紆余曲折



「でも毎日毎日・・・あなたも飽きないもんよね」
「いいじゃないか。本人が満足しているんだから」
とある日の昼下がり。今日もまたここギブソン・ミモザ邸ではテラスでお茶会が進んでいた。
とは言っても本日は家主である二人しか出席はしていないのだが。
仲間達は各々、修行なり買い物なりと彼方此方に出かけていた。
「本人は満足って・・・最近ケーキの量が増えてきてる気がしてならないんだけど」
「君も食べれば良いじゃないか、ミモザ」
「遠慮しとくわ。あなたが食べるのを見てるだけでお腹一杯だもの」
(あなたみたいにいくら食べても太らない体質なら喜んで食べるだろうけど)
心中で自嘲気味にミモザは呟きアールグレイをひと啜り。
「あの、ミモザさん?」
「あら・・・どうしたのカイナ?」
しとやかな声に視線を移せば、エルゴの守護者であるカイナがちょこんと立っていた
「どうだいカイナ。君も良かったらケーキでも」
「いえ、今は遠慮しておきます」
空になったケーキ皿を山のように重ねたギブソンの誘いを微笑で断るカイナ
「何か探しもの?」
「ええ、似たようなものです。マグナさん・・・何処に行ったか御存知ではありませんか?」
「あの子? あの子なら買い物に出るって言ってたような・・・」
虚空を見上げ記憶を探っていたミモザだったがその口がにやり、と歪む
「カイナ・・・そういえば最近あの子と良く一緒にいるわよね?」
「い、いえっ・・・!? 別にそのような事は・・・」
反応良好。一寸突付いただけでカイナは赤面し、うろたえる
普段冷静な分こうした何処か慌てた顔は見ていて中々楽しいものがあった。
「・・・・・・ミモザ?」
「はいはい」
そして、相棒のジト目。こちらはもはや見慣れているだけに何を言おうとしているのかは直分かる
―その辺で悪戯も止めておけよ。まあそんな所だろう
「しかしまあ・・・カイナとあの子はちょっと似てる所・・・あるからね」
「似ている所、ですか・・・?」
「あたし達に会った直前のカイナと、初めて派閥に連れてこられた頃のあの子の目が・・・なんとなく似てるのよね」
「はあ・・・」
それだけ聞かされても今ひとつカイナは理解できないらしく首を傾げてみせる
「ま、それは置いておいて。多分あの子なら繁華街よ」
「はい。どうも有難うございます」
こちらの笑顔にカイナは同じく笑顔と会釈で返し、足早にテラスを去って行った。
「―まさかあの子がこんなに異性に興味を持つなんてね。正直ビックリしたわ。これもマグナ君の魅力ってやつかしらね」
一年前の彼女を知っているだけに、驚きを隠せないといった調子で語るミモザ
「まあ、それだけ周囲と打ち解けるようになったって事だろう」
ギブソンが言う。見れば空の皿の量が倍になっていた。
「しかし・・・ミモザの言うようにあの二人は確かに似たもの同士かもな」
「ええ・・・」
二人とも、普段は見せないが奥に秘めているものがある
時折覗かせる”孤独を知る者の目”
寂しげで愁いに満ちていたその瞳には今は沢山の仲間が映っている。
「あの子達だから大丈夫だとは思うけど・・・ああいう目をした人って意外と・・・」
ここで紅茶を啜る。いくらなんでも危惧しすぎだ、と言葉ごと紅茶を喉に流し込んでゆく。
―そう、意外と脆い心を持っている

(私は・・・マグナさんの事をどう思っているのだろう)
繁華街を進みながらカイナはそんな事を考えていた
姉と再会したのは良いが、彼女は記憶を失っていた。
流石に落ち込んでいたカイナを特に励ましてくれたのはマグナだった
それ以後も何かにつけては彼はカイナと良く行動を共にし、ファナンでは祭りの見物にも出かけた
(マグナさんは・・・私の事をどう思っているのだろう)
考えが逆転し、頬が赤くなる
取り合えず嫌われているわけではないだろう。私が彼を嫌いでないように。
だが、この感情が彼を慕うものであるのだろうか?
敬虔な巫女として、シルターンの鬼道のしきたりに従う以上異性との接触は皆無であった彼女には胸の奥にあるその感情が何であるか、理解できずにいた。
(この感情が何であれ・・・今はただ、マグナさんと一緒にいられれば)
最近特に、そんな事ばかり考えてしまう。
それと同時に自らの格好が気になるようになっていた。
シルターンの、特に巫女の装束はこちらの世界では珍しいものだ
それだけに今こうして繁華街を歩いていても時折好奇の目を向けてくる者も少なくない。
戦いなれているだけにそういった気配には敏感である
逆に、沢山の者達から注目される事には慣れていない。
今は自分一人だという事がカイナの不安を煽った。
(マグナさん・・・)
自然と歩く速度は上がり、マグナの姿を探し繁華街を彷徨い歩く。
「・・・あっ」
数十分が経った頃、ようやくにしてカイナは見慣れた彼の姿を見つけた
顔が自然と綻び駆け寄る。
・・・が、その足はマグナの遠方で止まってしまった。
確かにマグナは居た。ただし女性を伴ってだったが
(アメルさん・・・)
間違いなくそれは仲間である豊饒の天使―アメルだった
雑踏の中で留まり、二人の様子を黙視する。見たくは無いと脳裏では否定するが目を離す事が出来ない。
二人は雑貨屋の露店の前で止まり何やら楽しげに話している所だった。
会話の内容は距離と周囲からのざわめきで聞き取る事は出来ない。
(アメルさんのあんな表情・・・今まで見たこと無かったな)
普段から笑顔の絶えない彼女であったが、マグナと二人だけの時はこんな顔をするのか・・・
―まるで恋人同士の様に
(・・・恋人・・・)
自らの脳裏に浮かんだその言葉が頭の中で何度も繰り返される
同時に、鋭利な刃物で突き刺されたかのようにずきりと胸が痛んだ。
「・・・・・・っ」
結局カイナは二人に声を掛ける事もせぬまま、来た道へと踵を返し駆けて行ってしまった
聞こえないはずのアメルの笑い声が聞こえるような気がして、カイナは足を早めた。

「・・・・・・あれ?」
「どうかしましたか?」
露店を見つめ、あれこれ悩んでいたマグナが不意に顔を上げた
小物を手に取り見ていたアメルが不思議そうな顔をする
「いや・・・今」
(カイナが居たような気がしたんだけど・・・)
だが今カイナはギブソン・ミモザ邸にいるはずだ。
気のせいだな。とマグナは軽く頭を叩く
「いや、何でもないよ。それより続けようか」
「変なマグナ。あ・・・これなんかどうです?」
くすくすとアメルが笑い、二人は再び露店を物色し始めた。

「・・・カイナ、いるかい?」
夕刻、繁華街から帰ったマグナは真っ先にカイナの部屋を尋ねていた
「・・・・・・?」
ドアをノックするが、何時ものような返事が返ってこない。何処か別の場所にいるのかとマグナが去ろうとした所で中から応答があった。
「・・・どうぞ。鍵でしたら開いています」
普段と違ってか細い声に不安になりながら、マグナはそっとドアを開けた。
西日が窓から差込み、ベットに腰かけるようにして俯いているカイナを照らし出している
「・・・カイナ?」
明らかに普段と様子が違う。
「カイナ、何か・・・」
「いいんですよ?」
「え?」
くぐもった声で話し出そうとしたマグナをカイナが制す
「私なんかに気を使わずに、今日みたいにあの人の側にいても。私は別に何とも思っていませんから」
「やっぱりカイナも、繁華街に来てたんだ。でもそれは」
「あんな事があった後ですし、尚更・・・アメルさんには誰かの助けが必要なはずでしょう?」
マグナの返答を待たずカイナはまくし立てる。その声は震えていた
封印の森での出来事。確かにあの一件はマグナやアメル、それにネスティにとって衝撃的なものだった
―だけど、それを乗り越えたからこそ俺達はこうしているんじゃないか?
胸中で呟くマグナ
「どうしたんだよカイナ。急に・・・変だよ?」
未だ俯いたままのカイナの肩に触ろうとマグナが近づく。
「・・・来ないでください!」
その体を、顔をあげたカイナの手がどん、と突き飛ばしていた
「っ!?」
たたらを踏むマグナ。感情に身を委ねたカイナの手からの衝撃は思いのほか強く不意だった事もありマグナの手に握られていたものは床に落ち、金属音を立てて転がった。
「あ・・・」
自分のした事にハッとなり、両手を口元へと持ってゆくカイナ
マグナは無言のまま、部屋の隅に飛んでいってしまった”それ”を回収する
「・・・カイナと会って、大分経つからさ」
落下の仕方が悪かったのか、”それ”は装飾が破損してしまっていた。
「この間、カイナの言う件で励まして貰ったお礼と・・・これからもよろしくってつもりで贈り物がしたかったんだ・・・俺ってセンスないからさ。アメルにも手伝って貰ってたんだ」
「ああ・・・」
マグナが破損した装飾の破片を回収する。―花の装飾の付いたかんざしは壊れても尚、綺麗だった
「はは・・・何か誤解されちゃったみたいだね」
寂しそうに笑うマグナ。カイナはもう、何と言って良いのか分からない。
「・・・そろそろ夕食だから、カイナも遅れないようにね」
「あの、マグナさ」
カイナの声は閉じたドアによって遮られた。起こしかけた身体を再びベットへと落としてしまう
窓から入ってくる光を受けた背中が、震えている。
「私は・・・私は・・・」
どうしようもない気持ちが留めなく吹き出して来る。
ぱたぱたと白いシーツの上に涙が零れ落ち、染みを広げていく。
胸のうちから溢れる後悔の念と同じ様に、深く・・・じわりと広がってゆく。

「・・・え、えっと・・・おかわりいいかい? アメル」
「あ、はい」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
気まずそうに朝食のおかわりのやりとりをするモーリンとアメル
普段の賑やかなはずの朝食は今日に限って互いに沈黙し落ち着きがなかった。
「なあマグナ」
と、この空気を作り出している当人に対してネスが語りかける。
自然と期待の篭った眼差しが彼へと向けられた。
「今日の討伐の事なんだが」
「ああ・・・朝食が済んだら玄関に集合した後、出掛けよう。じゃ・・・ごちそうさま」
・・・そっちの話かよ
途端に落胆に満ちた空気が流れる。
大分朝食を残したまま、マグナは自室へと戻っていった
「・・・ごちそうさまでした」
軽く口の周りを拭うと、カイナもまた席を立った
「ふぅ・・・どうしたんだ、あの二人は・・・」
ネスティの言葉を皮切りにあちこちから安堵の声が漏れる。
「分かってたら、何とかしてくれても良いじゃないの・・・」
パンを齧りながら恨めしそうな目を向けるミニス
「分かっていたからこそ何もしなかったんだ。あいつの事だ・・・何か言ったとしてものらりくらりと言い逃れるだろうしな」
「とにかく・・・あの二人だったらきっと自分達で答えを見つけてくれるはずです」
やがて各々食事を済ませると盗賊討伐の為に部屋に戻ってゆく。
(血筋や記憶の事ならともかく・・・色恋沙汰ばかりはな)
マグナの部屋を一瞥したネスティもまた足を自室へと向ける
そして・・・
「あの二人、体調が優れないんでしょうか。フォルテ様」
「シャムロック、お前・・・」
一人、根本的に理解していなかった。

「出てきて、シルヴァーナっ」
ミニスの呼びかけに応じて現れた白いワイヴァーンが野盗達を蹴散らしてゆく。
高温度の火球によって湿原の水が蒸発し、大量の水蒸気を生み出した。
「ちっ・・・召喚師が・・・」
劣勢に戸惑いながらも槍使いが獲物を構えなおす。だがそれよりも早く水蒸気を抜け、マグナが下段から大剣を振り上げていた。
「・・・・・・!?」
槍が柄を切断された事に野盗が動揺するが、そのまま意識は衝撃と共に四散していた。
返す刃によって打ち据えられた野盗みがそのまま大地へと倒れ付す。
「マグナ! 少し先行しすぎだ!」
ネスティが叫ぶ。はっとしたマグナとネスティ達との距離は大分開いていた
肉弾戦の苦手な彼等を護衛でき、かつ召喚術に耐性があるマグナがいるのといないのとでは大分戦況が変わってくる。
「一度こっちに戻れ! 体制を立て直す」
周囲に目をやりながら一喝するネスティ。焦りはないがやはりマグナの調子が違うことには不安を感じていた。
(剣のキレは普段よりもむしろ良いくらいだが・・・)
ヤケとも取れる勢いでマグナは敵に攻撃しその尽くを倒している
素早い動作ではあるがそれだけに危うくも見て取れた。
「あれ・・・? カイナは?」
ミニスの声に舌打ちするネスティ。マグナばかりに気を取られカイナの事を失念していた
普段常に背後を守りその場にいるという認識が油断に繋がったのだ。
(マグナの事をとやかく言える立場じゃないな・・・)
「俺が探してくる。リューグ、此処は頼む」
「チッ・・・さっさと行ってこいよ!? まだこいつら伏兵がいそうだ」
敵の剣を斧で止めながらリューグが声を掛ける。一口に野盗討伐と言っても毎回同じ強さの相手が出てくるはずもない。今回の者達は連携も巧く、中々に苦戦させられていた。
「冷静に動けよ、マグナ!」
「俺は冷静だよ」
「!・・・マグナっ、右!」
半ば悲鳴に近いミニスの声が辺りに響く。ネスティの声に振り向いていたマグナの横手から野盗が迫り飛び掛っていた
「・・・・・・」
だがその気配を察知していたのか、マグナは僅かに身体を逸らし相手の突撃を回避していた。
たたらを踏みそうになる盗賊の背に大剣を持ぬ手での裏拳が飛び、瞬時に昏倒させる。
「・・・・・・うわ、痛そう・・・」
元々接近戦に備え召喚師達は体術を好んで習得するがマグナのスタイルはいわばその延長線上にある。
フォルテやリューグ程の腕力はないがこの特異な戦い方が戦士として彼等を凌駕している要因だった。
(・・・カイナ)

(私は一体どうしたら良いのだろう)
戦闘中にも関わらず、カイナの思考は完全にそちらに向けられていた。
―つまらぬ嫉妬と誤解からマグナを傷つけた
その事が心中にもたげ彼女の動きを鈍くしている。
自らが孤立してしまったのにも気付いてはいたが、マグナと顔を合わすのが辛い為、その足取りは自然と重くなってしまっていた。
もっとも、周囲にはオニマルの電撃によって麻痺し身動きが取れないまま倒された野盗が数人転がっていたりはするのだが。
(とにかく・・・謝ろう)
自分を戒め、気合いを入れなおす意味を込めて頬を叩くカイナ。
自らの足で進まなければ状況は動かない
鬼人の谷で一人時を過ごしていた彼女にそれを教えてくれた者達は今、遠くサイジェントの街である。
「・・・さっきの爆音の位置からして皆さんはこの先かしら」
動き出そうとする彼女の死角で、外道召喚師が詠唱を終える。
(殆ど俺たちは壊滅状態だが・・・その礼はきっちりといただかせて貰うぞ)
召喚師の口が大きく歪んだ。
「斬り裂け、闇傑の剣よっ」
「―――!?」
悲鳴は突き刺さる漆黒の刃によってかき消される。
「マグナさん!?」
「後ろだ、カイナ!」
召喚術を叩き込んだ姿勢のままでマグナが叫ぶ。
振り返り、視界を奪われた召喚師に向けてカイナは素早く苦無を飛ばした。肩と太腿を貫かれた召喚師がその場に崩れ落ちた。
「油断大敵だよ、カイナ」
「マ、マグナさん・・・」
「行こう。皆心配してる」
「あの・・・昨日はすみませんでした。私・・・」
戻ろうとするマグナの服を掴み、半泣きにの顔で謝るカイナ。そんな彼女を見てマグナは微笑していた。
「気にしないでいいよ。かんざしは残念だったけど、カイナがあんな風に怒ってくれた事がむしろ嬉・・・」
と、マグナの目が見開かれ急にカイナを突き飛ばした。
「な・・・!?」

パァン・・・ッ

味気ない程、その音は軽いものだった。
一瞬何が起こったのか分からず音のした方を振り向くカイナ。先程倒れ付した召喚師が笑っている
その手には煙を流す一丁の銃が握られていた。
―一丁の、銃!?
どさり、と今度は側で重い音。
「・・・あ・・・」
カイナの視線が、身体が硬直する。
「いや・・・いやああああああああああっ!」
既にその絶叫はマグナには聞こえていない。
彼の白い服が胸の辺りから赤く染まっていくばかりだった。


つづく

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