タケシー大好きビジュ 11



「湯加減はいかがかしらぁ?」
 メイメイの声が扉越しに浴室に響き渡る。メイメイの扉越しの声に、アティも応えた。
「ちょうどいいみたいです……。ありがとう、メイメイさん」
「お風呂で飲むお酒は、すっごくおいしいんだけどねぇ……ここのお酒はメイメイさんのだからぁ……ごめんねぇ?にゃははははっ」
「あはは……そ、それはいいですよ」
 ここはメイメイの店にある浴室である。突然ボロボロな姿でやってきたアティとベルフラウに、メイメイは何も聞かずに湯を沸かしてくれた。アティはそのメイメイの心遣いに心の中で感謝する。
 メイメイ自身も今は、もう一人の客人に手当てを施しているところだろう。
 アティとベルフラウは意外な人物に助けられた。
 ――自分達の敵であるはずの無色の派閥にである。
 アティたちをビジュから救い出したのは無色の派閥、その一員であるウィゼルだった。
 ビジュとウィゼルのあの激しい攻防。それさえも時間にしてみれば一瞬のこと。
 気がついたアティたちの目の前に立っていたのはウィゼルだけだった。あのビジュ姿はもうどこにも無かった。ウィゼルは気がついたアティたちに黙って服を着させると、このメイメイの店まで連れてきてくれたのである。
 敵であるウィゼルを信用すること、それをベルフラウはとがめた。だが、アティはウィゼルに素直に従った。ウィゼルの全身には細かな斬り傷があり、その頬からは血が止まることなく流れ続けていた。そのような傷を負ってまでビジュと戦い、自分たちを助けてくれた人物を信用しないことなどアティにはできなかった。
 ウィゼルの頬の傷はかなり深く、大丈夫なものなのかアティは真剣に心配した。しかし、店に着いてみれば「このメイメイさんに任せなさいな!」と自信たっぷりに口にするメイメイに、アティは不思議と安心をしてしまった。
「それにしても、あの人がメイメイさんと知り合いだなんて、ちょっと驚いたわ」
 体を洗いながら、ベルフラウはそう言った。確かにアティも驚いた。
 ウィゼル・カリバーン。伝説的な魔剣鍛冶師――。
 メイメイが口にした言葉をアティは思い出す。
「でもあの人、本当に先生の剣を直せるのかしら?」
 ベルフラウは心配そうに呟いた。
 ウィゼルとメイメイが知り合い同士だったことも驚いたが、それよりも敵であるはずのウィゼルが自分の剣を直してくれると申し出たことのほうが、アティを驚かせた。
 無色の派閥、そしてイスラ。これからの戦いにはどうしても剣の力が必要になるだろう。だからこそ、剣を修復できるというウィゼルの言葉はアティたちに小さな希望を与えていた。
「きっとウィゼルさんなら直してくれますよ。……信じましょう?」
 アティが浴槽から、ベルフラウの背中に声をかけた。
「そうよね……」
 アティの言葉にベルフラウも、かすかに微笑んだ。

 それっきり会話が途切れた。
「……」
 会話が続かなくなると、やがて二人に重い沈黙が訪れる。
「……ごめんなさい、ベルフラウ」
 会話がないと、やはりビジュとのことを思い出してしまうのか、アティは重い口を開いた。
「私、あなたを守れなかった……」
「……」
 ベルフラウは黙ってその小さな体をせっせと洗っている。
「それに……あなたに酷いことを……本当にごめんなさい……」
「……ああ、もう!」
 何度も同じように謝ろうとするアティの言葉を、ベルフラウがうんざりしたように遮る。
「もうその話はやめにしましょう? 私は気にしてないんだから、いいじゃない」
「でも……」
 それでもアティは暗い顔で言葉を続けようとする。だが、ベルフラウがそれを許さない。
「もう!……貴方だって、酷いことされたでしょう?……私以上に」
「……」
「貴方が私のために苦しんでいたのに、私だって何もできなかったわ……。……おあいこよ」
 ベルフラウがそう言うと、アティも多少気持ちが軽くなったのか、少し表情に明るさが戻った。

「……」
 やがて二人とも何も言うことはなくなったのか、また静かな沈黙が流れる。
 体を洗い終えたベルフラウが、アティが入っている湯船に入ってきた。
 ベルフラウが入ると、あまり大きくはない湯船からはお湯が溢れ出る。
 アティとベルフラウは肩を寄せ合って湯に浸かった。
「……あの」
 沈黙を破ったのはまたもアティだった。
「なに……?」
 ベルフラウは湯加減が心地よいのか、眼を閉じながらアティの言葉の続きを待った。
「……でも、本当ならベルフラウは、……その……アルディラと……」
「え……?」
 何故いきなりアルディラの名前が出てくるのかと、ベルフラウは不思議そうに眼を見開く。
 アティは恐る恐る言葉を続けた。その頬はお湯に浸っていたせいか、何故か紅い。
「初めてはアルディラと……その、した……かったんじゃ……」
 突然のその言葉の意味がわからなかったのか、ベルフラウは一瞬ぽかんとした表情を作った。
「……な、ななな……」
 だが、その顔は途端に紅くなってくる。
「なにを言っているのよ!そんなわけないじゃない!! 私にそういった趣味はありませんわよっ!?」
「え、えーと……でも、私に……して……くれましたよね?」
 アティとの行為を思い出したのか、ベルフラウは耳まで紅くして声を上げる。
「う……あ、あれは……しかたなく……そうよ、しかたなくやったのよ!!」
「あ、あれ?そ、そうだったんですか……?私、てっきり……はは……っ」
 アティは何となく思い出していた、軍学校時代にアズリアを困らせていた後輩たちを、頭の隅にへと追いやった。
「……ちょっと?貴方、今、思いっきり安心したでしょ!?」
「そ、そんなことないですよっ!?」
「まったく貴方という人は……もとはと言えば、貴方がしっかりしていなかったのがいけないんですからね! ……あんな召喚獣に言いようにされて!」
「うう……ごめんなさい」
 アティの顔が再び暗くなる。ベルフラウはそのアティの顔を見ると、しまったという表情をつくって慌ててアティを慰めるような言葉かける。
「で、でも、私は本当に貴方とのことは気にしてなんかいないんですからね?」
 それは確かに紛れも無いベルフラウの本心だった。
 初めては……素敵な殿方にあげたかったけど――。
「……私、先生が男の人だったら……きっと本当に好きになっていたから……」
 それはアティには聞こえない、ベルフラウだけのささやきだった。
「……え、なんですか?」
「な、なんでもないわよっ!」
 自分は何を呟いているのかと、ベルフラウは恥ずかしさから慌てふためく。
「あ、貴方はもうちょっと胸の栄養も頭に送ったほうがいいかもねって言ったのよっ」
 目線にアティの形の良い胸があったせいか、勢いでそんな言葉がベルフラウの口から漏れてしまった。
 アティは自分の胸を見つめて沈黙する。
「……な、ななな……」
 今度はアティが、既に紅い顔を耳まで紅くした。
「そ、そんなことを言う子は、大人になっても大きくなりませんよっ!?」
 アティはのぼせてしまったのか、意味不明な言葉で言い返す。
「……な、何ですって!?何を根拠にそんなこと言うのよっ!?」
 だが、そんな意味不明な言葉でもベルフラウには効果は十分だった。少女は自分の将来に少し不安があったらしい。
 ベルフラウは自分の将来の姿とアルディラの姿を重ねてみた。
「あと少しすれば、私だって貴方がびっくりするような、素敵な女になってみせるわよ、絶対に!」
 ――しばらくの間、そうやってアティとベルフラウの二人は湯船でじゃれ合った。
 今日の心の傷を互いに癒すように……。
 浴室の向こう側では、メイメイがウィゼルの手当てを終えた頃だった。
「にゃにをやっているのやらねぇ、あの二人は……」
 浴室から聞こえてくる二人の声に、メイメイはウィゼルに楽しそうに笑いかける。
「むぅ……」
 ウィゼルにはそう唸ることしかできなかった……。


つづく

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