アルバ×イオス(♀) 9



「うーーん……」
アルバは自室のベッドに腰掛けながら、訝しげな視線を手に持ったそれに向けていた。
透明なガラスの小瓶。大きさは握った手の中にすっぽりと納まる程度。
それ自体は珍しいものでもなんでもない。問題はその中身だ。
小瓶の中には八分目あたりまで液体が詰まっていた。ほぼ無色だが、少しばかり濁っていて存在感がある。
ためしに揺らしてみると、たぷたぷと音を立てて中で液体が跳ねた。
「いくらなんでも毒って事は無いよなぁ……」
これを渡してきた相手の喜色満面の笑みを思い浮かべながら、一人ぼやく。
先日、イオスに付き合って繁華街を渡り歩いていた時のこと。
その場その場の衝動と思いつきで、いろんな場所を訪ねていたのだが、その途中で一件のこぢんまりとした占い小屋に入った。
占いなんて初めての経験だったので、どんなことをされるのかと、内心ドキドキしていたアルバに渡されたのは一枚のスクラッチカード。
なんか違うんじゃないか、と思いながらも声には出さずに削っていくと、銀膜の下から現れたのは「特賞」の二文字だった。
『にゃはははは、特賞が出るなんてお客さんラッキー』とどこまでも能天気な声をした、占い小屋の女主人からもらったのが、この小瓶と言うわけである。
なんでも、シルターン製の妙薬で『寝る前に飲むと素敵な夢が見られる』らしい。
『ほかにも、すんごい効果があるんだけど、それは飲んでみてからのお楽しみー』という、素敵に不安感を倍増させてくれる女主人の言葉が気がかりだが、『素敵な夢が見られる』というのはなかなか魅力的な効能だった。
「まぁ、これも運試しの続きって考えればいいか」
自らの呟きで不安を誤魔化すと、思い立ったが吉日とばかりにガラス瓶のふたを開ける。
開封すると、まずはおもむろに鼻を近づけ、クンクンと匂いを嗅いでみる。
どことなく柑橘系の果物を思わせる、ほのかに甘い香りが鼻腔をくすぐった。
とりあえず、第一印象は良好。と言っても、あとは飲むだけなのだが。
小瓶の中に入っている液体の量はそれほど多くない。おそらく、一口で全て飲み干せるだろう。
「……よし!」
覚悟を決めて、小瓶に口付けると、そのまま一気に呷る。
味はほとんど感じない。全て飲み込むまでにかかった時間は一瞬だった。

…………………

「とりあえず……なんとも無いみたいだな」
飲み終えてからしばらく経っても、特に変化が無いことを確認すると、緊張を解いて小さく息を吐く。
試しに手の握り開きを繰り返してみる。すると、ちゃんと自分の意思に従って身体は動いてくれた。
遅効性の毒ということもありえるが、そんなことまで気にしていたら、それこそどこまで疑ってもきりが無くなる。
「ふあ……ぁ……」
幸いにも、緊張が解けたことで眠気が強くなってきた。
ひょっとしたら、これもあの液体の効果なのかもしれないが、確かめる術などどこにも無い。
大きなあくびをすると、ベッドに横たわって、毛布で身体を包む。
瞳を閉じただけで意識が遠くなっていくのを感じながら、いい夢が見れますように、とアルバは誰にともなく祈った。

自分を中心にぼんやりと灯りが広がっていく。
それと共に真っ暗だった世界が、鮮明に色づき始める。
暗闇が跡形も無く取り払われると、そこにあったのは見慣れた自分の部屋だった。
ただし、騎士領内で間借りしている部屋ではない。
一人部屋のそれよりもさらに狭いし、床下を見れば木製のおもちゃや、子供用の服が無造作に散らばっている。
「サイジェントの、おいらの部屋だ……」
呟いてから、言葉が出たことに驚き、そしてちゃんと意識があるのに驚いた。
なぜなら、これは夢なのだから。そのことを、何故かはっきりとアルバは自覚していた。
思考も普段となんら変わりなく行える。寝る直前のことを思い返すのも容易だ。
「あの液体の効果かな?」
呟くアルバの心境は複雑だった。一人前になるまで絶対に戻らないと約束した場所へ、夢の中とは言え、こうして戻ってきてしまったのだから。
ここは自分にとって、あまりにも居心地が良すぎる場所だ。
ずっとここで暮らしていたのだから当然だが、何よりもここには、自分の甘えを受け止め、そして、それを許してくれる人たちがいる。
――リプレ母さんや、フィズ達にも会えるかな?
抑えきれない淡い期待を抱きながら、視線の先、子供部屋の扉の向こうへと思いを馳せる。
それを確かめるためには、とりあえずベッドから出なければならない。
そのベッドも子供時代に使っていたものへと変化していた。ただし、今のアルバに合わせてサイズが大きくなっていたのだが。
夢は便利だよなぁ、と今更ながらに思いつつ、上体を起こそうとする。
「あれ?」
しかし、身体は動かない。金縛りかと一瞬思ったが、すぐにそうでは無いことがわかる。
身体の横に、何か柔らかいものがぴったりと張り付いている。そして、お腹を軽く締め付けるような圧迫。
誰かに抱きつかれている。そう結論付けるのにさほど時間はかからない。
問題はそれが誰かと言うことだ。意を決して、恐る恐る毛布をめくっていく。
「………なっ!?」
そこに見たのは、ある意味で予想通り、ある意味で予想外の人物の姿だった。

「イオス、副隊長……」
自分に抱きついている人物の名前を、アルバは呆然と口にした。
一方の呼ばれた本人はそんなことなど微塵も気づかない様子で、すやすやと寝息をたてている。
今までにも抱きつかれる事は幾度かあったので、それだけなら、あるいはそれほど動揺しなかったかもしれない。
だが、イオスが身にまとっている衣服がアルバに激しい動悸をもたらしていた。
イオスが着ているもの――それは薄手のパジャマだった。
桃色を基調に淡い橙色のストライプが入った、それはそれは愛らしい女物のパジャマ。
本人が進んで着ることなど絶対にありえないはずのそれに、アルバは見覚えがあった。
イオスと一緒に衣類店を覗いていた時、イオスに似合うだろうなと思いながらも、本人に渡したら張り倒されかねないので購入を断念したのが、他でもないこのパジャマだ。
せいぜい脳内で思い描くことぐらいしか出来なかったイオスの姿が今、目の前にあった。
薄手のために身体のラインが丸分かりで、細い腰つきや、意外とボリュームのあるお尻がくっきりと浮かび上がっている。
シャツはボタンが上から2つほど外されており、何も付けてない胸元の上半分を服の隙間からのぞかせていた。
「………んっ」
毛布を除けられて寒くなったのか、軽く身じろぎしたイオスがアルバに体をすり寄せてきた。
柔らかな肌が、胸が、わずか布数枚を隔ててアルバに押し付けられる。
――あ、あぁ、それはいくらなんでもマズイですよ、イオス副隊長!?
アルバは自身の理性がぐらぐらと音を立てて揺らめいていくのを感じた。
暴走しそうな欲望をぐっと堪える。だが、頭の中で「夢なのに何を我慢することがある」と囁く自分がいる。
確かにそれは一理あるのだが、自分が思い描いている夢だからこそ、イオスを汚すわけにはいかないという想いもあるわけで。
思春期真っ只中の少年の心情は、時と場所を選ばず、それこそ夢の中でも複雑なものだった。


つづく

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