一周目リシェルENDクリア記念 5



 見渡せば、そこは少女らしい部屋であった。本棚に雑に積まれた召還術の教本と恋愛小説。
 ところどころ転がっているぬいぐるみ。帽子掛けにはいつものウサギ帽子がかけられている。
 そして今、目の前で寝息をたてる少女。リシェルのパジャマ姿はとても愛らしいものだった。。
(いかん……なにドキドキしてんだオレ……)
 不意に高鳴りだす鼓動に戸惑う。こんなドギマギとした感情をリシェルに対して覚えたるは初めてだ。
 ほぼ生まれたときから一緒の幼馴染。それ以上でも以下でもない。それが、どうしたことだろう。
 ライは確実に意識していた。リシェルをただの幼馴染としてでなく一人の異性として。
(すーはーすーはー……落ち着け。混乱しているだけだ。風呂場でリシェルのあんな姿を見たばかりに……)
 ぶふっ  
 途端に噴出す。身体の血が一気に脳に上ってきた。
 脳裏にくっきりと焼きついたあられもない映像。それは思春期の少年の心を捉えて離さず。
(だぁぁぁあああ!!いい加減、それは記憶から抹消しろって!!)
 必死で言い聞かせる。無駄なことだが。ああ、情けない。身体の一部はまたしても硬直している。
(オレも所詮、男ってことか……はぁ……なんともはや……)
 ため息を吐いてリシェルの寝顔を覗き込む。それはいつもの生意気さがどこかへいったかのような穏やかだ。
 すうすうと寝息をたてる様子がなんとも愛らしい。
(なに考えてんだろうなオレは……お前相手に……)
 下半身の一部が疼いてむず痒い。正直言ってしまうと欲情している。認めざるをえない。
 風呂場での一件。リシェルが『見ないで』と泣いて頼んだのにばっちりと見てしまった。
 あまつさえ先ほどの淫夢。あれは抑圧された情動の現われなのだろうか。
 リシェルのことは大切な幼馴染だと思っている。けれど同時に邪な劣情も抱いていた。
 そんな自分でも知らなかった自身の一面に気づかされた。
(どうしたもんかね……)
 溜息まじりにひとりごちる。この持て余した感情をどうしたものかと。
 リシェルを再びちらりと覗き見る。するとあることにライは気づいた。
(……なんかボタン……取れかかってないか?)
 そう思った矢先に、ごろんとリシェルは寝返りをうった。横向けから仰向けの姿勢になる。
 それは別にいい。問題は寝返りの拍子にぷちんと取れかかったボタンが外れしまったことだ。
 早い話が、パジャマの胸元付近が肌蹴られて……
(ちょっと待てや!おい!)
 御あつらえ向きの状況にライはすかさず突っ込みをいれる。相槌を打つものはいない。 
 ライの目の前には肌蹴たパジャマから顔を出す、リシェルの控えめな二つの膨らみがそこにあった。
 ゴクッ  唾を飲み込む。心臓が動悸する。身体が熱を帯びていくことがわかる。
(待て、落ち着けオレ……落ち着くんだ……)
 自制を訴える。ふいに伸びそうになる手。押さえつけるのに精一杯。
 そもそも、こんな閉じかけのボタンがいかんのだ。うむ。ちゃんと閉じよう。ぽちぽちんとな。
「……うわぁぁああ!!何やってんだ俺ぇぇぇええ!!」
 気がつくとライはリシェルの胸元に手を伸ばしていた。外れたボタンを留めなおすために。
 しかし、逆にそのままリシェルをひん剥いてしまうことだってできる。
 ヤバイ。今、ほんのちょっとだけ誘惑にかられた。
 ボタンを留めなおすと慌ててライは身を引く。これ以上、リシェルと接近して間違いを犯さない自信がない。
(ほんと……どうかしてるよ……我ながら……ん?何だこれ?)
 すると机の上に紙切れが一枚あるのが目に付く。気になって手に取る。
 するとそこには見覚えのある筆跡でこう書いてあった。

『どうぞ、後はお二人でよろしくお楽しみくださいまし。by貴方の可愛いメイドさん』

「なに考えとんじゃぁぁああああ!!あのアホメイドはぁぁぁあああああ!!!」
 流石に激昂してライは紙をビリビリに破きながら叫ぶ。
 だが、それは失策だった。気づいたときにはもう後の祭りである。
「……ん……なに……うるさぁ…い……」
 ギクッ  バックアタック持ちに背後からやられたときと同じ衝撃がライの背筋をはしる。
(……死ぬにはいい日だ……)
 何かもう諦めをつけながら振り返って、ライはひとりごちる。振り向きざまに視線が重なった。
 ねぼけ眼のリシェルのきょとんとした眼差し。それはライの顔をしっかりと覗き込んでいた。
 場の空気は冷たく固まっていた。如何とする方法もライには思い浮かばない。
(もう……どうにでもしてくれ……)
 死刑の宣告を待つ罪人のようにただ諦観を決め込みひたすら待つ。
 眼前の愛らしい処刑執行人はきょとんとした目で辺りを見回しながらしばし逡巡する。
 沈黙が生まれる。さながら拷問のようにじれったい。
「な、なあ……リシェル……」
 耐え難い沈黙に負けてライが口を開いた途端にリシェルは動き出す。
 ベッドから這いずり出て自分の机の引き出しに向かう。ごそごそと中から黒っぽい石を取り出す。
 ああ、サラバ我が人生。キラーンと自分が夜空の星になる錯覚をライは覚えた。そして次の瞬間。
「なに女の子の部屋に夜這いかけてんのよっ!!このド変態いぃっ!!!」
「ほんげれもげぷぎぐひゃぁぁぁぁあ!!!jpsrtgtggggeeeeふじこっ!!!!」
 炸裂するAランク以上の攻撃召還術の連発にライの身体は幾度となく宙を舞った。



 生きていることが奇跡に思えた。途中『負けないで』と母親の声が聞こえたような気もする。
「なに考えてんのよっ!このエッチっ!ド助平っ!色魔っ!このっ!このっ!」
 ゲシゲシと足蹴にされながらライはリシェルに罵られる。流石に反論もできなかった。
 うしろめたいことがないわけでもないから。とはいえ、身体の方はぴよっててもう瀕死だけど。
「……すまん…リシェル…なんか……色々と……ぐはっ!……げふっ!」
「謝んないでよ!馬鹿……この馬鹿ぁっ!」
 怒鳴り声一発、いいのが鳩尾に入る。もんどりうってライは咳き込む。
 ひとしきりボコし終えて少しは気が晴れたのかようやくリシェルの攻撃も止む。
「本当に……馬鹿……」
 泣きそうな顔でポツリとそう呟くとリシェルはサモナイト石を持って呪文を唱える。
 メディカルヒール。リシェルが唯一使える回復用の召喚術である。
 散々、ボコにされまくってたライの傷も見る見るうちに治癒していく。
「……うぅ……リシェル……」
「……………………………」
 回復したライが顔を上げるとリシェルはそっぽを向いて肩を震わせていた。
(……駄目だ。完全にヘソまげてやがる……)
 長い付き合いだ。一度むくれだせば、機嫌がそう簡単には直らないことは分かっている。
 とはいえ、これは気まずい。風呂場での一件のこともある。
 下手したらこのまま絶交。なんてことにはならないとは思うが少し不安にもなる。
(……ほとぼり冷めるまで待つしかないかな。そうすりゃ後は元通りに……ん?元通り?)
 刹那、違和感が生じた。元通りの二人の関係。仲のよい腐れ縁の幼馴染同士。
 それがあるべき姿と考えもなくこれまで思っていたがそこに違和感が生じる。
(なんだってんだよ……ったく……)
 訳も分からず、胸だけがモヤモヤする。どこか居心地がわるい。なんかむず痒い。
 溜息を吐く。本当にどうかしているらしい。気を取り直して顔を上げる。
「……うおっ!何だ!ビックリした」
 いつのまにかリシェルがこちらの顔を覗き込んでいた。ライは肝を冷やしのけぞる。
 リシェルは失礼ねとでも言いたげにブスッとしながらも、伏せ目がちにライの顔をちろちろと見る。
「何だよ……人の顔じろじろと見て……」
「……別にいいじゃない……見たって減るもんでもないし……」
 そのまま、二人して黙り込む。数秒、沈黙が続いた。居心地の悪さが胸のあたりでむずむずする。
「……あの……さ……」
 先に口を開いたのはリシェルだった。赤く染まる顔を伏せて言う。
「……その……ごめんね……なんかあんたに八つ当たりしちゃたみたいでさ……」
 出てきたのは先ほどの折檻に対する謝罪の言葉だった。
「あんだけボコった後で言うか……おまえは……」
「だーかーらー!悪かったって言ってんじゃない!人が折角素直に謝ってるんだからちゃちゃいれないでよっ!」
 突っ込みに反応するリシェルにライは苦笑する。同時にどこか安心させられた。リシェルらしいその反応に。
 胸を満たしていたモヤが少しだけ晴れたような気がする。
「まあ、オレの方もなんか色々と悪かった気がするし。あんま気にすんな」
「ほんと……ごめんね……………ってそれよりも!!」
 素直にもう一回謝る。しばらくした後に思い出したようにリシェルはまた怒り出す。
「元はといえばポムニットが!あーーもう!!なに考えてんのよ。あの娘!ただじゃおかないんだからね」
 確かに、元凶はポムニットだ。彼女はなにを思ってあんな真似をしたのだろうか。
「ほんと、きっついお灸据えてやるわよ。見てなさいよ。あの娘、AT極振りでMDFめっちゃ低いし」
「S級召喚術はやめとけ。屋敷どころかこの町まで吹っ飛ぶぞ」
 ゼルギュノスやらナックルボルトだのの石を殺す笑みを浮かべてリシェルは握り締める。
 そんなリシェルを適度になだめながらライは思った。
(やっぱこんな風にしてるのが一番なんだよな。俺とこいつは) 
 毎度、駄々をこねるリシェルを自分がフォローして、自分が忙しいときは逆に助けられたりもする。
 その繰り返しが毎日続いて欲しいと心のどこかで思ってたのだろう。変わらないままで。
 二人の距離はこれからもずっと。

「まあ、気を取り直せよ。そうだ、明日は定休日だしどっか遊びにいくか?また星でも見に」
 それは何気なく言った言葉だった。他意はない。しかし言った後にライは当惑した。
 ヒステリーを起こしていたリシェルがまた、黙りこくってしまったのだ。
「おい、リシェル?」
 気になって声をかける。リシェルの目の前で手のひらを動かしたりする。けれども反応が返ってこない。
 まるで人形のように。ライはいぶかしがる。すると、ようやくリシェルの口が開く。
「なんで……そんな風に……普通に言えるのよ……」
 ボソリとリシェルはそう呟いた。目が涙目がちになっていた。
「オレ、なんか拙いことでも言ったか?」
 明らかに何も分かってはいないライの言葉がリシェルには無性に腹立たしかった。
 そのせいだろうか。気がつくと口走ってしまっていた。
「うっさい!アンタなんかには一生わかんないわよ!この鈍感!アホっ!」
 飛び出してくる罵詈雑言に流石にライもむっとなる。ばたばたと暴れるリシェルの手を掴む。
「おい。お前、本当におかしいぞ最近。なにがいったいどうしたってんだよ!言いたい事あるならハッキリ話せよ!」
 真剣に心配しているからこその言葉だった。けれど、今のリシェルにはやぶ蛇だった。
 あっさりとライの腕をリシェルは振りほどく。そして……
「誰が……誰がひとをおかしくさせてると思ってんのよ!この馬鹿ぁぁぁっ!!」
 ものすごい剣幕でリシェルが胸倉を掴んで迫ってくる。力でライが負ける筈がないのだが勢いに押された。
 背中を床に押し付けられる。ポタリ。するとライの顔に雫が零れ落ちてきた。
(リシェル……?)
 涙だった。大粒の涙。それがリシェルの瞳から零れだしていた。ぽたぽとライの顔におちる。
 それとともに、襟を掴んでいた手の力もするりと抜け落ちる。
 だらりと手を垂らしてリシェルはただ呆然と涙を流していた。
「何……やってんだろう……あたし……こんな……あっ……うっ……うぇっ……えっ……ふぇ!」
 限界だった。そのままリシェルは泣き出してしまった。子供のように声を上げて泣きじゃくる。
「リシェル……」
 そんなリシェルをライは身体を起こして見つめる。そして理解した。何もかもを。
(本当に鈍感だよオレは……こいつがこんなになるまで……)
 リシェルの気持ち。もっと早くに気づくべきだった。後悔は先にたたず。
(こいつの性格じゃ、素直に言えずに溜め込むに決まってんのに……それをオレは……)
 今さらながらに無神経だったと思う。知らず知らずのうちにリシェルの心を傷つけていた。
 先ほどリシェルに対して感じたモヤモヤした想い。同じものをリシェルは抱え続けていたのだ。ずっと。
「本当にゴメンな。リシェル」
 ひくひく頭を伏せてすすり泣くリシェルにそう言って、ライは立ち上がる。
 気づいたからにはしなければならないことがあった。今の自分がリシェルのためにできること。
「ちょっとお前の家の台所借りるぞ」
 そう。断りを入れてから、ライはリシェルの部屋を出て台所へと向かった。


つづく

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