鬼畜兄弟シリーズ 調教編〜樋口綾 前編



綾の視界は暗闇に閉ざされていた。グルグルと空回りを続ける思考。滑稽にも眼前にある事実を否定することに懸命になっている。ふいに全身の力が抜ける。ガクリと膝を地に落す。ぶらんと垂れた腕。絹を裂くような悲鳴を発した後の口はパクパクと餌を待ち構える魚のように開閉する。痙攣する頬肉。それが弛緩すると何かが関を切ったように溢れ出てきそうであった。
「あ…ああぁ…あぅ……」
疑いようはない。目の前に晒されているそれは厳然とした事実であること。そのことを理解するのを拒絶していた脳も受け入れ始めている。トスンと手のひらが地面につく。ガクリと頭も同時に下がる。はらわたから重い響きがジリジリと這い上がってきた。
「うぅぅぅ…うぁぁぁぁぁぁ!!!あ……あああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
その全身を精液で汚されつくした絵美の変わり果てた姿を前にして、綾の慟哭は薄暗い地下の壁に染み込むほどに響き渡った。

(酷い…どうしてこんなことができるのっ!!)
泣き崩れた綾の姿。夏美の目に映るものはそれである。絵美のほうにはまともに目が向けられない。あまりにも無惨な光景に視界に移ることすら拒んでいる。だが一度眼球に焼きついた画像は夏美の頭の中から離れることはなかった。熱い涙が夏美の瞳からもボロボロこぼれだす。ひくひくしゃくり上げる喉が止まらない。
号泣する綾の傍らで夏美もまたすすり泣いていた。信じたくなかった。こんな事を平然とすることができる人間が自分の肌で感じられる空間に存在することが。
陵辱しつくされ壊された面識のない少女の残骸。それはあるいは夏美自身の未来の姿かも知れない。それを思うと無念にも生贄とされた少女の苦痛が夏美にも伝わってくるようである。
「………綾…………………………………。」
狂ったように喚き泣く綾。彼女に声をかけようとするが何も言う言葉が見つからず押し黙る。何を言えばいいというのだ。出会ったばかりとはいえ綾がその少女のことをどれだけ気にかけてきたかそれまでの言動から用意に伺えた。それの壊された姿を前にして綾が感じた哀しみ、苦しみ、痛み。何を言ったところで癒せはしない。自分には今の綾の心を癒すことなどできはしない。
(こんなのって…こんなのって…ないよ……)
手で顔を覆って夏美もすすり泣く。脳内に焼きついた地獄絵図とできたばかりの新しい友人を助けることのできない自分の無力に苛まれながら。

「ふう。あのまま逃げられたら不味かったけど。運がよかった。まさか獲物が自分から檻に入りにきてくれるなんてね。」
「…!?あ…あんたぁっ!!」
嗚咽を繰り返す中、背後から聞こえてくる声に夏美は目を剥く。忘れもしない憎らしい姿。綾の後輩をボロ屑のように壊しつくした張本人の片割れ。
「鬼ごっこはここで終わりだよ。残念だったね。」
「うぅ………うあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
夏美は発作的に動き出す。壁に立てかけてあった棒切れ。よく見れば箒であった。それを掴みキールへと突進する。大きく空を切る音を立てて箒の先がキールのいた空間をなぎ払うが、キールは太刀筋を見切りあっさり身をかわす。
「危ないじゃないか…乱暴だね君は。」
「うるさいっ!!あんた達…許さない…絶対に許さないんだからぁっ!!」
怒りで血が上っている。箒を構えて刺し殺すように前に突き出して突進するがあっさりかわされる。めちゃくちゃだ。自分が何をしているかもわからない。ただどす黒い気持ちが膨れてるのが感じた。明確な殺意。こんな感情をこんなにも分かりやすい形で他人にぶつけるのは夏美にとってもはじめての経験である。
「わたしも…許しません…貴方達をっ!!」
泣き崩れていた綾もいつの間にか立ち上がってキールをにらみつけている。夏美同様にその場に会った手ごろな得物を身に構えて。

(さて…どうするか。)
狂気を瞳に灯す二人の少女を冷静に見つめてキールはひとりごちる。相手は我を忘れた少女二人。所詮はただの素人である。イレギュラーでもなければ自分をどうにかすることは難しいだろう。
(しかしあまり傷つけずに取り押さえるとなると骨だな。)
ソルの奴がいてくれればと毒づく。サモナイト石の暴発をモロに食らった弟はまだ回復しきらない。この場は自分ひとりで切り抜けるしかない。
(まあアレが間に合うまで時間を稼げればいいか。)
そう結論した瞬間に首をすくめた。大振りで箒を振り回す夏美の一閃を紙一重でかわす。滑り込んで足払いをかける。派手に転ぶ夏美に追い討ちをかけようとするが止める。すりこぎ状の棒きれを持った綾が殴りかかってきたからだ。慌てて距離をとるが流石に召喚術を使わせてくれる暇は与えてくれない。素人とはいえ得物を手にした人間を二人同時に相手に丸腰ではこれが精一杯か。
「見かけによらず狂暴だねえ。君たちは。躾けるのに骨が折れそうだよ。」
挑発するように皮肉げに口の端を吊り上げる。案の定、怒り心頭の二人には効果があった。
「絵美ちゃんを…絵美ちゃんを……よくも絵美ちゃんをぉぉっ!!」
無謀にも突進する綾。絵美を傷つけられた哀しみはこのような代償行為でしか紛らわせなかった。目の前の男が憎い。なんであんないい娘をあんな目に。目に付くものは全て壊しでもしないと収まりそうもない破壊衝動。それをぶつけずには納まりがきかない。こんなこと初めて感じる。不快だ。とてつもなく不快な感覚だ。自分はこんなあさましい人間じゃなかったはずなのに。勢いよく棒を振り下ろす。相手はかわそうともしない。非力な綾の一撃でも頭部にまともに食らえばあるいは致命的なものともなりかねないのに。だが棒は当たらなかった。突然、何かにぶつかられて横倒しにされる。
「う…うぅん…えっ?…夏美…さん………」
起き上がろうとする綾の瞳に移ったのはうつ伏せに倒れこみ何かの衝撃にビクビク痙攣を起こしている夏美の姿であった。

「ゲッレゲレ〜〜♪」
「…!!!」
突如聞こえてきた妙な鳴き声に振り向く。すると見たこともないような奇怪な生き物がそこにいた。
「サブラスの雷精さ。こいつの電撃はその気になれば象だって気絶させられる。」
したり顔で解説するキール。その言葉に先程までの血の気も消えうせて綾の顔が青ざめていく。
「夏美さん……わたしをかばって………」
綾よりかは幾分冷静さを先に取り戻していたのだろう。夏美は気づいたのだ。自分達を包む異様な気配に。それで咄嗟に綾を突き飛ばして庇ったのだろう。そして綾の代わりに電撃を受けたのだ。ショックに倒れた夏美はピクリとも反応せず気を失っている。
「夏美さん!夏美さん!!そんな…わたしの…せいで……」
それはさっきと同じ過ちであった。自分の思慮のない行動が夏美を傷つける原因となってしまった。なんて愚かなのだろう自分は。
「おっとここでチェックメイトだ。君たちがあまりにも騒がしいものだから他の奴らまで寄ってきたよ。」
見ると周囲を異形の怪物達に取り囲まれていた。御伽噺や神話にでもでてきそうな物の怪の類。それらによって綾と夏美は完全に包囲されている。
「さあ、ゲームは終わりだよ。抵抗は意味がないことは分かるだろうね。」
微笑さえ浮かべて冷たい声音でささやくキール。場を支配する圧倒的なまでの数の暴力。綾は悟らされた。自分達の未来が絶望で閉ざされたことを。

「う…ん………」
おぼろげな意識で夏美は目を覚ます。身体が麻痺したように思い通り動かない。タケシーの電撃を喰らった後遺症だ。
「何よっ!!これぇ!!」
起きてすぐに自分の姿にハッと気づく。両手と両足を鎖で繋がれて拘束されていた。逃亡を封じられた奴隷のように。
「ようやくお目覚めかいナツミ。」
ふいに呼びかける声にひきつる夏美。声の主。キールだ。今や夏美にとって憎悪の対象でしかない男。
「どういうこと!綾はっ!!綾はどうしたの!!答えなさいよ!!」
ふと綾のことが気にかかってまくし立てる夏美。キールはしたり顔で答える。
「彼女ならさっきからずっとあそこにいるよ。」
そういって指し示した先。そこには夏美と同じく繋がれて四つんばいの姿勢で瞳から涙をこぼしながら小さな肩を震わす綾の姿があった。

「夏美さんっ!夏美さんっ!」
気を失った夏美に懸命に綾は呼びかける。しかし意識を取り戻さない。そればかりか白い目を剥いてビクビクと痙攣を繰り返している。
「これはまずいな。すぐにでも治療しないと命に関わるかもしれない。」
かぶりをふってキールは告げる。綾の血がさっと頭から降りる。夏美が死ぬ。そんな言葉を突きつけられて我も忘れて懇願する。
「お願いします!夏美さんを助けてください。お願いしますっ!!」
頭を地面に擦り付けて助けを乞う。相手は絵美を陵辱しその手を自分達にまで伸ばそうとしている外道。それでも今、夏美を救うには彼に縋るしかない。哀願する綾。だがそんな綾をキールは冷たく突き放す。
「君たちは僕を許さないんじゃなかったのかい。その僕にお願いとははねえ。」
頬に手を当てて憎らしげに微笑む。綾を嘲り笑うかのように。それでも綾は必死に頼み続ける。
(夏美さん…夏美さん…このままじゃ…夏美さんが…)
死。どこまでも重い響き。それは何かが永遠に失われてしまうこと。夏美。出会ったばかりの少女。まだ友人と呼ぶには早すぎる相手だろう。だがしかし彼女のことが頭に浮かぶ。打ちひしがれた自分を慰めてくれた夏美。元気付けてくれた夏美。談笑していたときのくったくのない笑顔。悲しみに沈んだ自分を抱きしめてくれたときの肌のぬくもり。それらが永遠に消えうせてしまう。綾をかばったせいで。自分のせいで夏美の尊い命が失われる。そんなことはあってはならない。
「いいだろう。僕としても彼女に死なれては困るからね。」
必死の形相の綾にキールは告げる。夏美が助かる。そのことに綾の顔に一瞬だけ光が差し込む。だがそれはすぐに影をおとすことになる。
「だが、君たちには従順になってもらう必要がある。こんな事が二度と起こらないようにね。」
冷たく凍った眼差しでキールはそう吐き棄てた。

(夏美…さん……よかった…)
意識を取り戻した夏美の姿に安堵する綾。もう命の心配はないはずだ。それはいくらばかりかの慰めになった。これから自分を待ち受ける運命に対して。
「よぉ。さっきはどうも。」
綾に話しかける少年。確か名前はソルだ。彼もまた回復したのかぴんぴんした姿で綾を見下ろす。
「聞かされてるんだろ。これからどうなるか。」
刹那、ぶるっと震える。覚悟はしていた。それが夏美の命を救うための交換条件だったのだから。それでも身体の芯からくる震えは止まらない。
(絵美ちゃん………)
絵美のことを思い出すと涙が止まらない。ごめんなさい。貴女を助けることはできなかった。守ってあげられなかった。心底すまなく思う。その絵美を苦しめた者たち。彼らの要求に屈した自分。情けない。哀しくて辛い。気が狂いそうになる。そうなのだ。自分はこれからあの娘と同じように。
「綾っ!綾ぁっ!!ちょっと!綾に何をするつもりよっ!」
声を荒らげる夏美だが彼女にも分かっていた。これから彼らが綾に何をしようとしているかを。だがそれを認めることを無意識に拒絶していた。その認めたくないことをキールはあっさりと夏美に告げる。
「ナツミ、これからアヤを君の目の前で犯す。見せしめのためにね。」


つづく

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