レシユエミニSS 3部



少しばかり時は遡って。
誰もいない暗がりの廊下で、音も無くドアが開かれた。
「…誰もいませんよ。」
ドアの隙間からこっそりと顔を覗かせてそう言ったのはレシィ。
彼は立ち上がると、わずかばかりに開いていたドアを普段と変わらないくらいに開けた。
「ふぅーっ。」
続いて出てきたのはユエル
廊下に出てから大きく伸びをして固まっていた体をほぐすように何度か腕やら足やらを動かす。
その様子を見て、レシィは声をかける。
「大丈夫ですか、ユエルさん?」
「ん、ちょっと腰が痛いけど…平気だよ。」
そう言ってにこっと笑ってみせるユエルに、レシィもまた微笑んで返す、そのまま彼は言う。
「それじゃあ、お風呂行きますか?」
「うん…―って、レシィも来るの?」
ユエルが怪訝な表情をしてこちらを見やる。
それに対して−何を言ってるんですか?−とでも言いたげな表情を見せるレシィ。
ちょっとばかりの沈黙の後、ぽんっ、とレシィは手を打つ、そして。

「ああ…まぁ確かに男の人と女の人が一緒にお風呂に入るのは恥ずかしい事かもしれませんね。
一応、二人とも年頃なわけですし、ああいう事しててもやっぱり恥じらいってのは大事ですよね?」
にこにこ。
「それでもやっぱりここは、一緒に入るべきだと思うんですよ。ほら、僕ら一応居候の身な訳でしょう?
一緒に入ったほうが水道代やら燃料とかも節約できてギブソンさんとミモザさんのお財布にもいいと思うんですよね。
勿論、僕たちにも。」
にこにこにこ。
「それに、僕も汗びっしょりですし、早くお風呂に入りたい訳ですよ、うん。
前みたいにヤっちゃったまま寝ちゃって次の日寝冷えで二人して熱でうなされるなんて、まっぴらごめんですしね。
言い訳も面倒ですし?」
にこにこにこにこ。
…とまぁ。
ここまでほとんど一息で言ってのけてしまってから、少し大げさに今度はゆっくりと、レシィは言う。
「ああ、それでなくても…今日のユエルさんはいつも以上に激しかったですからね…。
あんまりにもすごいから僕も自省が効かなくなって6回も中に出してしまって―」
「ちがっ…!」「ええ、分かってます、激しかったのは僕だって言いたいんでしょう?」
真っ赤になったユエルに対しレシィは相変わらずニコニコ顔を崩さない。
悪戯っぽい光を宿した瞳が、愉しそうに慌てる彼女を見つめる。
「でも…ですねぇ、ユエルさんだって相当の物でしたよ?
上に乗っかられて、涙目で「もっと…して?」なんておねだりされた時には…」
「わーわーわーわーっ!!」
ゆでだこのように真っ赤になり腕をこれでもかと振って
ユエルは、慌ててレシィの言葉を止める。
何せ自分はこういう事をしてるときの記憶が殆どなかったりする。
それこそレシィが言うように本当に夢中なのかもしれないし、別にそれが嫌ではないのだが。
だけどどうしてレシィは逐一こうやって覚えているのだろうか?
ユエルは時々それが疑問になる。
そして、覚えていなくても何となく身に覚えがあることを言われるのは、かなり恥ずかしいものなのだ。



「…ま、そういうわけで一緒に入りましょう?」
何がそういうわけなのか分からない、が。
ともかくその余裕綽々の笑顔を見せられてしまうとユエルはどうしても逆らえなくなってしまう。
耳と尻尾を縮ませて、うん…と小さく答えるだけなのであった。
「素直でよろしい♪」
いい子いい子、とでもいう風にレシィはユエルの頭を撫でてやる。
そして彼女より先に歩こうとして

ふと、足を止める。
「…レシィ、どうかしたの?」
「…。」
振り向いてユエルがたずねるがレシィは答えずに、ぼんやりと扉を見る。
「レシィってば!」
「―ああ、ユエルさん…なんでもないですよ、行きましょう?」
「う、うん?」
ユエルは不思議そうにドアを振り返るが、レシィがつい、と手を引っ張ると別に名残もないようにとてとてと彼の後を付いていく。
ユエルはレシィと並ぶことはなかった。
だから彼がしている何ともいえない表情に、気付く事はなかった。
『―あの匂いって…まさか。』
くん、と鼻がひくつく。
自分たちの匂いに混じってた嗅ぎ覚えのある匂いにレシィはますます複雑な表情をするのであった。


そして―
『やっぱり…この人だったか…。』
驚きつつ、レシィは心の中でそう呟く。あの時部屋の前に残っていた匂いは目の前で呆然としている少女…ミニスのものだった。
ユエルは自分の言葉でやたらと混乱してたので気付かなかったみたいけど、冷静だった自分は僅かだけどそれを感じ取っていた。
何故あそこに彼女の匂いが残っていたのか。
自問しなくたって答えは分かる、通り抜けたくらいじゃ―確かに僅かだけど―あんなに濃く匂いは残らない。
ってことは答えは一つ…。
『あそこにいた…って事ですよね、ミニスさん。』
一体どうして?と疑問が湧く。
それと殆ど同時だった、ユエルが口を開いたのは。
「どうしてミニスがお風呂はいってるの?」
「二人こそ、どうして?」
夜目は効くつもりだ。それでも少しばかり遠くてミニスの表情はよく分からなかったけどミニスの表情は何処か怯えた色を見せている気がした。
とりあえずレシィは言い訳をすることにする−たぶん必要ないだろうけど−と心の中で誰かが言った気がしたが無視することにした。
にっぱりと笑って言う。
「ユエルさんが一人じゃ入れないって言うものですから
でもミニスさんいなかったですし、代わりに、僕が。」
「っ…レシィっ!?」
「そう、なんだ…。」
―やっぱり、おかしい。
いつもならここでからかいの一つやら、疑いの視線を投げつけてくるのが彼女ではなかったか。
そして、慌てる自分たちを見て、朗らかに笑う。少なくとも、レシィが知っているミニスはそういう子だった。
「ねぇっミニス、暗くない?…明かりつけようか?」
「…いい。」
「いいって…。」
「つけますよ、ミニスさん。僕らもミニスさんも危ないですから。」
「あっ!」

有無を言わさず、そばにあったスイッチを押すと、ボッという点火音とともに天井のランプがついた。
部屋がぼんやりと明るくなり、三人を照らし出す。
「…?」
「ミニス?」
言葉が詰まる。
何とも言えないような…例えるなら、今にも泣き出しそうな表情で―ミニスは二人を見ていた。
「ど、どうしたの?ミニス、そんな顔して。」
慌ててユエルが駆け寄ってミニスの顔を覗きこむ、ふぇ…と泣き出す前の声が洩れる。
レシィもしゃがむと、やや下から彼女の顔を覗きこむ、もう目尻には涙が溜まっていた。
なんだか酷だとは思うけれど―多分それが理由だから―レシィは聞いた。
「…見ちゃったんですよね?」
「!!」
表情で、易々と図星だと告げてしまう。ユエルだけ要領を得ないで、首をかしげた。
「見たって…何を?」
「そりゃ、ユエルさん、僕とユエルさんがして―」
「レシィッ!」
途端に言葉をさえぎられて、レシィは顔を前に戻す。
ミニスが顔を上げた、悲しいような、怯えたような、そんな表情にレシィの胸がちくりと針で刺したように痛む。
彼女が縋るように彼の瞳を覗き込んだのは一瞬―あるいはもっと長くか。
気付けばミニスはユエルのほうを見ていた。
ユエルも流石に彼が言わんとしてた事が分かったようで、驚きを隠せないでいる。
「ごめん、ユエル…。」
「ミニ…ス。」
「最初は、二人が仲良くしてるとこ見つけてからかおうと思ってただけなの。
あんな事してるなんて、私、知らなくって。」
「そんな…。」
「…友達だって言ったのに秘密にしてたこと見ようとするなんて…最低だよね。」
「…。」
「本当に…ごめんなさい。」
ユエルは黙り込んで、ミニスもまた、うつむいてしまう。

と、暗い影が落ちる二人に、あっけらかんとした声が届いた。
「ま、いいじゃないですか。」
「え?」
拍子抜け、という風にミニスが顔を上げる、そこにはにっこりと笑ったレシィがいた。
ユエルも予想外の対応に、ぽかんと彼を見る。
「どうせじたばたしたって、いつかはばれちゃってたことなんですし…それが早まっただけですよ。」
「でもっ。」
ミニスが何か言おうとするがそれをやんわりと、レシィは手で止める。
「僕らが皆に話さなかったのって、秘密でもなんでもなくて
結局怖がっちゃってたんですよ、変な目で見られないかなって
…ご主人様への引け目も、あるかもしれません。」
だから、と彼は言葉を継ぐ。
「ミニスさんがそんなに落ち込むことなんてないんです。
あんな事してたのは、僕らの勝手ですし、僕らが見るなって言ったわけじゃないですし、ね?」
「…そうだよ。ミニスは悪くなんかないよ!」
レシィの言葉に、ユエルもまた、大きく頷く。
「それに、ユエルさんときたら本当エッチな人でして…案外見られてるって分かった方が感じちゃうんじゃないかと…」
「そうだよ…ってぇ!レシィ、いきなり何言うのぉっ!?」
ぼっ、と火がついたようにユエルの顔が赤くなる。
ぽかぽか、と殴ってこようとするが、おでこに手を当てて止められてしまって、悲しいかな。それは届かない。
代わりに恥ずかしさにわめいたり、うなったりしているがそれも取り合わないで、ミニスを見る。
「今回は事が事でしたけど…次から、悩んだりしたら言ってくださいね、力になりますよ?」
「え?」
「僕ら「親友」でしょう?」
『ボクラ、「親友」デショウ?』
―ズキリ。
その言葉はミニスの胸に鈍痛を催させる。
分かってる、理由なんて、分かってる…さっき、自分自身で曝け出したのだから。
「?、どうかしました?」
また俯いてしまった自分を、レシィが心配そうに覗き込む。

どうして―
どうしてレシィは、こんなにも優しいんだろう。
優しくて、勘違いさせてしまう、この人の心は自分のものではないのだと分かってるというのに。
何でこんなにも、残酷に優しいのだろう―。
「違…ぅ。」
「はい?」
レシィの顔が呆ける、ユエルもいつの間にか俯いたミニスを見ている。
それらは見えなくて、またミニスの中で悪魔が囁いた。
―とんでもない拡大解釈だ。
自嘲の笑いがふっと、口の端に出る、それにレシィが怪訝な顔をするより早くミニスは言葉を発していた。
「力になるって…言ってくれたよね?」
「はい…言いましたけど?」
ミニスが顔を上げる、レシィもつられて顔を上げる。
距離は近い、お互いの息が吹きかかるほどに。
欲望が、自分の中を塗りたくっていた。
「…じゃあ、今すぐ私の力になってよ。」
そう、呟いて、刹那。
「―〜ッ!?」
「ミニスっ!?」
レシィは声にならない、ユエルは驚きに染まった声を、それぞれ上げる。
ただ、二人に分かったこと、それは。

ミニスの唇が、レシィのそれを塞いだ、という事実だった。




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