君といつまでも 3



「……ネスティが、あなたにそんなことを?」
トリスから事情を聞き、アメルはその内容に目を丸くする。
――ギブソンとミモザの屋敷で厨房を借り、パーティーの支度をしている時のことだった。
「それで喧嘩しちゃってさ……実は、パーティーのこともまだ話せてないのよ」
「ケケケッ、本当は他にオトコがいるんじゃねェのか?ニンゲン」
「もう、バルレルったら!いるわけないでしょっ!」
ネスティを待ち続けていた二年間は辛いばかりだったが、それでも彼の代わりとなる男性を見つけようなどと思ったことは一度もなかった。
幼い頃からずっとそばにいてくれた彼。
厳しい部分も多かったが、それでも思い出す過去に嫌なものはない。
「……喧嘩はしちゃったけど、でも、パーティーはしたいの。だって今日は、あたしが今までの人生で一番嬉しかった記念日なんだもん」
愛しい人が、ようやく戻ってきてくれた日。
それを祝いたいという気持ちは今も変わることはなかった。
トリスの横顔を見つめながら、部屋の飾り付けをしているフォルテはうんうんと頷く。
「まあ、青春ってのは色々あるもんさ。誤解の内に生まれた喧嘩、結構結構!」
「アンタ、ひとごとだと思って適当に言ってるんじゃないでしょうね?」
「勘違いすんなって、ケイナ。何のいさかいもナシに仲良く過ごすより、ちょっとくらいトラブルもあったほうが絆も強まるってもんだぜ。俺なんかいつもお前の暴力に怯える毎日でトラブル続きうごほッ!?」
「……アンタの場合は自業自得でしょうが」
いつも通りの夫婦漫才に、その場の雰囲気は笑い声によって和らいでいった。
トリスと目の合ったフォルテは、軽くウインクして笑顔を作る。
軽い物言いも、彼が言うとなぜか信じることができるから不思議だ。
(ありがと……フォルテ。たまにはいいんだよね。こういうのも)


トリスへ渡すはずだったプレゼントは、無造作に床へ放り投げられていた。
ベッドでうつ伏せになったまま、どれくらいの時間が過ぎただろう。
眼鏡を手に取り、時計を見れば、短い針はすでに五の字を指していた。
(結局、あれからトリスは来ないな……。僕があんなことを言ったんだから当然か)
買った商品を返品しに行くべきか。
そう考え、ネスティが小さく息を吐いたとき――ドアが静かにノックされた。
トリスだろうか。
跳ね上がるようにベッドから飛び起き、ネスティがドアを開けると。
「こんにちはーっ♪これ、余り物のお菓子なんですけどよかったらどうぞ!いや、決してあの後が気になって野次馬根性でやってきたワケでは――あれ?」
……またしても飛び出してきたパッフェルに、ネスティは落胆のまなざしを向けていた。


「あ……あはは。ネスティさんのお祝いじゃなかっただけじゃなく、浮気発覚ですか」
八つ当たり気味にクッキーを頬張るネスティを見つめながら、苦い笑みを浮かべるパッフェル。
ふと、何かを考えるように視線を上向けた彼女に気づかないまま、ネスティはごくんとクッキーを飲み込んだ。 「このまま……大樹の姿でい続けたほうがよかったのかもしれないな。僕にとっても、トリスにとっても」
「な、なんてことを言うんですか!?」
突然座っていたベッドから立ち上がり、パッフェルは驚いた表情のネスティを見下ろした。
彼女の豊満な肉体は、下から見上げれば普段以上の迫力がある。
眼前に迫ったその体に思わず後ずさり、ネスティは口をへの字にした。
「だってそうだろう。あいつは僕がいない間に、バルレルとそういう関係になっていたらしいし」
「そのバルレルさんと……っていうのも、ちゃんと一部始終を見ていたワケではないんでしょう?」
「それはそうだが、アレはどう見てもっ!」
頑として自分の意見を貫こうとするネスティに、パッフェルは小さく息を吐いた。
彼の召喚士としての知識は豊富で、勉強も優秀らしいが、その思考は完璧すぎるが故に柔軟性に欠けているところがあるらしい。
今朝、店で冗談で迫ったときもそうだった。
彼は慌てるばかりで、一度も男として顔を緩ませることがなかったくらいなのだから。
(少しくらい柔らかい思考というか、遊び心があってもいいと思うんですけどね……)
このままでは、彼はずっとトリスのことを誤解し続けているだろう。
パッフェルはしばらく黙り込んだ後、ぽつりと口を開いた。
「――ねえ、ネスティさん。あなたが樹になっていた間、トリスさんがどんな風に過ごしていたか知ってます?」
「え?」
ずっと番人として、アメルやバルレルと一緒に森で暮らしていた。
そのことは聞いていたが、ネスティはそれ以外のことは詳しく聞いていないのだろう。
「私、そのときエクス様の命令で、よく様子を見に行ってたんです。そこでアメルさんから聞いたんですけど、トリスさんってば、毎日あなたが帰ってくるのを待って大樹を見に行ってたみたいですよ」
「毎日……」
「いつでも帰ってこられるように、あなたに『お帰り』って言ってあげられるようにって」
風の強い日も、激しく雨が降る日も、彼女は欠かさず会いに行っていたのだと、パッフェルは続けた。
何度かそのせいで体を壊し、数日間寝込んでしまうこともあったとか。
しかしそんな状態でも、トリスは涙を浮かべながらネスティの名を口にしていたらしい。
「あんまりトリスさんが無理をするもんだから、今度はアメルさんの怒りが爆発して、二人で取っ組み合いの大喧嘩をしたっていう伝説も残ってますし」
苦笑しながらパッフェルは目を細める。
そんな話はネスティも初めて聞いたらしく、唖然と口を開いていた。
「あと、これはトリスさんから聞いたんですけど、彼女、あなたが帰ってきた日はずっと起きたまま傍にくっついてたらしいですね?」
「あ、ああ。『これが夢だったら怖いから、明日の朝まで寝ない』なんて言ってたな。どうせ朝になったらイビキをかいて寝てるだろうと思っていたけど、本当にまだ起きてて――」
ふと、ネスティの表情がわずかに色を変える。
パッフェルはにこりと微笑むと、満足そうに頷いてみせた。
「トリスさん……本当にネスティさんこと、愛してるんですね」
「あ……」
あの二年の間にもしトリスがバルレルと結ばれていたのなら、そこまで必死になれるだろうか。
ネスティに気づかれたくないからと、そんな辛い演技をしてまで隠そうとするだろうか。
うつむくネスティに追い込みをかけるように、わざとらしくパッフェルは肩をすくめた。
「はぁ〜っ。それなのに、ネスティさんは一方的な思い込みでトリスさんを責めたりして。一生懸命想い続けた相手がコレなんて、彼女も気の毒ですよねぇ」
「うむむっ……」
言い返せない悔しさに、ネスティは唇を噛む。
これほど懸命に想い続けてくれていたトリスに、確信もなく裏切られたと思い込んでいたネスティ。
一方的な誤解を彼女に押しつけ、傷つけた彼自身の行為こそが「裏切り」なのかもしれないのに。
好きだからこそ、これほどまでに彼女に対して激しい感情を露わにしてしまった。
その後悔とともに、トリスへの想いが急激に胸を高鳴らせていく。
――そのとき彼の前に、ひとつの封筒が差し出された。
「と、いうワケで、トリスさんとちゃんと話し合って、浮気騒動の真実を見つけてきてください。この手紙を読んでから……ね?」
パッフェルの持つ封筒、それはネスティがプレゼントと一緒にトリスに差し出すはずの手紙だった。
その中に書かれているのは、普段の彼ならまず口にできないような――。

「僕の、トリスへの気持ち……」

一度は落としたことによって、トリスに読まれてしまったものだ。
「彼女なら、今はギブソンさんのお宅にいるはずですよ。さっ、行ってあげてください!」
「わ、分かった。しかし、どうしてトリスの居場所を知って――」
「あ、あははっ。今そこに、お届けものをしてきたばっかりなんですっ。そこでバッタリと」
「そうなのか……。とりあえず、急ぐことにするよ」
どことなく腑に落ちない表情で頷くと、ネスティは部屋を飛び出していった。
ひらひらと手を振りながらそれを見送ると、パッフェルは安堵の表情でベッドへと寝転ぶ。
「トリスさんが記念パーティーを秘密にしてる手前、ネスティさんにそのことは話せませんものねえ……」
彼がパーティーの疑惑を店で口にしたときはドキリとしたが、なんとかバレずに事が済み、ようやく肩の荷が下りた気分だった。
これで、二人の仲が上手くいってくれれば何よりだ。
パッフェルの努力が実を結ぶことは、ある意味、彼女が長年思い続けてきた願いが叶うことでもあるのだから。
「……人の命を奪うばかりだった私が、誰かを幸せにできたら……なんて考え、おこがましいと思ってましたけど。そのお手伝い位ならできちゃうものなんですね」
ネスティとトリス。
自分と立場は違えど、互いに辛い運命を背負って生きてきたことに変わりはない。
あの二人が幸せになってくれることは、パッフェルにとっても励みになることだった。
「やっぱり憧れちゃうなあ……恋って」
天井を眺めながら、ふと唇をほころばせる。
「私も……探そうかな?そういう人……」


「ハァッ、ハァ……」
ネスティは、無我夢中で夕日の照らす道を走り抜けていく。
向かう先は、トリスのいるギブソンたちの家だ。
彼女に渡すつもりだった手紙をポケットにしまいこみ、休むことなく走り続ける。

『トリスへ
 手紙という形式で君に話しかけるのは新鮮だが……僕にはどうにも合わないらしい。
 堅苦しい文章になりそうで申し訳ないが、僕の気持ちをこれから伝えようと思う。』

「僕は……頭に血が上りすぎていたらしいな。嫉妬するばかりで、肝心なことを何も理解できていなかった」

『君は昔から危なっかしい性格で、それは何年経ってもまったく変わっていない。
 外に一歩出ればトラブルを抱えて戻ってきて、それが済めばまた新たな問題を持ってくる。
 昔はそれを悩みの種としていたが……今はそう思うことが少なくなってきたんだ。』

「トリスがどんな人間かなんて、それはずっと傍にいた僕自身が一番分かっていたはずなのに……!」

『君の持ってくる難題は、どれも君自身の身勝手が起こしたものではなかったんだ。
 他の誰かや何かを助けようとして、そうやって要領の悪い君は何もかもを背負ってしまう。
 バカがつくほどのお人よしとは、まさに君のためにあるような言葉だよ。
 でも、僕はそんな君の、自分にはない一面に惹かれていったのかもしれない。
 機械のように生きてきた僕に、君は次々と、人としての心と日常を教えてくれた。
 君の活発すぎる性格に悩まされたことがないと言えば嘘になる。
 だが、今の僕はそんな君が

 すまない。やっぱり僕はこういうのは苦手のようだ。
 次に会ったときに、ちゃんと自分自身の口で、君に気持ちのすべてを告げようと思う。』


「――ここかっトリス!?」
「わああぁっ!?」
まさにパーティー直前と言わんばかりの食堂に、ネスティが大声とともに飛び込んできた。
慌てて準備を隠そうにも、部屋一面の装飾とテーブルの上のご馳走は隠しようがない。
うろたえるアメルたちをよそに、ネスティの視界は真っ先にトリスを捉えていた。
「ネ、ネス!?なんでここが……」
「そんなことはどうでもいいっ。僕と一緒に来てくれっ!」
「いきなりどうし……わわわぁっ!」
なかば強引にトリスを引っ張り、ネスティは部屋を飛び出していく。
「……何なんでしょうか、一体……」
アメルのつぶやきに、他数名が無言で首を振る。
嵐が去っていったような静けさが、賑わっていた食堂を包み込んでいた――。


「ちょっと、本当にどうしたの!?何も言わずにここまで連れてきて……」
ネスティがようやく立ち止まった場所は、派閥内の彼の部屋だった。
彼を見ると、耐えていた疲労感が爆発したのか、虫の息となっている。
「はぁ……は……。ト、リス、すまないっ。僕はっ……!」
「ネス……?」
トリスを見つめる彼の瞳は、かすかに潤んでいた。
その目はすぐに伏せられ、彼は静かに膝をつく。
「僕は……バカだったよ」
ネスティは、パッフェルから聞いた話をすべて話した。
樹になっていたネスティのことをトリスがどれほど想い、辛い気持ちでいたかを。
彼女の気持ちを何も考えずに、ネスティはそんな彼女を疑い、傷つけてしまったのだから。
「だが、疑問だけははっきりと解明しておきたいんだ。……君と、バルレルとの関係を」
あのときの光景は、決して見間違いなどではなかった。
緊張した面持ちでその言葉を口にしたとき――。
トリスが唖然とした表情で首を傾げたのは言うまでもない。


「……アルバム探しを手伝わせたときに、悪ふざけで絡まれた?」
「うん。……でもまさか、アレで誤解を受けてたなんてね」
あっさりと笑いながら答えたトリスに、ネスティは力なく肩を落とした。
これまでの苦悩は何だったのかと思わせるほどにあっけない、くだらないオチだ。
しかし、彼女がやはり人を裏切るような性格ではなかったことが確認できただけでも充分だった。
「バルレルの奴……帰ったらタダじゃ済まさんぞ」
ブツブツとつぶやくネスティを見つめながら、トリスは何かを期待するように彼を覗き込む。
「ネス?」
「あ、ああ。なんだ?」
「なんだ、じゃないでしょ?わざわざここまで連れてきたってことは、他にも何か言うことあったんじゃないの?」
ふと、その言葉でネスティの動きが止まった。
瞬間、彼の頬が赤く染まる。
――二人の考えていたことは、まったく同じものだ。
「手紙の続き、ネスの口から話してくれるんだよね?」

『次に会ったときに、ちゃんと自分自身の口で、君に気持ちのすべてを告げようと思う。』

「うっ……!!」
まるで硬直したかのように体を強張らせるネスティ。
書いている最中は気分が舞い上がっていたので深くは考えていなかったが、確かにあの書き方なら今から気持ちの告白をしなくてはならないことになる。
トリスに謝りたい一心で、もっとも落ち着ける自室へと連れてきたのだが、彼女はちゃんと手紙のことも覚えていたようだ。
「あたしはネスのこと、大好きだよ。一人の男の人として、そう思ってる」
まっすぐな視線でトリスは言う。
その澄み切った瞳に、偽りはなかった。
次は、ネスの番。そんな風に言いかけるように、彼女はネスティを見上げていた。
「……僕は」
ごくり、と喉を鳴らす。
……彼女に初めて想いを打ち明けたのは、三年前。
そして、その次に気持ちを言葉にしたのは、再開した一年前。
お互いの気持ちを知りながら、今までにたった二度しか気持ちを口にせず、恋人らしいこともしなかったカップルなんてリィンバウムでもこの二人くらいしかいないだろう。
だが、そんな関係も今日で終止符を打ちたい。
そんな思いを胸に、二人は静かに見つめあう。
「僕は……もともとこういう性格だし、君にも女の子として扱ってあげることなんてほとんどなかった。フォルテのアドバイスも、僕にはどうにも向いていなくて、それで……君との恋人としての関係もどんどん薄くなってしまっていた」
いっそのこと、このままの関係でもいいのかもしれない。
そう考えていたが。
「でも、今日一日、色々あって分かったんだ。僕は君がそばにいるのが当たり前になりすぎてて、君がどれほど大切な人かを忘れそうになっていた。勉強ばかり必死に続けて、恋人のやりとりには僕は興味がないと、自分で思い込んでいた」
「ネス……」
「でもっ……本当は」
今日の事件がなければ、トリスに対する本当の「好き」という気持ちは、自分でも気づくことがなかったかもしれない。
手紙に書いていた「気持ちのすべて」も、上っ面の愛情だけをそれと思い込んでいただろう。
だが、今のネスティには、心の奥底に隠された自分の本当の気持ちがわかる。
いっそ我ながら醜いとさえ思うほどに、それは熱くて、激しくて、ドロドロとしたもの。
しかしネスティの心を支配し尽くすその気持ちは、今の彼という存在を構成するかけがえのないモノなのだ。
どれだけ周囲にみっともないと思われても、胸を張って言うことができる。
今の彼なら。
――トリスの、目の前なら。

「……本当の僕はっ、嫉妬深くて、頭が固いばかりで、君のことしか考えてないバカなんだよ!!僕は君のことが好きなんだ!誰にも渡したくない!!君とずっと……一緒にいたいんだ!!」

羞恥心もプライドも投げ捨てた大声が、室内に響く。
もしかすると、派閥中に聞こえているのではないだろうか。
「……ネ、ス……」
びりびりと痺れる耳に驚きながら、トリスは眼を丸くしていた。
ネスティは肩で息を繰り返しながら、再び口を開く。
「だから、君の苗字は今はクレスメントだが、将来はバスクにしてほしいとか、そういうことも……考えておいてくれないか、とか」
「いきなり尻すぼみになっちゃってるよ」
「こういうときに突っ込むのはよしてくれっ」
赤面するネスティに、トリスは笑みを隠せない。
長い間待ち続けていた彼の言葉を、ようやく聞くことができたのだ。
ネスティの両手を取り、トリスは彼の顔を見つめる。
「じゃあ、ネスはこれからあたしのこと、女の子として扱ってくれるのね?」
「い、一応な」
「それで、将来は……お嫁さんにしてくれるんだよね?」
「その、まあ、僕の……予定では」
彼の返答に静かに頷くトリス。
そんな彼女の頬がわずかに染まったとき、再び口は開かれた。
「だったら、約束して。今ここで……証明して」


つづく

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