色の瞳に見下ろされ、アティは反射的に身をすくめてしまうような威圧感を感じた。その両の瞳に宿る光は、夜陰に紛れてむさぼるように彼女を抱いたその時のものと未だ変わらず、視線を合わせただけで背筋がぞくりとあわ立った。彼のその視線一つで、まだ体の奥底に熾火のようにくすぶっている夜の残滓が暴かれたような気さえする。
「肩…の傷は? 痛みはひどくはないんですか?」
 ほんの数刻前までこの腕と胸の中で嬌声をあげ、されるがままに肌を許していた生々しい記憶をまざまざと思い出しそうになり、アティは努めて静かな声でカイルに問いかけた。問いかけながら指を伸ばし、彼の肩に包帯の上からそっと触れる。先ほども彼が眠っている間に一度確かめたが、まるで何もなかったかのように平然と腕と肩を動かしている様子に否応なく心配になる。
 おそるおそる指先だけで彼の肩に触れている彼女のその指を、無骨で節の目立つ手が握りとめる。その彼の手の熱さに、アティは一瞬彼が高熱を出しているのはないかと焦ってしまう。
「カイルさん、熱とかないですか? こんなに熱い手してるなんて…」
 気遣ったはずの言葉に返されたのは、小さな舌打ちの音。
 驚くというよりもその彼の反応に呆然となってしまう彼女に、琥珀色の瞳に野生の獣を思わせる光を宿したまま、彼は低く呟いた。
「いらねえ心配をするくらいなら、勝手にいなくなるな」
 いらない心配なんかじゃありません。だってこんなに手が熱いのに。
 微量の抗議と大部分の懸念、そして間違いなく痛みはまだあるはずだという確信からのそんな言葉を言おうとした矢先に、アティを取り囲んでいる檻がにわかに狭まった。
 剣呑と言ってもいい視線で彼女を見下ろしていた琥珀色の瞳が一瞬細くなり、幅のある張り出し窓の窓枠に座っている彼女の上に、鍛え上げた鋼のような逞しさを持つ線で構成された男の体が覆いかぶさる。
 今しも言葉を発しようとしていた淡紅色のやわらかな唇を塞いだ口付けは当初こそついばむ
ように優しかったが、ほどなく言葉どころか吐息をも奪うように深くなる。息を継ぐごとに潤んでいく彼女の蒼い瞳を琥珀色の瞳が時折射抜くように見据え、夜明け近くにまで及んだ交わりの余韻が徐々に彼女の瞳や肌に蘇るのを、その瞳が冷静なまでに確認する。
 それでも彼女が必死に何かを言おうとする都度、言うなと言わんばかりに深く唇を重ねる。カイルの胸を押し返そうとしていたアティの手が弱々しく震えだし、何かを堪えるかのように自分を捕らえる檻と化している彼の腕にすがる。
 まるでその頃合を待っていたかのように、彼の右手が彼女が今羽織っている自分のシャツの下に滑り込む。
「…あ、あ…やっ…!」
 これまでに幾多の敵を屠ってきたはずの彼の右手が、淡く染まり始めたアティの肌を残酷なまでの優しさで蹂躙する。既に知らない場所などないはずのその白くきめ細かな肌を堪能するかのように指を這わせ、手のひらで滑らかな感触をいとおしみ、彼の手にも少し余るほどの豊かな胸を欲しいままにして、その手の内で遊ばせる。
 夜陰であれば甘えた声を出すことも覚えているはずのアティの声は、頬だけでなく首筋から胸元まで羞恥の色に染め上げられつつも懸命に抑えたものでしかない。口付けと肌への愛撫だけでも、つい先ほどまで肌を重ね合わせていた感覚と熱さを思い出させるには十分だが、何もかもを照らし出してしまう清冽な早朝の光の中のせいか、駆逐されつつある理性にすがるかのように、彼女は嬌声を堪える。
 それが苛立たしいと言いたげに、カイルの手が彼女の肌をかろうじて隠している衣服を引き剥がす。
 昨夜同様に、彼女のわずかな抵抗などまるで意に介さない強引さで露にされた白い陶器のような肌には、その白い地を染め抜いたかのような紅い花が幾輪も咲き誇っていた。その花を刻まれている彼女は、早朝の光が恥ずかしいと両腕で胸の辺りを隠すような仕草を見せたが、両の手首を掴まれて押し広げられ、くっきりと浮かぶ鎖骨の少し上から首筋にかけてこの日最初の花を散らされてしまう。
 鮮やかな初花の刻印が一つ増えるそのたびに、吐息に艶が増し、優美な曲線を描く細い腰が震えた。背後からの朝陽に照らされる檻の中に閉じ込められ続ける切なさに瞳を潤ませながら、アティは自分の胸の辺りに顔を埋めているカイルに途切れがちに囁いた。
「……こんなとこ…じゃ…やで……す…」
 吐息交じりの懇願に、彼は顔を上げる気配もない。その言葉の内容とは対照的なまでに、艶めいた切なさは彼女をえもいえぬ色香に彩り始めていた。
 懇願の言葉を囁きながらも、固く閉ざされている細い両足が震え、否応なく体の中心から湧き上がる快感の前兆に座っていることすら耐えがたいと言うかのように細腰が時折小さく揺らめく。
「生憎、待てねえんだよ」
 必死の懇願をいとも簡単に振り捨てるカイルの無遠慮な声に、そんなと涙で潤んだ瞳を見開くアティをよそに、彼は右手で白く豊かな胸をすくいあげるように包み込む。
「カイ、ルさ…おねが……あっ、あ、やぁ…っ」
 無粋な力強さを形にしたような太い指が、胸の先で既に痛々しいほどに熟れきっていた紅色の実に触れ、先ほどの無遠慮さが嘘のような優しさでゆっくりと愛撫を加えていく。
 窓にそっと寄りかからせ、くびれた細腰に手のひらを這わせながら、彼は愛して欲しいと主張する紅色の実をその要求通りに舌先と唇で可愛がる。軽く歯をたてると徐々に高くなり始めた嬌声が跳ね上がり、意味をなさないその声が言葉以上に彼女の昂ぶりを伝えてくる。
 熱い手が肌を這うだけで体を震わせ、花の上に更に花びらを落とされ、堪えきれない声を静かな朝の空気に響かせ、快感の先触れが体の中心から拡散する分だけ白い肌が汗ばむ。
 他のことなど考えず、快感を追うことと彼が与える感覚を感じ取ることだけを夜毎教え込まれた肢体は、今がもうじき日が昇り始める明け方近くだということを忘れ、自然と目を閉じて視覚という感覚を遮断する。
 ようやく我を忘れ始めた彼女に唇の端に笑みを浮かべ、まだ覚めやらぬ恋慕と情欲をその胸の内にたぎらせながら、カイルは切なげに震えるすらりとした足に無造作に触れた。
 先ほどから愛撫を受けるたびに小さくすり合わせられていたそれらは、既にうずき始めてしまっている快感の源を懸命に閉ざしている。けなげさすら感じさせる必死な風情で侵入者の熱を拒んでいるそれらの間から、時折ひときわ濃く鮮やかな花弁が覗く。
 しなやかな線を持つそれらを、彼はまるでからかうかのように幾度も軽くなで上げる。予感めいた軽い愛撫に涙ぐみながら背をそらすアティの唇を一度深く奪い、彼女以外の誰にも聞こえない距離で彼は囁く。
「…アティ」
 乱暴な声音でも、苛立ちを露にした口調でも、昨晩からたぎらせたままの欲望のままでもなく、ただ、いとおしげに一度名を呼ぶだけで、十分だった。
 かろうじて形として残っていた理性という名の歯止めがあっけなく消え、その肌の内で狂い出していた快感と熱がすすり泣きとなって発露する。かわいそうなくらいに震えていた両足は容易く解かれ、日にも当たらない内股の柔肌を浅黒い手がたどる。
「ま、待って…待ってく…ださ…あ、だめ…!」
 いやいやと幼子のように首を振ってしまったのは、羞恥を感じてしまう最たる部分に触れられることがあまりに恥ずかしかったからだろうか。それとも、間違いなく歓びを感じてしまうことに背徳感に似た感情を覚えたからだろうか。
 ひそやかに、けれども待ち焦がれていた分だけ、夜露とも朝露ともつかない雫に濡れそぼった蕾は丹念に解きほぐされ、昨夜月光の元で咲かされた時と同様に、その花芯まで花開かされる。
 怪我をしているのにと気遣ったはずの彼の肩にすらすがり、すすり泣くことを余儀なくされながらも、心の奥底で求めていた感覚が今欲しいと肌が鳴く。
 彼が欲しいと言葉には出来ず、出来ないがゆえに白い肢体を淡く染め上げ、もてあましてしまうほどのその熱に咲き初めていくたおやかな体が鳴く様は、たった一人の男の腕の中で幾夜も愛され続けた証そのもの。
 同じ腕に閉じ込められ、同じ胸に抱かれ、同じ熱を与えられ、他の存在の介在など許さないと告げられ続けたもの。 自分では満たすすべなど知らず、彼でないとどうすることも出来ない情欲に焦がれ、細い腕に精一杯の力を
こめてすがるアティの膝にカイルは手をかけた。


おわり

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