ギアン×フェア 2



「それで相談って何?」
ある晴れた日ののどかな午後の忘れじの面影亭。お昼時の戦場もようやく片がつき、ギアンと二人で休憩に入る。
夕方からは再び戦場が待っている。のんびりとしながらもフェアは今朝言われたことを尋ねる。
「今更改まって相談する事なんてないと思うんだけどなぁ。掃除とか買出しの当番は決めたし…何なの?」
アイスティーを飲みながらギアンの話を聞く。
「いや、大したことじゃあないんだけどもね。…君の父親にはどう『娘さんを下さい!』と言ったほうがいいのかな?」
ブフーッ!
飲みかけのアイスティーを盛大に吹き出す。いきなり何を言い出すのだ。
「げほっ!ごほっ!あ〜、苦し…じゃなくて!何を唐突に言うのよ!?」
「いや、冷静に考えてみたのだが今のこの状況は同棲も同然。何よりも僕は君と離れたくないのだから、 将来の結婚とかを考えれば至って当然のことではないか?」
頭が痛い。頭も良く、ウェイターの仕事も難なくこなすギアンだが今いちその言動は読みづらい。
「けけ、結婚!?い、いくらなんでもまだ早いって!……別に嫌じゃないけど」
「そうかな?派閥の他の連中はもっと早くあげてる者もいたし…一夫多妻の奴もいたな。まぁそれはともかく、年齢的には何も問題ないとは思うが」
前言撤回。その知識にはどうにも偏りがあるようだ。
「まぁ、け、結婚は追々考えてくとしてもよ?別にあの親父に断りなんか入れる必要ないって。精々お母さんだけで十分だよ。泉に行けば、もう会えるんだし」
響界種としての二人の力を使えば、会うだけならば問題ない。助け出すとなると話は飛躍的に難しくなるが。
「あの人か…いや、嫌なわけではないがその、未だにあの時のネタを繰り出すのは勘弁してもらいたいのだが…」
初めて二人で会った時、メリアージュは「あらあら、うふふ」と事ある毎に、泉での初体験を持ち出してくる。
「ギアンちゃん、はりきりすぎですよ〜」だの「フェアちゃん、すごく乱れてたわよね〜」だの。
どうにもペースが掴めない。まぁだからこそあんな親父と結ばれたのだろうが。
「た、確かに…と、ともかくもうこの話はおしまい!今更誓いなんか立てなくてもわたし達はわたし達! 貴方と一緒にいられるだけでもう幸せなんだから!」
恋愛ごとには疎いフェアだったがそれだけに時折このような直球の告白をしてくる。
「まぁ…確かにそうだね。僕も君と肌を重ねられてとても幸福だよ」
「うぁ……そ、そういう事は口に出さないの!もーっ、お風呂入ってくる!」
だが言われることはまだ慣れていないようだ。それが面白くてこうやり返すのが習慣になってきたものだ。
顔を真っ赤にして駆け足で風呂場へ姿を消す。
「ふふっ、相変わらず可愛いな。……さて、ああも宣言してくれた手前、僕も行かないわけにはいかないな」
ニヤリと笑い、ギアンは席を立った。


「んもぅ、どうしてあんな事、素で言えるかなぁ。恥ずかしいったらありゃしない」
自分の事は棚に上げて、石鹸を泡立たせ、体を擦りながらぶつぶつと呟く。
「まぁ…嬉しいんだけどね。……えへー……はっ!?だめだめ、にやけたらますます調子に乗らせるだけなんだから!」
全ての件に片が付き、ギアンが戻ってきた後は毎日のようにお互いをむさぼりあった。
互いの傷を埋めるように、互いの足らない隙間を埋めるように。
それこそ淫らに乱れたと言えよう。ただ今の所、常にギアンに先手を取られてばかりではあるが。
「たまにはわたしがリードしたいのになぁ。って、なんかわたしどんどんいやらしくなってる気がする…。こんなんでいいのかな…?」
「それは勿論。大好きな人を開発出来てると思うのは男の浪漫ってやつさ」
「はー、浪漫ですかー。そりゃわたしもギアンの切なそうな顔好きだけどさ」
「ほぅ、それは初耳だ。どんな顔なのかな?自分では分からなくてね」
「えっとね、目を瞑って………って、何さも当然のように入ってきてるのよーっ!?」
「気付くのが遅いな。それに『お風呂入ってくる』と宣言したのはこうされたいからではないのか?」
まただ、また。いつもこうして先手を取られる。これで通算何敗目になるのか。
「ほらほら座って。綺麗にしてあげるから」
(そう言いながら、何でいやらしい目をしてるのよー!?)
それでも断れないのは惚れた弱みか、はたまた心のどこかで期待していたからなのか。
ギアンの手がフェアの柔肌を傷つけないように、ゆっくりと汚れと汗をおとしていく。
フェアの後ろにしゃがんだまま、腕をとり洗っては、届きにくい背中を流していく。
そこで気付く。なにかおかしい。こんなにも絶好の機会なのにギアンはどうでもいい所にしか触れないのだ。
いつもの感じならば、座らせた時点で我が意を得たりとまさぐってくるはずなのだが…一向にその様子がない。
(ってわたし期待してるの?いやいや、どうせこの後にでも…)
「はい、終わりっと。さてじゃあ次は僕の背中を流してもらおうかな」
「え?え?……も、もう終わり、なの…?」
「あぁ、ちゃんと綺麗にしたはずだよ?さ、頼むよフェア。この後もまだ仕事はあるんだしね」
「そ、そうだよね。仕事あるもんね…」
期待が裏切られる。口ではああ言っても体は求めていた。それがないとなると途端に物足りなさを感じてしまう。
「じゃ、じゃあ洗うね」
声色からもそれが感じ取れる。ギアンの背中を擦りながら、自分はこの肌に触れていたのだと分かると息が荒くなる。
肉欲への期待の熱は下腹部に集まり、もはや我慢が出来なくなる。
いつしか背中をこするのを止め、手の平で直にギアンの肌を這いずり回らせる。
「ギアン…どうして…?どうして、何もしてくれないの?わたし…寂しいよぉ…」
トロンとした目つきで、片方の手で自らを慰め、ギアンの肌を舌で舐め回す。
「おいで、フェア。寂しがらせてごめんよ。たっぷり…可愛がってあげるから」
「ギアン……ギアンっ!!」
理性のたがが外れ、すぐに唇を触れ合わせる。
そしてまたしてもギアンの思惑通り。今日に至るまでギアンはフェアに様々な快楽を植えつけた。
押して責めるばかりが得意技ではない。時には引いて本人から求めさせる。
仮にも魔獣調教師。魔獣の扱いだけではない、こちらの面でもギアンは一級品だった。

「はむぅ……ぷはぁ…ギアン、ギアン…!」
一度スイッチが入ればもう止まらない。愛する者の全てをしゃぶりつくそうと懸命に舌を潜り込ませてくる。
男女の秘め事には疎いフェアだったからこそ、その快楽を味わってしまうと余計にのめり込む。
ギアン自身がそう望んでしたわけではないが、結果的に以前とは変化してしまった。
剣を構え、多くの敵を打ち倒してきた戦場の女神に愛された少女はここにはいない。
ただひたすらに愛する者の体を求め、結ばれたいと願う女性でしかない。
「ひぅっ!あは…ギアンのゆびが、はいって…ひゃうっ、んあっ、ひああっ!」
唇を求め、胸板をさすってくるフェアにお礼とばかりに、指を膣に挿入する。
一度我慢させられた為か、そこは既に十分なほどに濡れており、すんなりと異物の挿入を許す。
「ひいぃっ!すご…おくまでっ、ふああっ!はいって…わたし、えぐられて…ひゃんっ!」
もはや恥じるという事もなく、甘い嬌声とともに自分の状況を実況する。
ならばもっと悦ばせてやらねばならないな、と考え、口をフェアの胸に近づける。
キスを止めさせられ少々残念がった顔をするが、次の瞬間には快楽に打ち震えた顔に戻る。
「ひゃあんっ!わたしのむね…たべられて、きゃんっ!そこっ、だめっ…!ビリビリくる…んはぁ…」
口で乳房を吸い取り、舌で乳首を転がしてもてあそぶ。
刺激を与えようと歯で優しく乳首を噛めば、フェアは蕩けた表情と声で体をガクガクと震わせる。
口はだらしなく開けられたままで、体だけでなく頭でも存分に快楽を味わっている。
その何とも言えない顔を見るたびに幸福感と独占欲が頭をよぎる。
多くの者の信頼を集め、皆から愛されている少女。だがこの少女のこの表情を見られるのは自分だけなのだ。
優越感がほんの少しの暗い欲望を増幅させる。だが今はもうあの時のような暴走はしない。
自分の全てを信じ、その身を委ねてくれているのだから。
「ねぇ…ギアンもきもちよく、なろ…?わたしだけじゃ…やだよぉ…。ギアンといっしょに……しあわせになりたいよ…」
こんな台詞を言われては男冥利に尽きるというものだろう。本当にどこまでも愛らしい少女だ。
だがそれはそれとして少々焦らしたいというのも男の悲しい性。別段これは調教というほどのものではなかろう。
「それじゃあフェアが自分で入れてみてくれないか?…今日は君にしてもらいたいんだ」
我ながら演技が板に付いているものだ。そしてフェアの心理を読み尽くしていなければこんな台詞は出ない。
「わたしがギアンに…?うん、がんばるよ!」
計画通り!…というほどのものではないがこうも上手くいくとは中々に自分が恐ろしい。
常にこちらが先手先手で物足りなさを感じていたのは分かっていた。いや、身に付いた技術とは恐ろしい。

そしてフェアがぎこちない動作ながらも懸命にギアンのペニスを添えていく。
その様子を見ているだけでも頭に電気が走る。
「こら!ギアン、うごかさないでよぉ……んしょっと、じゃ、じゃあいくよ?……んああっ!?」
自らの体を落として胎内にペニスを埋没させていく。やはり少しは怖いのかゆっくりと飲み込んでいく。
それだけに下半身に熱が直に伝わる。自らのものを粘膜が包み込んでいくのがダイレクトに伝わる。
フェアは顔を真っ赤にしながら、ぎゅっと目を瞑り奥まで飲み込もうと頑張る。
「はぁ…んっ…んはぁ…!あぁ…ギアンの、おくまで、とどいてる…!ギアン、きもち、いい?」
少し幼さの残るような声で、達成感に満ち溢れた顔でこちらを見つめてくる。
その蒸気で湿った髪を撫でて、体を抱き締める。
「あぁ、とても気持ちいいよ。…よくできたねフェア。とても嬉しくて…もう我慢出来ないよ」
「え?」
不思議な表情を浮かべるフェアを余所に腰を動かす。
粘膜は押し込めば抵抗し、引き抜けば逃がさないとばかりに纏わりつき、言いようのないきつさが伴ってくる。
「んあっ、ひぐっ、ふああっ!そんなぁ…させて、くれるっていったのに…んはぁっ!?」
「ごめんよ、フェア?でもやっぱり僕も君に気持ちよくなってもらいたいんだ。だから僕に任せて?君と一緒に気持ちよくなりたいから。ね?」
「ずるいよぉ…ひゃんっ!そんな、ふうにいわれたら…ゆるすしか、ないじゃん…ひゃうんっ!」
ギアンの首に手を回し、寂しそうな顔をしながらも、刺激と快楽に抗うことなど出来ない。
奥をつつき、胸をいじられ、クリトリスを弾かれるという様々な刺激の前に、風呂場の熱気以上の熱に支配されていく。
汗と愛液が混じり、二人が繋がっている所からは水音が激しく響く。
「ふあっ、ひゃあっ、とけちゃう…ギアンといっしょに、とけちゃうよぉ…ひゃああんっ!」
胸も口も二人の唾液が混じり、ここにいるのは一個の生命にも見える。
「溶けて…いいんだよ?君は僕に、僕は君に。一緒になろう、一緒に昇り詰めよう」
「ふはぁ…ギアン、ギアンっ…!すき、すき…だいすきだよ…!」
「僕もだ、フェア。愛してる」
求め合い、そしてその証がフェアの胎内に注がれていく。
絶頂に至っても、二人は繋がったままその余韻に浸っていた。


「ああぁ〜、結局、こうなるんだよね…良かった、今日は誰も泊まってなくて…」
「そうでなきゃこうはしてないよ。流石に仕事が残ってる中じゃあ無茶はしないって」
行為の後、二人で湯船に浸かり汗を流す。ギアンの胸板に頭をもたげながら抱えられた格好で夕方からの戦場に備え、疲れを取る。
「…何もかも計画通りってわけですか。あぁもう!これで先手を取られたの何回目!? と言うよりわたしが先手を取った事ってあるの!?いっつもされっぱなしじゃないのよ〜」
「何だい?フェアは僕をもてあそびたいのかい?君がそうしたいのなら、ほらどうぞ?」
手を広げ、ご自由にどうぞ、との意志を表示してみる。
「もてあそ…って、そ、そこまで言ってないわよ!そ、それにそこまで捨て鉢になられたら意味ないの!」
「なるほど、いつも僕がしているように不意を突いた責めをしたいのか。いやはや驚きだ。君も案外責めっ気があるんだな」
「ち、違うって!…って言うかやっぱりわざといつもそんな考えしながらやってたの!?」
「嫌いじゃないだろ?」
「ま、まぁ…確かに。って何言わせるのよーっ!!」
お湯をかけ合い、じゃれあう。少々話の内容が不毛ではあるが。
こんな毎日。平凡な毎日。だが二人にとってはかけがえのない毎日。
はしゃぎながら心からの笑顔が二人には存在する。
何でもない平和な退屈な日々。これこそ二人が求めていた宝物だった――



「そういう訳で珍しい食材を探しに行くよ!」
何がどういう訳でそうなるのか。一日の始まりはそんな言葉から始まった。
ミュランスの星に紹介されて以来、食事をしに来る客は増えたものの、肝心の宿屋のほうはそれほど増えていない。
昨日から宿泊客はいないという事で、本日は営業全てを休みにするはずだったのだが――
「だってお客さんから聞いたんだもん!シトリス高原のどこかに珍しいキノコがあるって!」
フェアよ、あの広い高原ならば尚更範囲は限定させてくれ。
目の前で料理人の顔になり生き生きとして…否、興奮している少女にこんな事を言っても無駄なだけか。
周りの者からフェアが食材探しの達人だという事は聞いている。
肉だろうが魚だろうが野菜だろうが目ざとく見つけるらしい。…ただ墓地で肉は拾わないでくれ、怖いから。
「せっかくの休日なんだよ!?のんびりするのは性に合わないよ!ほら、出かける準備して!」
せっかく考えていたあれやこれやは無理なようだ。
急かされて立ち上がり、ふと外を見て、ある合図に気付く。
(せっかくの二人きりだというのに野暮だな…だが、仕方ない、か)
「すまない、フェア。ちょっと所用を思い出した。すぐに終わらせるが先に行っていてくれないか? 場所は高原のいつもの場所で待っていてくれ。…大丈夫、すぐに駆けつけるから」
そう言うや否や、宿屋を飛び出す。背中からの非難の声に苦笑いしてしまう。
ごめんよ、フェア?けどこれ以上君を巻き込みたくはないんだ。
僕の罪滅ぼしに君が関わることはない。もう君を無色に関わらせたくはないんだ。

人通りの多い中央通りのとある食材店の前に着き、さも何かを物色している振りをする。
それこそ傍目には買い物をしに来た客としか見えない。それだけの演技力がギアンにはある。
そしてそこに冒険者風の男が近付き、ギアンの隣に立つ。
「申し訳ありません、急にお呼び立てしてしまいまして」
「いや、大丈夫だ。…何があった?」
周りには聞こえぬ小声で会話をする。誰にも気付かれている様子はない。
男はギアンの部下。クラストフ家が半ば瓦解した中で今、ギアンが動かせる忠実な配下。
ギアンがこちらの世界に戻ってくる決心をした理由は二つある。一つは勿論愛するフェアの為に。
そしてもう一つが自身の罪の償い。そしてその贖罪の中の一つが――無色の派閥の解散。
武力で壊滅させるのではかつての自分と何ら変わりがない。あらゆる策と情報で無力化させる――それが今のギアンの考えだ。
その為にこうして数少ない配下の者を動かしてはその動きと情報を探らせている。
「トレイユ周辺に再び無色の兵が放たれています。今現在どの家が動かしているかは調査中ですが、お耳に入れたほうがよいかと」
感情を表に出さず、内心で歯軋りをする。
「…狙いは僕達か?」
あの時従えていた兵の中にはどこかの家の『草』が混じっていたのだろう。現に自分もそうしていた。
全ての情報が洩れたとは考えられないが、ギアンとフェアの二人が響界種という事は感づかれているだろう。
「いえ、狙いが男女の二人とは判明しているのですが貴方がたではないようです。ただ……お二人とも本人と分かれば狙いが変わるのは確かかと」
小さく舌打ちをする。宿屋自体には結界を張り直したが、今日に限ってフェアを一人にしてしまった。
「…何かあればすぐにお呼びを。我らも有事には駆け付けますので…」
そう言って男は雑踏の中に姿を消す。
今は数少ない信用できる配下の者。いつか彼らにもその恩に報いなければならない。
だが今は何よりもフェアの安全を確認しなければ!脇目もふらずギアンは町の外へ駆けていった。


「う〜ん、ここにはないなぁ。どこにあるんだろ、幻のキノコとやらは?」
一足早く集合場所に着いたフェアはとりあえず近場で目的の物を探してみる。
が、見つかるのは至って普通の食材ばかり。やはり見慣れたここにはないようだ。
「それにしてもギアンの所用って何だろ?………はっ!?まさかまたろくでもない事考え付いたんじゃないでしょうね…」
今までの行動パターンを考えればそれぐらいしか思いつかない。
「『ふふふ、こんな青空の下もいいだろう』とか言い出しそうだよね……あわわ、ダメダメ!想像なんかしちゃ! …でもいつもと顔つきが違った気がするんだよね。ちょっと険しい顔………っ!?」
瞬間、ただならぬ殺気を感じ外に出るときはいつも持ち歩く剣を抜く。
もともと辺りをうろつく「はぐれ」対策のものだが今回は違う。悪意の塊が自分だけを目掛けている。
「…どこの誰?姿を隠していてもバレバレだよ?」
「ほう、標的を探してみればこいつは思わぬ拾い物だ。ラウスブルグの件に関わっていた響界種だな?」
存在を気付かれても慌てることなく姿を現す。数にして七、八人。
「無色の兵隊!?何でまたここに!?」
「答える義理はない。が、その力は我らの役に立つ。大人しく投降しろ」
「『さもなくば力づく』って続くのかな?そんなんじゃ女の子にもてないよ?」
相手を挑発するように敢えて強気で返す。ただでさえ多勢に無勢。冷静になられてはこちらの不利は変わらない。
「いや?…さもなくば女として生まれてきた事を後悔させるだけ、だ。…取り囲め」
だが相手も戦闘に特化した兵達。これぐらいの挑発に乗るような者達ではない。
そして仮面の下でニヤリといやらしい笑みを浮かべた気がして、フェアの背筋に悪寒が走る。
だが相手がなるべく無傷で捕らえようとしているのならば話は早い。
包囲の配置に付くのが一番遅かった者に向かって駆け出す。無色の兵相手にじっとしているのは無謀だ。
ならばとことん走り回り撹乱するのが一番の手。そしてフェアの得意な戦い方もこれである。
「なっ!?」
不意を突かれては無色の兵とて人間、一たまりもない。哀れにも真っ先に向かわれた者は強烈な一撃を喰らう羽目になった。
(まず一人…!)
剣の側面で強打し昏倒させる。そして動きは止めない。自分を捕らえようとする者などに容赦はしない。
全員が近接武器ならば複数を一辺に相手しなければどうにかなる。
そしてここから先は最初のように一撃で仕留めるのは無理だろう。
手数で攻めて疲れさせる。疲れ果てるのは向こうが先か、自分が先か。一種の賭けだった。

「はあっ!はあっ!……あと、三人…!」
走り回り撹乱しては、少しずつ人数を減らしていく。体力が少し減っているが、限界には程遠い。
「ははっ…!あれだけ、大口叩いてこんなもの?前の人達より、ふぅ、弱いんじゃない?」
少女相手にこれだけの大立ち回りをされてはさしもの無色の兵も徐々に戦意を失っていく。だが、
「…お前達は下がれ。俺がいく」
一人状況を見守っていたこの場のリーダーらしき男が前に出る。
「女だからと甘く見ていたようだ。その点は謝罪しよう。だがそれも終わりだ」
「大した…自信だね…!」
フェアの言葉通り自信はあるのだろう。打ち倒された者達とは立ち居振る舞いが全く違う。
だが一対一ならばどうとでもなる。この男がレンドラーやカサスと同じ強さを持ってるとは考えにくい。
息を整え、鉄製の爪を構える相手に剣を向ける。
そして姿勢を低くしながら一瞬で間合いを詰めて剣を振り上げる。
ガギンッ!
鈍い金属の音がして、しかし剣は両手の爪でくい止められる。それでも力負けはしていない。
それどころか徐々に押していく。いける!そう思った時、油断のツケがフェアを襲った。
「…撃て」
ドガガガガッ!
「きゃああああぁぁあぁぁ!?」
魔力の衝撃ががフェアの体を走る。電撃が体中に伝わり、痺れとなって襲ってきては膝をつかずにはいられない。
「召喚…術…!?そんな…一体どこに…?」
「召喚師の姿をわざわざ晒すものか。それにしても見事に引っ掛かってくれたものだ」
そう男は自分の身ごと仲間に撃たせたのだ。そしてフェアは忘れていた。その身に魔抗の力を持つ兵がいたことを。
「卑…怯者……あぐぅっ!?」
腹を蹴り上げられ、あお向けにさせられる。体が痺れて思うように動けない。
「この場で犯してやってもいいのだが、我々には別の標的もいるのでな。…気絶させて連れていけ」
男と召喚師はフェアに背を向け、あとを残っていた部下に任す。
意識を失わせようと拳がフェアの鳩尾に振り下ろされた。


つづく

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